彼女はよく平日の昼間にやってくる。
この時間に街を出歩いているけれど、学生には見えないし主婦という感じとも違う。
添い寝屋さんをしていると言っていたので、分類するならばフリーターといったところか。

そんなことを考えながら手を動かす。

今朝は咲ききってしまった花をブーケにして、通りからよく見える場所へと陳列した。
小さいブーケは値段が手頃なのでちょっとした手土産に買って行く人が多い。
ピンク系、青系、白、黄色、赤…
何種類か作ってこの子たちが誰かの部屋に飾られているのを想像する。

ほんの少しでも、その場所が心地いいものへとなるように祈りをこめて。

それから顔をあげると人通りのまばらな商店街を彼女が歩いていた。

その瞬間雑音が遠のいて、景色がスローモーションになった。
あたりが冬の海のように静かになって、世界が少し遠のいて行く。

こちらに向かって歩みを進める彼女と視線が交わって、ゆっくりと彼女の顔に微笑みがひろがる。
柔らかな曲線がふるえて、呼吸の音が聞こえた。

彼女は花だった。









「レイさんこんにちは」
「紬くん」

冬だというのに彼女はコートも着ていなかった。

「この間はフライヤーありがとう。アズマが主演でびっくりしちゃった」
「カントクや脚本の担当の子が東さんの雰囲気を生かしたお話にしてくれたんですよ」
「そうなんだ…すごく楽しみ。チケットはHPから購入したらいいのかな?」
「もし良かったら、ご用意しておきましょうか」
「本当?ありがとう」

彼女は店頭に並べたブーケの中から白と黄緑で纏めたものを選んで買っていった。
そのブーケは彼女と冬の空によく似合っていた。

お会計の時にほんの少し触れた指先が冷たくて、思わずエプロンのポケットに入れていた男物の手袋を彼女に渡す。

「女の子はからだを冷やしちゃだめですよ」
「紬くんてお母さんみたい」

照れたように笑って彼女は本当に小さな子供みたいだった。
雑踏に消えていく背中を見送りながら、彼女の部屋が温かいといいなと思った。






「紬、最近楽しそう」

寮に帰ると密くんが談話室にいた。

「そうかな?やっぱり公演前はわくわくするよね」
「うん。でも東は元気なかった」
「そっか、それは心配だね」

もう年齢を重ねた俺たちはあまり他人の内側へ踏み込めない。
それは誰しも言葉に出来ない想いを抱えているからだ。

でも、こうしてMANKAIカンパニーに入ってなければ出会うことのなかった人たちと、過ごす時間を大切にしたい。

「東どうやったら元気でるかな」
「うーん、そうだ一緒にサシェを作らない?」
「サシェ?」
「うん、アロマワックスサシェっていうのがあって…ほらこんな感じの」

スマホを操作して何とかお目当の写真を引っ張り出す。
機械の操作は苦手だ。

「なんかきれい。作って東にあげるの?」
「みんなで一緒に作るのも楽しそうだよね。えっと、どうかな?好きな香りにできるみたいだし、リラックス出来そうじゃない?」
「…うん。いいと思う」

密くんの顔が明るくなる。
よかった、俺にできることは少ないから。

この寮で咲いた花をたくさん使って、ここで積み上げた思い出ごと贈れたらいいなと思う。

カントクがくれたこの場所で俺たちは生きていく。