「おはようございます」
「えっと、昨日の…」
「レイです。もしかして、もっと早く来た方が良かったですか?」

普通に朝ご飯を食べてから来ちゃったけど、よく考えたら朝ご飯も作ってる人が居るんだよね。
比較的早い時間なのに厨房はもうバタバタしていた。

「レイちゃんは夜まで居てくれるからもうちょっと遅くても大丈夫なくらいだよ。
そもそも急なお願いな訳だしねえ」
「いえ、お仕事させて貰えるのはありがたいですから」
「ほんっとうに助かる!それで、悪いんだけどお昼任されてくれないか」
「ええっ?!そんな私料理出来ないですよ…!」
「夜はこっちで何とかするし、簡単なもので大丈夫だから!!」
「そんな急に…」
「材料はこの辺の使ってもらって、ああ人数はこの割り振り分で…」
「…(だめだ、既に引き受ける事が決まっている)」
「そこの奴らは洗い物くらいしか出来ないけど、好きに使って良いからよろしく!
なるべく早く戻るから」
「…はい(と言う前にどこかに行ってしまった)」

野菜やお肉はある。
結構な人数分作らなきゃいけないしカレーとかにしたかったんだけど、
ルーもなければスパイスもカレーが作れそうな感じではない。
うわーん、ひとり暮らしで自炊をしなかったツケがここに来てやってくるとは。
簡単に出来て美味しくてお腹にたまって大量生産に向いているもの…。

「餃子…?」

あれなら不味くはならないはず、生地は小麦粉があるし餡も多少の融通はきくはずだ。
焼き・水・揚げ3種類作ればこの時代の人だって何かは気に入ってくれるはず!
私は猛然と野菜を刻み始めた。





「おお、なんか美味しそうなもの作ってるね」
「こんな感じで大丈夫ですか?」

餡を包む作業は他の方にも手伝って貰い大量生産中だ。
試しに作った3種類の餃子を試食してもらう。

「なるほど、まわりの皮が薄いんだね。うん美味しい。
そうだな…この茹でてあるのをスープにして食後の果物をつけたらもう出そう」
「わかりました!」
「いやー、本当助かったよ。出来あがったら玄徳様たちに持って行ってくれる?」
「はいっ」

作ったものが受け入れられそうで良かった。
出来上がったものから手分けして持っていくことになった。
玄徳さんたちはみんなで揃って食べるようで五人分を一纏めにした。

「失礼します。昼食をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」

玄徳さんの声はいつも優しい。
部屋に入ると玄徳さん雲長さん翼徳さん芙蓉姫、子龍さんがいた。
「あれ?レイじゃない!あなた何やってるのよ」
「何だ、一緒に食べるか?」
「いえ、今厨房の方でお仕事させてもらっているんです」
「はあ?!」
「わーレイだあ!!オレもう疲れたよー!なになに?いい匂いするー」

翼徳さんが背後からぎゅっと寄り掛かって来たのでびっくりした。

「翼徳さんっ危ないですよ!今準備しますね」
「手伝う」
「雲長さん、ありがとうございます」

「うまそー、今日のやつ初めてみたー」
「お口に合えばいいんですけど」
「レイが作ったのか?」
「ええと、ちゃんと許可が出たので味は大丈夫だと…」

翼徳さんを背後に貼り付けたまま五人分の食事を配膳していると、
後ろから手が伸びてきてひょいっとひとつ掴まって翼徳さんの口に消えて行った。

「サクサクしてうまい、これなんて名前?」
「手で食べたらお行儀悪いよ。ええと、餃子って言うんだけど今翼徳さんが食べたのは揚げてあって、こっちが焼いてあってこっちは茹でてからスープにしたの」
「ほお、調理方法が違うのか」
「手抜きですみません」
「いや、工夫と言うか発想が面白いな」
「レイも料理が出来たのね、今度三人で勝負しましょう!」

三人?と思ったら雲長さんと芙蓉姫も料理が得意らしい。
私は得意ではないので勝負にはならない気がしたけれど
もっと仲良く慣れたら嬉しいなと思って是非と返事をした。
雲長さんは乗り気ではないらしいが、断らなかったので本当に料理をするのが好きなのかな。

「他の方の所にも行かなきゃいけないので、失礼しますね」
「えー!久しぶりに会えたし、レイもここでご飯食べてけばいいのに」
「翼徳、子供みたいだぞ。レイも困ってるし離してやれ」
「…はーい」

渋々と行った程で翼徳さんが玄徳さんの隣に戻る。
どうやら連日みんなで片付けないといけない書類の処理をしているらしいが、翼徳さんはあまり事務作業が得意ではないらしい。
皆さんに挨拶をして部屋を出る。
あまり離したことのない子龍さんも美味しかったと言ってくれてお世辞だったとしても嬉しかった。

