朝日は色が薄くてゆっくりと部屋の中を光で満たしていく。

部屋全体が白っぽく霞んで柔らかく発光しているみたいだ。
陽の当たるところは暖かくて空気はちょっと冷たい。
そうだこれが春だった。
仕事をしていた時は事務なので日中は外に出ることが少なかったし休日は家事やデートや休息に使われた。
こんな風に朝ゆっくり深呼吸したのなんていつぶりだろう。

ぱたぱたと廊下を誰かが急ぐ音がして、食器がぶつかる音が聞こえた。

カーテンを開けた窓から差す光が、だんだんとはっきりした色を写すようになって心がざわめき、湧き立つ。

誰かの暮らす音が心地よいこと。
誰かの暮らす香りが胸を躍らせること。

特別ではないそれがとても大切だったってこと、
私はやっとここで思い出したんだ。














「そういえば、本当に寝るところ倉庫でいいんですか?」

いづみさんと並んで朝ごはんの食器を洗っていると心配そうな顔で聞かれた。
昨夜いづみさんとお布団を借りに言った時この寮の大体の間取りを聞いた。
団員さん達用の部屋は全部使用中だし、まさか忙しいいづみさんのお部屋に間借りするのも躊躇われた。

それで、小道具や衣装などをしまっている部屋を借りることにしたのだ。

「もし不都合があれば廊下でも中庭でも大丈夫です」
「いやいやいや。それはさすがにちょっと」
「冗談です」

若干引き気味のいづみさんにジョークだと告げるときょとんとした後声をあげて笑った。
本当にころころと表情の変わる人だ。

「もしよかったら少し整理しても大丈夫ですか?」
「…むしろお願いしたいくらいです」

いづみさんが遠いところを見つめるような仕草をした。
確かに昨日見た感じきちんと仕舞ってあったけれど、何がどこにあるのかはわかりにくそうだったなと思い返す。
もし無いのならリストとか作った方がいいかも知れない。

「おはようございます〜」

洗ったものを手分けして拭いたり棚に仕舞ったりしていると、髪がもじゃもじゃっとした眼鏡の人が肩にオウム?を乗せて入ってきた。

「もうっ朝ごはん片付けちゃいましたよ!」
「いやー、昨日でた新譜を聞いていたら夜更かししちゃいまして」
「オレサマが起こさなかったらまだ寝てたゾ」
「…監督のお姉さんですか?」
「それにしちゃー似てねーナ!」

成り行きを見守ってると当然私の話になったので、慌てて挨拶をする。

「あの、こちらでお世話になることになりました綾波レイです」
「支配人が部屋に籠っている間に雇いました!経理を中心に事務作業をお願いする予定です」
「なるほどー、左京さんが喜びそうですね」

大事な決定は普段からいづみさんが行なっているのか、人事の採用に関して特に意見はないようだった。
それよりオウムさん?がスラスラと喋っているのがすごい。

「伊助ハお払い箱カ?」
「そんなー!!!」

支配人と言うからなんかもっとこうしっかりした感じの人を想像していたが、随分と親しみやすい人だった。
(昨日の古市さんという方の方が百倍くらい目が怖かった)

「支配人は今日何する予定ですか?」
「朝ごはんを食べてから健康の為に二度寝ですかね!」
「…レイさんが倉庫の整理するらしいので手伝いお願いします」
「痛い痛い痛い!監督腕捻らないで!!わかりましたから!!」

いづみさんがいとも簡単に支配人の左手を捻りあげると、すぐに泣きながら謝った。
なんていうか、本当にこの劇団の人たちは仲がいいなあ。

「今日は他の劇団の手伝いがあって、手伝えなくてすみません…」

くるりと振り返ったいづみさんが申し訳なさそうに言った。

「とんでもないです!色々ありがとうございます」

予定にない急に現れた私がおかしいのだ。
迷惑そうにしたっていいのに、どこまでも優しい人だなと思った。












「うわあ、こんなところに仕舞い込んだの誰ですかねぇ」

昨日借りたお布団とスーツケースに入れた荷物は一旦廊下に出して備品の整理をする。
と言ってもダンボール入れられた荷物が積み重なっていたりして何がどこに置いてあるのかわかりにくい。

「支配人さん、小道具や衣装のリストとかって作ってあるんですか?」
「え?ええっと、特にないと思います」
「そうなんですね」

これだけたくさんのものがあると把握が難しい。
経験則だが、個人の記憶に頼っているとあとあと支障が出る。

「最初は面倒かもしれませんが人が増えることを考えてもリスト化した方がいいと思います」
「なるほど〜?」
「可能であれば品目名だけではなくて写真のデータも一緒にしておくと探す時に楽かと思うんですが…」
「もしかしてパソコン的なやつですか?!」
「エクセルでリストを作ると探す時も簡単ですよ。もちろん印刷して紙ベースで保管するのもいいと思いますが」
「綾波さん…」

支配人さんが暗い顔でこちらに向き直る。
もしかして余計なことだったかな…。

「難しいことはわからないので、任せます!」

ガクッと身体から力が抜ける。
なんて言うか不思議な人過ぎて調子が狂うな…。

「でも私にも出来る事があったら言ってください!」

多分悪い人じゃないんだろうけど…と考えてそう言えば教えて貰いたいことがあるんだった。
さすがに洗濯したと言っても私が使ったものを返すのは、なんと言うか微妙だ。
そう伏見さんに借りたパンツの事だ。

「あの、私この辺の地理がよくわかってなくて。近くに男性用の下着が売っているお店ってありますか?」

なぜか顔を赤くして黙った支配人さんに数秒後思いっきり叫ぶ。

「ちがう!そうじゃないです!!」

何が違うのか、そうじゃなくてどれなのか
大きな声を出した私にも全く分からない。