仲間が欲しかったんだと思う。

漫画もアニメもラノベもゲームも好きだ。
主人公になりたい訳じゃない、多分居場所が欲しかったんだ。

共通の話が出来る友達が欲しいと思ったこともないし、(と言うか姉に指定されたキャラ作りのせいでしたくてもできなかっただろうけど)欲しいのは友達じゃない仲間だった。
けれど、偽りの人格を全身に貼りつけて生活する俺に仲間なんて出来るわけはない。
作れるとしたらそれは俺が裏切ることが決まっている配役に違いない。

誰かを認めて、自分が認められるなんて
それは次元の向こう側にしかないんだと思っていた。







仕事で天鵞絨駅まで来たが思ったより遅くなってしまった。
休日出勤なんて30秒で終わらせようと思ったのに。
会社に電話すると直帰してもいいとの支持だったので直ぐに帰ろうと思った。
ふと駅の外にある掲示板を見る。

「ふうん、劇団員の寮ねえ」

今月の課金金額と家賃を考える。
ピックアップでSSRを凸る為に結構つぎ込んじゃったんだよなー、まあ暫く飲み会の誘いを断ればなんとか生きてけるだろうと計算する。そもそも会社の飲み会なんて時間もお金もSUN値も無駄にする。
正常な思考を持ってれば行くもんじゃない。
演劇なんて言うのも毎日偽りの人格で生きている俺には余計なものだ。
これ以上何を騙して生きるっていうんだ。
そんなことするならば早く帰って世界を救う旅に出ないと。

乗り換え検索をしようとしてスマホを出した瞬間に身体に衝撃が走る。
それが人だと分かったので舌打ちは心の中だけにした。スマホ落としたらどうしてくれんだ。

「す、すみません!目が回ってしまって…!」
「すみません、大丈夫ですか」
「え、ええ。お気になさらず」

主人公・ライバル・お兄ちゃん・褐色…属性的には満遍なくて申し分ない。
あとは女の子がもう少しヒロインぽいと良いんだけど。
ぶつかってきた集団の感想を上げているとパッとしない彼女に声を掛けられる。

「あの、どこかこの辺りで住む場所を探してるんですか?」
「え?ええ、まあ、そうですが」

思わず同意してしまう。住んでる場所を探してたら何なんだ。

「住み込みのだ人を募集しておりまして、もしご興味があればと思ったのですが」
「住み込み…」

どうやら物件情報を見ていたので勘違いされたらしい。
ただ一生懸命に話を続ける女性につい否定するのを忘れてしまった。

「寮費と食費がタダ、ですか」

家賃と食費を回せたらあっちにも手が出せるな…。
でも他人と生活するなんてダルすぎるだろ。

「と、いうわけで、一人部屋も可能です」
「それなら、詳しいお話を聞かせてください」

ついのってしまった。
時間外演技時間が伸びるだけだと思おう。
それにこっちの生活が邪魔されるようならばすぐに辞めてしまえばいいんだ。
いままでの他人との関わりなんてそんなものだったから。





「おおー!新生春組結成三日目にして団員五人揃うなんて快挙です!さすが、監督!」

隣で大喜びしている支配人を見ると心が和む。
シトロンくんと至さんを無事団員としてゲットしたのは良いものの団員の顔面偏差値が高すぎて息をするのも辛い。
まさかシトロンくんがこんなに美形だとは…。外国の出身だけあって顔の作りがはっきりしている。
咲也くんや真澄くんはまだ子供っぽいところがあるからかわいいと思えるけど、シトロンくんや至さんは正直目を見て話すとドギマギする。あ、支配人だけじゃなくて綴くんも和むな…。


「支配人の隣って落ち着きますね」
「ええ?!でも、まあ、そんなこともありますよね」
「…こいつに負けるところが思いつかない」
「やっぱり大人の男の人だからでしょうか?!」
「オー、ワタシだけ置いてき鰤ネ」
「それを言うなら置いてきぼりじゃあ…」

話がずれてしまったけど、団員が無事確保出来たところで来月の公演の演目の話をする。
確かに時間がない今は昔の劇団と比べられるのを覚悟で同じ演目をやるのが一番良さそうだ。
目指すべき目標がはっきりしていて私も指導がしやすい。何せ演劇歴がないメンバーなのだ。

「できれば、俺が新しい脚本を書きたいんすけど…」
「そっか…綴くん元々脚本家志望だったもんね」

来月以降MANKAIカンパニーが公演を行える保証はどこにもない。
成功を一番に考えるなら新しいものを作る時間はないのかも知れない。
でも、綴くんの真剣な表情をからは覚悟が窺える。

「わかった。一週間稽古は出なくても良い、必ず脚本を一本上げて。中途半端なものじゃ怒るから」
「え…いいんすか?」
「私も少しは手伝えると思うから…、何かあったら相談してね」
「ーーっす」

「よし!じゃあ、解散にしよう。高校生組は明日学校だよね?遅刻しないように」
「あんたが起こしてくれる?」
「自己管理も大事なことだよ。朝ごはんは私が作るからみんなで食べよう。シトロンくんもそれでいい?」
「モチロンダヨ!楽しみネ」

よし、やっとスタートラインに立つことが出来た。
泡になんかならない。物語はハッピーエンドじゃないと!

誰もいない稽古場で、辞めたはずの会社の同僚の声が聞こえた気がした。
大丈夫、あそこはもう行かなくていい。ここはきっと違う場所。
私でもやることが、できることが、あるはずだ。
亡霊を振り払うように稽古場を後にした。