綴くんは執筆に専念してもらうので、四人での稽古がはじまった。
簡単なパントマイムに発声練習、演劇に経験がないのは監督である自分自身も一緒なので練習メニューも手探りだ。
でも、私が先走ってはだめだ。それじゃあ意味がない。
サポートは全力でやる。だけど、舞台を作るのは私じゃなくてみんななのだ。

真澄くんはそつなくこなしているし、咲也くんは技術はまだまだだけどやる気がある。シトロンくんも日本語が問題だけど、やりたいと言う意欲を感じる。至さんは社会人なだけあって理解が早い。
まとまりがないのは知り合ってから日が浅いせいもあるだろう。

まだはじまったばかり。でも公演は1ヶ月後だ。
焦ってはダメ。私だけが焦ってはダメ。
大丈夫、失敗しても私が責任を取ればいい。


誰も居なくなった稽古場で、深呼吸をする。
呼吸をするたびに空気が冷たくなっていく。
ねえ、私まだ間違っていないよね?
それともまた間違っちゃってるのかな。

どうして誰も教えてくれないの。











綴くんは脚本にかかりっきりになっているのか、寮の中でも見かけなくなった。
基本揃って食べる事が多い朝食の席にもいないので様子がわからない。
同室の真澄くんも気配すら感じてないと言う。

ちょっと差し入れを持っていって様子を伺うのは踏み込み過ぎじゃないよね。
自分に言い訳して部屋のドアをノックする。

「…?」

返事がない。
今日は大学にいったのかな?
少し開いた扉の隙間から中を覗く。

付けっ放しのパソコンと本が積み上がった机、あちこちにメモが付箋で貼ってある。
すごい、修羅場って感じだ…!

寝息が聞こえるので部屋の中に入るとベッドに寄りかかるようにして眠っている綴くんがいた。
印刷した紙を握ったままなので、寝るつもりはなかったのに寝てしまったのだろう。
風邪引いちゃう、と思って毛布を肩にかけてあげる。
何かを作り出すのはとても大変だ。
その苦しみはそちら側に立った人しかわからない。

綴くんの隣に座ってみる。
規則正しい呼吸、眠った体は服越しでもわかるほど温かい。
呼吸を合わせて私も酸素を吸って、吐く。
うん、大丈夫。一人じゃない、凍えない。
綴くんを起こさないように立ち上がり机の上に持ってきた軽食を置いて部屋を出る。
私もがんばらなくては。







眩しいしあつい。
重い瞼を持ち上げるとカーテンの隙間から西日が一直線に差している。

「うわっ、寝てた…」

ぐしゃぐしゃに握りつぶした脚本の下書きが床に落ちている。
思わずため息が出る。約束の日までもう時間がない。
と言うかいつの間に毛布までかけてたんだろう。
立ち上がって伸びをする。座ったまま寝ていたので首が痛い。

パソコンの前に眠る前にはなかったものが置いてある。

「監督…?」

すこしくせ字で書かれたメモを指でなぞると、胸の奥がむずむずした。

「っしゃ、頑張りますか!」

部屋の電気をつけて再びパソコンに向かった。












綴くんと約束をした日から1週間。
脚本が完成していなければ、彼の書いたもので公演を行うのは諦めなくてはならない。
それに…。
至さんはここ数日体調が悪いようで稽古も休みがちだ。
仕事もあるだろうから体調を整えるためには仕方ない。
もしかしたら何か悩んでたりするのかも知れない。

それなのに深く聞く事ができない。
頑張るって言ったのにな…。

至さんは普段柔らかい対応をしてくれる。
でもそれがこれ以上踏み込ませないと言う線引きにしか思えない。

ああ、大人になって問題が起きない距離の取り方ばかり覚えてしまった。
結局は自分が大切で、いつでも傷つかないように生きている。

「よし!綴くんの部屋に行ってみようってわあ!!」

談話室のソファーから立ち上げるとすぐ横に真澄くんの顔がありその隣に咲也くんとシトロンくんがいた。

「すみません、カントクを驚かせようと思ってたわけじゃないんですが」
「カントクさっきからマスミが見てるの全然気がついてなかったネ!」
「考え事してるアンタも可愛い」
「ごめんみんながいるの全然気がつかなかったよ」

慌ててまた元の位置に座る。

「綴くんの脚本の事ですよね?」
「…うん、今日までって約束だから」
「オレも行きます!」
「ワタシも心配ダヨ」

咲也くんとシトロンくんが立ち上がった。
そのまま隣の真澄くんを見ると視線がぶつかった。

「アンタが行くなら行く」

そんなには広くない寮の廊下をお供を三人従えて進む。
これってなんだかあれ見たい。
代表してドアをノックするが返事はない。

「返事ありませんね」
「メイビー、スリーピング中ネ」
「夜逃げ」

いやそんなまさか…と思いながらドアノブに手を掛ける。

「「御用改めである(アル)」」

緊迫した雰囲気に思わず口した台詞がシトロンくんと被った。
(変な日本語知ってるなあ)

綴くんは机の前で立っている。
よかった、でもなんで返事してくれなかったんだろう。

「綴くん?脚本の期限今日なんー
「書けたー!!!!」

パソコンを見つめながら立っている綴くんの肩に手を置くと、くるりと振り返った綴くんに思いっきり抱きしめられる。背が高いので綴くんの胸が顔に当たって苦しい。

「つ、づるくん、落ち着いてって書けた?!」

綴くんの顔を見上げると隈が出来ていて顔色も悪いが表情は晴れやかである。

「や、やったー!」

思わず抱きしめ返してしまう。いや、でも中身を読むまでは安心できない。
と思っていると綴くんの身体から力が抜けていく。

「待って待ってここで寝ないで!ちゃんとベッドで寝よう?!」

押し倒されそうになっているところを三人に助けてもらう。

「綴絶対許さない、殺す…」

真澄くんの口から物騒な言葉が聞こえた気がするけど、聞かなかったことにした。

「カントク!脚本印刷しました」

咲也くんが人数分印刷して手渡してくれる。

「ええと、タイトルがロミオとジュリアス…?」
「ジュリエットが男になっているみたいですね」
「ふーん」
「オー斬新ネ」

ロミオとジュリアスは友人になったが、対立するそれそれの家の事情で引き離され争いに巻き込まれていく。
ーーーうん。面白い。

「この脚本すごく面白いと思います!」
「うん、みんなが舞台で演じてるのが早く見たい」

ベッドに寝かせた綴くんに向かってお疲れ様と呟くといい夢でも見ているのかわずかに微笑んだ。