「レイっ」
大きな音がして扉が開いたので、びっくりして飛び起きた。
「……翼徳さん、扉壊れちゃいますよ」
「返事がないから、何も言わずに帰っちゃったかと思ったんだ」
大きな体をしゅんとさせている翼徳さんには耳と尻尾が見える。
全身で感情を表現してくれるので接しやすい。
「帰る所なんて……」
「ん?」
「何でもないです。翼徳さんおはようございます」
思わず漏れた本音に自分でも驚く。
何年も住んだあの一人暮らしの部屋が既に帰るところでは無くなっているなんて。
「おはよう、朝飯一緒に食おう!もうオレの部屋に用意して貰ったんだ。早く行かないと冷めちゃう」
部屋に用意してあったお水で顔をすすいで髪を手櫛で整える。
早く早く!と急かす翼徳さんについて部屋を出た。

ぼんやりと歩いていた為廊下の角を曲がったところで人にぶつかってしまった。
「失礼しました、大丈夫ですか」
「す、いません」
ぶつかった相手はビクともしてないのに、こちらは無様にもよろけてしまう。
良く見ると、綺麗な顔をした若い男の子だった。
「あ、子龍!!帰ってたんだ」
「翼徳殿、今朝帰って参りました。……そちらのご婦人は?」
「あれ?兄いに聞いてない?」
「ああ、なるほど。はじめまして子龍と申します」
「あ、レイです」
高校生くらいに見えるのにとてもしっかりしている。
最近こんな礼儀正しい子はあまり見かけない。
「これからオレ達朝ご飯食べるんだけど、子龍も来る?」
「いえ、これから鍛錬がありますので」
「そっかー、じゃあまたね」
「失礼します」
子龍くんの挨拶にキングダムを思い出した。格好いい。
「子龍さんはとても礼儀正しいんですね」
「オレはもうちょっとテキトーでもいいとおも、あ、レイもさ、敬語?って言うんだっけそれなくていいよ。オレそう言うの苦手なんだー。難しいもん」
「ええと、じゃあそうするね?」
そう言ってくれるのに敬語を使い続けるのも相手に気を使わせてしまうかな。翼徳さんの好意に返せるものを持っていないから精一杯微笑む。夢ならばなんでも許される気がした。
「えへへ、レイが笑ってるとオレもうれしい」
二人で食べるご飯はとても美味しかった。





「玄兄いー、って雲長兄いも芙蓉もここにいたんだ」
「ああ、翼徳どうかしたのか?」
「ううん、ちょっとレイと散歩してくるーって言いに来ただけ」
「構わないが、あまり変なとこに行くなよ」
「うんっ」
玄徳さんの部屋に行くと雲長さんと芙蓉姫も一緒にいた。
大事な話の途中だったのかな、と思ったけど翼徳さんは気にせず部屋の中に入って行ったので慌てて付いていく。
「レイ昨日は良く眠れたか?」
「はい、ちょっと寝坊してしまいました」
玄徳さんの手が殴られた辺りに触れる。
少し痛くて体がビクッとしてしまったので恥ずかしい。
「悪い、痛かったか?」
「いえ、大分痛みはなくなりました」
「そうか、無理はするなよ」
ぽんぽんと頭に乗せられた手が気持ちいい。
玄徳さんみたいな人が上司だったら幸せだろうな。
「玄徳様、そう言うところですよ」
「あ、ああ悪い。嫌だったか」
「いえ、こんな風にされたのは久しぶりだったので、ちょっと嬉しかったです」
ここにいると温かい気持ちになる。
自分では分からなかったけれど、今まで少し無理をしていたのかもしれない。
「じゃあ、行ってくるねー!」
「まさかですが、翼徳殿はその格好の彼女を外に出すわけじゃないでしょうね?」
「え?なんかダメだった?!」
二人のやり取りを聞きながら自分の服を見てみる。
確かにワンピース型の部屋着一枚なので、あまり外向きではないな。
「はあ、本当ここの男どもときたら気がきかないんだから!ちょっとレイ!付いてきて」
芙蓉姫に引きずられるようにして玄徳さんの部屋を後にした。
この細い腕のどこにこんな力が……。

