玄徳軍にお世話になって一週間、一度芙蓉姫とお茶をしたけれどそれ以外は特にやる事もなく毎日が過ぎていく。
みんな忙しそうで声を掛けるのも憚られるし、使用人の方が居るので雑務のお手伝いも歓迎されない。

出歩いていい場所は限られているので、正直運動不足だ。疲れる事がないので夜眠たくならない。仕方がないので、少し夜風を浴びることにした。
月の他に明るいものがないので、星が綺麗に見える。暫くぼうっとしていると、声をかけられた。

「何をしている」
振り向くと、小学生くらいの男の子だった。
「眠れないから星を見てたの。……えっと君は迷子?」
「朕の事を知らぬのか」
その影のある瞳が一瞬揺れたのに彼女は気がつかなかった。
「ん?どうかした?ここ座る?」
「……なんでもない」
夜着をきっちり着込んだ男の子が隣に座る。なんとなく不安そうな、所帯なさげな雰囲気だ。
「君も眠れないの?」
何か話した方が良いかと思って当たり障りのない言葉を口にするが、少年はそれには答えなかった。
「お前はどこのものだ」
「えっと、玄徳さんって知ってる?私怪我しちゃって、それでお世話になってるの」
ほほに掛かる髪を耳にかけ、もう薄くなった痣を見せる。いくら今夜の月が明るいとは言っても、この闇の中では見えないかもしれない。
「そうか」
男の子はスッと視線を背けた。
「寒くない?もっとこっちに座りなよ」
足の間に座らせると、身をぎゅっと縮こませるのでもう抱っこされるのは嫌な年頃かなと思った。
構わずにお腹に手を回してくっつく。
「あったかいね」
「……」
ううん、特に会話が思い付かない。子供が好きなものってなんだろう。
「おむすびころりんって知ってる?」
咄嗟にでた言葉が『おむすびころりん』なのは自分でもどうかと思うが口に出してしまったからには仕方がない。
「知らぬ」
「昔話なんだけど、話してもいい?」
「よい、話せ」
そもそもここっておにぎりあるのかな。まあいいか、シンデレラとかかぐや姫、人魚姫より男の子向きだろう。
「昔々あるところに、心の優しい正直者のおじいさんとおばあさんが住んでおりました」
「……」
「おじいさんは毎日山へ柴刈りへ出かけます。その日もおばあさんの作ってくれたおむすびをお弁当にして山へ行きました。おじいさんは午前中の仕事を一生懸命やったので、もうへとへとです。おばあさんの作ってくれたおにぎりを食べようと、大きな木の下に座ってお弁当の包みをあけました。その時うっかりおむすびを落としてしまいました。おむすびはころころと転がると、木の根元にあった穴の中に落ちていってしまいました。するとどうでしょう、穴からなんとも言えない可愛らしい歌声が聞こえて来たのです」
「……」
「『おむすびころりん、すっとんとん♩ころころころりん、すっとんとん♩』とっても面白い歌だったので、おじいさんは持っていたもうひとつのおにぎりを穴に向かって転がしました。そうして聞こえてきた歌声にまた耳をすませていると、なんと、おじいさんまでころんと穴に落ちてしまいました」
「……」
男の子の体がグッと重くなった気がきた。
「どうかした?」
「……眠たくなった」
「そっか。部屋まで送って行こうか?」
「必要ない。名は何という」
「レイだよ」
「レイ……明日もここに来い」
少年は目を擦りながら長い廊下に消えていった。あ、名前聞き忘れちゃった、けど友達が出来たって思ってもいいのかな。明日は続きを話そうか。私も部屋へ戻る事にした。





翌日は少し寝坊してしまった。

「レイ様、よろしいでしょうか」
「あ、すみません。大丈夫です」
「いえ、支度がすみましたら玄徳様がお呼びです」
「はい!すぐ行きます」
廊下を走ったら怒られてしまった。なんだか学生時代に戻ったみたいだった。玄徳さんの部屋のまで、一呼吸してから扉をノックする。
「玄徳さん、レイです」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
中に入ると玄徳さんは紐のような物を編んでいた。
「何してるんですか?」
「ん?ああ、暇つぶしだ。お前が来るまでのつもりだったんだが、手が離せなくてすまん」
「いえ、とても綺麗です」
「そうか。ならば今度レイの好きな色で作ろうか。おっと、忘れるところだった。呼んだのは渡すものがあってな」
最後まで編み終わってから、玄徳さんが取り出したのは布のようだった。
「遅くなって悪かったな、それしか服がないと不便だろ。女子の服は良くわからなくてな」
何枚か渡されたそれは一目見て高価なものだとわかった。
「そんな、貰えません」
差し出されたそれを慌てて断る。絶対すぐ汚しちゃうし、あれ、でもこれ夢なんだったっけ?
「気に入らなかったか?」
玄徳さんが困った様に笑った。高級な物を受け取るより、こんな優しい人にこんな表情をさせる方が悪い気がしてくる。
「……とても素敵だと思います」
そう言うと玄徳さんは嬉しそうににっこりと笑った。
「じゃあ貰ってくれるな?」
「はい、ありがとうございます」
そう言われてしまえば断るのが難しい。ありがたく受け取ることにた。玄徳さんの手から直接、衣を受け取る。
白い生地に桃色のアクセントが可愛い。軽くて滑らかな手触りに、絹で出来ているのかも知れないと思ってやっぱり着るのは怖いなと思った。
「最近構えなくて悪いな、困ったことなどないか?」
「いえ、……あの、何かお手伝いできることはありませんか」
「服の礼などはいらんぞ。もちろんここにいる事もな」
「…ありがとうございます」
「ははっ、何か考えておく」
「ありがとうございます!」
玄徳さんがぽんぽんと頭に手をのせてくれた。そうやって笑ってくれると胸が暖かくなる。やっぱり何か出来たらいいな。

