お客様が帰った後大きなシーツを洗濯機に押し込んで洗い終わるのを待つ。

薄い灰色の空に鳥が飛んでいくのが見えた。
羽ばたく音も鳴き声もここまでは届かない。
住んでいる世界が違うんだわ、と気が付いた。

窓から見える景色は変化しない。
どこかで水音がした。

きっとこれから雨が降る。














「本当にこんな後ろの席で良かったんですか?」

紬くんが困っている様な表情で言う。

「今回はずるしちゃったから」

他にもたくさんの人がアズマ達の公演を楽しみにしている。
若い女の子達が熱い瞳で見つめる先を知ったからには無視できない。
あの美しい煌き。
触ったら火傷しそうだと思った。


舞台の上でもアズマはアズマだった。
夜と言う同じ闇を共有していると思っていたのに、いつの間にか彼は光の下にいた。
でもあの寂しいところに彼がいると思うよりずっといい。

高揚した身体を持て余しそうだったので、白い花束を受付に預けて歩いて帰った。
夜の街は、彼の香りがずっとしていた。
















「紬、お花ってそのまま飾っていいの?」

白い花束を抱えた東さんに寮のキッチンで話しかけられた。

「ええと、元気そうなので下葉処理と切り落としをすればすぐに活けても大丈夫そうですね」

花束を受け取り確認をする。

「教えてくれる?」
「もちろんです」

大きめのボウルにたっぷり水を張ってからすすいだ花を浸す。

「この花瓶にしようかなと思ってるんだけどどう?」
「それじゃあ、少し高さも調整しましょうか」

花瓶の中に入るところまで、葉っぱをとり水の中で茎を切断する。

「それが下葉処理と切り戻し?」
「はい。水につけると葉が痛んでしまうので。本当は水の中で切り戻しをするのは水切りって言うんですけど。茎の中に空気が入ると水の吸い上げの妨げになってしまうので、水中でやるんです」
「ふうん、流石お花屋さんだね」

花束の雰囲気を壊さないように花瓶へと活けていく。

「お水は二、三日に一回替えてあげて下さい。その時に切り戻しをしてあげると長持ちしますよ」
「わかった。お水は水道水でいいの?」
「はい。その代わり花瓶はしっかり洗って下さいね」

東さんは花瓶を受け取ると微笑んだ。

「紬、ありがとう。残りの公演も頑張ろうね」

俺たちはほんの少し分かり合えた。
同じ物語を共有して、少しずつ前に向かって歩く。









ギィと古いボートが音を立てる。
靄のかかった湖にひとりで浮かんでいた。
ギイギイギイ
オールは付いているのに、古いからかビクともしない。
風はなく、湖の真ん中でただ漂うしかない。
ギイギイギイ
恐れることは何もない。
どこにいたってひとりなのだから。