その後夕食の仕込みを手伝ってから賄いのご飯を食べる。
明日からは人が増えるらしいが、君がいるととても助かるから少しでも構わないから明日もきて欲しいと言われて年甲斐も無く嬉しくなってしまった。
こんな風に人に感謝されて必要とされたの久しぶりだ。
イレギュラーとはいえ毎日降ってくる仕事をこなしていた時とは大違いだ。
二つ返事で承諾をして今日も少年の所へ向かった。



「って事があってね、私でも役に立てたのが嬉しかったんだ」
「そうか」
「そういえば名前聞いてなかったね。なんて呼んだらいい?」
「…叶」
「きょう?いい響きだね」
「そんなことよりいつもの話が聞きたい」
「うん、いいけど毎日こんな夜に一人で出てきて大丈夫?お母さんとか心配してない?」
「…朕の事など誰も気にしておらん」
「そうなの?(ご両親は夜までお仕事なのかな)」
「はなし」
「あ、うん。今日は猿蟹合戦っていうお話でー」

叶の顔があまり明るいものではなかったので(普段もあまり表情は変わらないけれど)何かが引っかかる気がしたけれど、一先ずせがまれた昔話をすることにした。
その夜は風がなくて暖かかったけれど、私たちはくっついて話をした。








翌日からは調理の人が増えたので、簡単なお手伝いと配膳を主な仕事とする事になった。
流石にこの世界で料理の勉強をしていないので妥当だろう。
バタバタとした昼食の準備を終えると真昼間に個人の執務室へお酒を持って行って欲しいと言われた。

「え?昼間ですけどお酒持っていくんですか?」
「士元様は仕事は出来るんだけねえ、本当これさえなければねえ…」

どうやら訳ありのようだった。
お酒を届けたら休憩にしていいとのことだったので、さっと届けてさっと戻ってこよう。
一人分のお酒としては量の多いそれを抱えて教えてもらった部屋へ向かう。
執務室が連なっている棟らしくとても静かだ。
二つ目の角を曲がって三つ目の部屋、ここかな?
ノックをしても返事がないので、勝手に入る。

「失礼します。厨房からお持ちしました」

中に入ると空気が悪いと言うかすでにお酒くさい。
本当にここ執務室なのか怪しい。
しかし書簡がいたるところに積んであるので仕事場ではありそうだった。
取り敢えず換気した方がいい。
机に積まれた書簡をどかして窓を開ける。
中身の入っていない酒壺は持って帰ろうと入り口の近くにまとめる。
どうせ休憩に入って良いと言われてたし、
ついでに軽く掃除しようと書簡を持ち上げるとそれは今日提出期限の書簡だった。

そういえば今まで気にしたことなかったけれど、
この国の言葉って日本語じゃないんだなと書簡の漢字しかない文面をみて思う。
話しているのは日本語だと思うのにな、知らない漢字ばっかりの書簡なのになんとなく意味がわかるのも不思議だ。

拭き掃除をするついでに、書簡をなんとなく種類で分ける。読んでおけば良いもの、返信が必要なもの、更に他の人に回すと思われるもの、期限が近いものとまだ先のもの…
掃除も佳境に入った時もしかしたら勝手に見た事がバレると怒られるかも知れないと思って部屋の主が帰ってくる前に戻ろうと思い立つ。
最後はやっつけで片付けて空の酒壺を持って出ようとすると、棚の影になっていた所から欠伸をする声が聞こえた。

不味い、部屋の主は寝ていただけでずっとここに居たんだ。
棚の後ろからゆるっとした感じのお兄さんが出てくる。

「君ただの女中って感じじゃないよね」
「…」

物凄く苦手なタイプだ。怒っているのか何なのか表情からは読み取れない。

「お、新しい酒だ、これがないと仕事捗らないんだよね。いやあ、他人が片付けた部屋で飲む酒はうまいな」
「…そこの書簡の山今日中が期限みたいですけど大丈夫なんですか」
「ふうん、これ読めるんだ。君名前は?」

余計な事を言った気がする。
でも、みんな一生懸命仕事しているのにお酒飲んだり寝たりってどうなんだ。

「…レイです。あの勝手に触ってすみませんでした」
「うん?むしろ助かったけど、何なら中身処理するところまでやってくれてもよかったのに」
「仕事の途中ですので、失礼します」

さっさと退散しようとしたけれど、ドアを出る前に手首を掴まれて、
冷たい手と冷たい瞳を持っている人だということを知った。

「あの…」
「明日も君がお酒持ってきてね」
「それは」
「よろしくレイちゃん」

それだけ言うと奥に引っ込んでしまった。
これは、ピンチと言うやつなのか?
厨房に戻って報告すると、何とも言えない目で見られた。