(ひどい言われようだったな)
(オレ怒られるようなことしてたかな)
(玄兄、暫く彼女を置いておくようでしたら何か着るものを用意した方が良さそうですね)

「はい、この中から好きなの選んで!」
連れて行かれた先は恐らく芙蓉姫の部屋だ。かすかに花の香りがした。
「え、こんな綺麗な服着れないです」
「いいから早く選びなさい」
「でも」
「でもじゃない。そんな手も足も出してウロウロしてたら何されても文句言えないわよ」
なるほど。確かにすれ違った人たちも含めて皆袖も裾も長い服を着ていた。
露出はしないほうが良いのかもしれない。
薄い桃色のストールのような物を借りる事にした。
「あの、ありがとうございます。洗ってお返ししますね」
「あげるわ。そのかわり暇な時に、お茶でも付き合ってくれたらいいから」
「皆さん優しすぎて逆に不安になります」
そう言うと芙蓉姫は思いっきり笑った。
「玄徳様が決めた事に従っているだけよ。それに、貴方の意識がないうちに勝手に貴方の事調べちゃっているから、全然良い人じゃないの。暗殺を実行出来そうな身体つきもしてないし、所持品は何もないし、貴方が無害なのは知ってるわ。でも、翼徳殿が貴方を気に入ってる理由がなんとなくわかった気がする」
「ええと」
「貴方どこから来たのか知らないけど、無駄に正直だし、危機感もない。かと言って取り入る為に媚びる訳でもないし。その辺で拾われたのにあたわず常識はないけど、馬鹿ではないし。それに話ていて楽しいわ。なんとなく懐かしい気持ちになる」
「それは喜んで良いのでしょうか……?」
「褒めてるのよ。さて翼徳殿に扉を壊される前に戻りましょう」

芙蓉姫の部屋を出てすぐの廊下の柱の後ろに、隠れきれていない翼徳さんがいた。
「あれで隠れてるつもりなのかしら」
「翼徳さん迎えに来てくれたんですか?」
「あ、うん。芙蓉怒ってる?」
「翼徳殿には怒ってません」
「そっかー!」
ぱああっと音がしそうな程笑顔になった翼徳さんにこちらも釣られて微笑んでしまう。
「どこに行く予定なの?」
「ううーんと、そこの池の鯉を見てから裏の木に登るつもり!」
小学生の放課後みたいだなと思ったが、翼徳さんが楽しそうなのでちょっと楽しみになってきた。
わくわくしてるのが伝わったのか芙蓉姫が呆れたようにため息をついた。
「貴方たちがそれでいいならいいわ。翼徳殿、色情魔のところはいかないように」
「うん、オレ達のとこだけにする」
色……?
何やら物騒な単語が聞こえたような気がするけど、翼徳さんが一緒だから大丈夫に違いない。
「レイ行こう!」
「行ってきますー!」
翼徳さんと繋いだ手を話さないように首だけ後ろに向けて芙蓉姫に挨拶をした。







「遠くまで見えるね」
「うん!」
木登りなんてした事がなかったが、翼徳さんがひょいと引き上げてくれたので簡単に上がる事が出来た。
建物は塀で囲まれているけれど、ここなら外が見える。
翼徳さんには玄徳さん、雲長さん、芙蓉姫、子龍さんあとあった事はないけれど孔明さんなどの話を聞いていた。
誰のことを聞いても褒める翼徳さんが素敵だと思った。
私の事も聞かれたが、ここが別の世界である事は間違いなさそうなので当たり障りのない事だけしか答えられない。
申し訳ない気持ちになったが、翼徳さんはあまり気にしてなさそうだった。
「そろそろ腹減ったなー、夕飯なんだろ」
「翼徳さんは食べる事が好きなの?」
「へへ、うん。レイは?」
「私も好き」
帰り道も翼徳さんと手を繋いで帰った。
ここでは他人の熱が触れられるところにある。
ずっとここにいたいな、と思った。
でもいつか目が醒めてしまうんだろう。

その日から数日は特にする事がなくて、ぼんやりと過ごした。