玄徳さんと少し話をしてから部屋に戻るため廊下を歩く。考え事をしていたら忙しそうにしている使用人の方とぶつかってしまった。

「申し訳ありませんっ」
抱えていたものが散らばってしまう。
「大丈夫ですか?」
遠くまで転がってしまったものもあるので一緒に拾い集める。
野菜かな?結構な量がある。女の子一人で運ぶには多過ぎる気がする。
「よし、これで全部ですね。どこに運べばいいですか?」
「い、いえ、そこまでして頂くわけにはいきません」
「でも、これひとりで持つには多いですよ?他に人はいないんですか?」
「…実は厨房のものが足りておらず私も手伝っているのです」
「ああ、だからそんなに急いでたんですね。私が持って行きますよ、厨房でいいんですよね?」
「ええ、いえ、そんな」
「他にやる事あるんですよね?私暇ですし」
「レイ様ありがとうございます」
「そんな、こちらこそいつもありがとうございます」
使用人の人は一瞬不思議そうな顔をしたが思い出したように足早に去って行った。
「よっと」
一人で抱えると視界が塞がる。確かに気を付けないと誰かにぶつかってしまうだろう。
慎重に厨房まで歩いていった。
「すいません、お届けものです」
「ああ、そこに置いておいてくれ」
「忙しそうですね」
広い厨房に人はまばらで、その代わり調理器具や皿が雑然と放置されている。
「そうなんだよ、急に暇をとった奴らが多くてね。代わりの人もまだ手配されてないんだ」
「なるほど。何か手伝いましょうか?皿洗いくらいなら出来ると思いますし」
「助かるよ!その衣装じゃやりにくいだろ、そこの腹掛け使いな」
「ありがとうございます」
ぐるっと見て回って洗うものを集める。洗って水を切って棚に戻す。棚もばらばらになっているものを種類を分けてしまい直す。
「ちょっとこれ見ててくれ」
「あの皿を出してくれないか?!」
「あ、はい!」
洗い物の合間に指示が飛ぶ。飲食店で働いたことはないけれど、途切れる事なくやることが降ってくるので時間はあっという間に過ぎた。
「お嬢ちゃんこんな時間まですまないな」
「いえ、こんなに大変なんですね」
「いつもはもうちょっとましなんだがね」
「良かったら明日も来ましょうか?」
「本当かい?いやあ助かるよ」
夕ご飯の代わりにおやきのようなものを貰った。あ、そうだちょっと早いけど昨日の男の子にあったところに行ってみよう。
外を見ながらもぐもぐしていると、昨日の少年が現れた。

「なにをしている」
「あ、君もこれ食べる?美味しいよ」
「…夕餉はすませた」
こちらをじっと見ながら立っている。
「ああ、ここ座る?」
「…いいかおりがするな」
「ん?やっぱり食べたい?はい」
小さい口に差し出すと咀嚼した。素直に食べる様子が可愛い。
「うまいな」
「うん、外で食べると更に美味しいよね」
「こういったものは、はじめて食べた」
「そうなの?確かに賄いみたいな感じなのかな?」
今日あった事を少年に話しながら一緒にご飯を食べた。翼徳さんとご飯を一緒に食べたぶりの人との食事だったのですごく楽しかった。

「昔話とやらは今日はしないのか」
「ふふ、続きから話すね」
「……」
「おじいさんが落ちた穴には、なんとねずみのお屋敷がありました。あの歌声はねずみたちのものだったのです。ねずみたちはおじいさんにおにぎりのお礼を言いました。ねずみたちは餅つき踊りとたくさんのきな粉餅でおじいさんを歓迎しました。『ねこっこ にゃんたらどやすべな たんたらとん たんたらとん♩』おじいさんはその踊りを見てとても喜びました。そして帰る時には小判の詰まった御重をお土産に貰いました」
「……」
「眠い?」
「……レイの声は眠くなる」
「夜も遅いし帰ろっか」
「……明日も来るか?」
「うんまた明日、おやすみ」

廊下の奥に消える彼を見送ってから伸びをする。
やることがあると充実感が違うなっと思いながら自分の部屋に戻った。