太陽が沈むのを待って私は家を出た。
薄暗くなった街を、瞬く街灯を追って跳ねるように進む。
今日も夜が来る。
逸る気持ちを抑えて、そのドアをくぐった。

「いらっしゃいませ。」

夜が始まったばかりの時間帯は紬くんが迎えてくれる。

「いつものをお願いできる?」

カウンターのスツールを引く。
一番乗りだと思ったのに、今日は先客がいた。
イヤホンをしたままスマホを操作しているのは、黒髪が美しい少年だ。
うーん、どう見ても未成年に見える。

「レイさん原稿はどう?」
「参考にと開いた資料を読み耽っちゃって全然進んでない。」

ため息をつきながら一息に言うと紬くんが笑った。
出されたエスプレッソの香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込む。

「頭がスッキリした気がする。」

私の単純な脳みそはこの香りだけで何かが閃きそうな予感を感じていた。

「紬。」

一つ空白の席を挟んだお隣の男の子がスマホから顔を上げる。
思ったよりも低く抑揚のない落ち着いた声で話す子だった。

「あ、なんだ紬くんの知り合いだったんだ。」

安心して思わず声に出して言ってしまった。
ちらりとこちらを見た少年が軽いお辞儀を返してくれた。

「ああ、莇くんは劇団の仲間なんだ。本当はお店にいちゃだめなんだけど…、今日は僕が保護者みたいな感じかな。」
「ねえねえ隣に座っていい?」

返事を聞く前に横のスツールに移動する。
端っこに座ってた彼は、一瞬焦ったように目を見開いた。

「おい、いや、ちょっと。」
「まあまあ、仲良くしようよ。」
「ばっ、近寄るな。」

顔を赤く染めて言うもんだから、可愛くて仕方がない。

「紬!!!」

莇くんは怒ったように名前を呼んだ。
年が離れているとは思えない雰囲気に劇団の仲の良さを思った。
きっと色々な人が協力して舞台を作り上げているから、こんな風になれるんだろう。
私だって一人で仕事をしている訳ではないが、一緒に作り上げていると言う感覚を持つことはあまりない。
素直に羨ましいな、と思った。

その時大きくドアが開き元気な声の少年が入ってきた。

「よかった〜。ここに居たんだ。やば、お客さん!?」

私を見つけ大きなリアクションを取りながら謝った。
紬くんが大丈夫だけと静かにね。と優しく注意していた。

「君も劇団の子なの?」
「そうっす!お姉さんは…どっちの彼女?」

質問の意図がわかってから、突拍子もない発言に驚いた。
隣を見ると、莇くんは人が殺せそうな目で睨んでいる。

「残念ながら二人ともまだ違うんだ〜。君はなんて名前なの?」
「オレ?九門だよ!ってそうだ、兄ちゃんが心配してた。帰ろう莇。」

どうやら莇くんは寮に帰るのがいやでこのカフェに来ていて、九門くんは一緒に帰るために迎えにきたらしい。
私も一人暮らしをする前は、家に帰りたくなくて友達の家に何日も泊まったりしたなあと思い出した。

「ここはカフェだし、二人に一杯ご馳走してあげましょう。」

まあ、作るのは紬くんなんだけど。
抹茶ラテはこんな夜に飲むのがぴったりだ。
お茶の香りと甘み、最後にほんのりと苦いその飲み物は心に効くから。

二人は紬くんの上がりの時間に帰っていった。
ありがとうと明後日の方向を見ながらお礼を言う莇くんが可愛くて去り際に頭をぐしゃぐしゃに撫でてあげた。

「あいつが素直に礼言うのはじめて見たわ。」

万里くんが面食らったような表情をするのを見たのは初めてだったので、本気で言っているんだろう。
知っている人には見せれない一面もあるんだろうと思った。

「そうなの?ふたりとも素直でいい子だったよ?」
「あ〜?まあ、適当に仲良くしてやって。」

目は口ほどに物を言う。
優しい瞳で万里くんは言った。

「わあ、万里くんにもそんな一面が。」
「なんだよ。俺は誰にでも優しいんだよ。」

ふたりでくすくすと笑う声だけが、静かな店内に音を立てた。

「すごく君たちの劇団に興味が出てきちゃった。」

最初に出会った時の胸の高鳴りは、確信に変わった。