まあるい月が出ている。
十一月の終わり珍しく晴れた空にぽっかりと黄色い月が浮かんでいる。
ル・シアンくんじゃないけれど、ワオーンと叫び出したい気持ち。
そういえばアジアでは犬の鳴き声が魔を払うって教授が言ってたなあ。
どこまで出来るか今度調べてみようっと!
そうと決めたら早速明日漱石ちゃんに協力してもらおっと。
極東から来た女の子の事を考えていると、よく似た後ろ姿を前に見つける。
あやや、こんな時間に(と言ってもまだ日が暮れたばかりだが)外を出歩いているなんてめずらしい。
彼女はあまり外出を好まないと言っていたはずだ。
足音を立てないように近ずいて、両手を回す。
「だーれだっ!!」
「ッッッ!」
人通りの多い往来で、立ち止まると迷惑になる。
彼女は立ち止まるだけではなく持っていた紙袋をひっくり返してしまったので僕たちを中心に避けて歩く大きな円が完成した。
「うわあ!大丈夫?!」
大きな声を上げるとチラチラとこちらを窺いながら人が通り過ぎていく。
その時にこつんと蹴られた包みが雑踏の中に飛び込んでしまった。
「あ…」
彼女が呆然とした表情で包みが消えた方向を見て固まっている。
おっと、流石にこれを放って置くほど無粋ではない。
器用にも歩道の隅にまで飛ばされた包みを拾うと中に硬くて細いものが入っているようだ。
壊れていないか振ってみたところなんとなく危ない予感がする。
でもまあ、減ったわけじゃなし。
「あったよー」
すでに他の荷物をかき集めた少女に包みを手渡す。
俯き気味に感謝の言葉が返ってくるのをみながら、最近こんなシーンをどこかでみたなと思った。
なんだっけ、
「一目惚れなんて2秒あれば十分さ!!!キラーン!!!」
◇
「一目惚れなんて2秒あれば十分さ!」
一目惚れ?
誰が誰にだろう?
私が?
チャーリー・ブラウンに?
予想もしない言葉に"ありがとうございます"と出かかった声を飲み込んだ。
今日は今度エルメロイ教室のみんなで行うクリスマスパーティにプレゼント交換用のプレゼントが必要だと聞いて外に買い物に来ていた。
ハロッズやリバティーはもうクリスマス一色である。
こちらの神様に縁も所縁もないけれど、それでもなんだかうきうきしてしまう。
綺麗にディスプレイされた品々は手を伸ばさずにはいられないくらいだったので、ひとつで良い買い物なのについみんなの分のプレゼントを買ってしまった。
店員さんは日頃の感謝を込めてちょっとしたものを渡す人が多いって言っていたけれど、フラットくんやスヴィンくんは普通にいらないって言いそうだし、ライネスさんや先生にはどうやって渡したらいいかすらわからない。
ううん、グレイさんとカウレスくんは受けとってくれるはず…。たぶん、大丈夫…。
イヴェットさんにはとても似合いそうな髪留めを見つけてしまったので買ってしまったけど、身に付けるものって自分で選びたい人かもしれない。
…菱理さんにもFortnum&Masonの紅茶を買ってみた。師匠が好きだったから。
青子さんと菱理さんは全然似てはいないのだけれど………。
「うわあ!!ゾンビの心臓も止まりそうな完璧なシカト!!!」
漱石ちゃんクールビューティー!!!という声がすごい近くで聞こえたのでハッとして顔をあげた。
呼吸を共有してしまう距離、もう少しで鼻と鼻がくっついてしまいそうなところにフラットくんがいた。
ひゅっと吸い込んだ息を吐かずにとめる。
フラットくんのぱちりと大きな瞳の代わりに、煌びやかな包装紙に包まれた箱が差し出される。
せっかく美しい紙だったのに、蹴飛ばされたせいでよれて汚れてしまった。
「拾ってくださってありがとうございます」
目の前の友人にと買ったものだけれど、さすがに落としてしまったものはあげられない。
こんな人間みたいなことをしようとした事がもう許されない行為だったのだ。
受け取って紙袋の中に仕舞おうとしたのにぐっと引っ張られて動かなかった。
「それ大切なものだった?複製とかした方がいい??」
「ええと、」
言ってしまおうか。
貴方に渡したくて買ったのだと。
「あー!!!もしかしてプレゼント交換のやつだった??よし!もっとすごいやつにしてあげるよ!みんながあっと驚く様なドロドロでキラキラのやつ!!」
「あの、ちがっ、フラットくんにあげるやつです!差し上げます!要らなかったら捨ててください!!」
ぎゅうとフラットくんに押し付けて横をすり抜ける。
言い逃げするのは卑怯かもしれないけれど、もう罪は犯してしまったのだ。
「ねえ!!!」
「な、なんで追いかけてくるんですか?!」
「漱石ちゃんて足遅いね?強化の効率が悪いのは、ここと、ここが無駄だね。うんうん」
「(いまいう必要あるのだろうか)」
「石杖火鉈ちゃんみたいに最強ーに直してあげる!いっくよー!!!」
逃げるはずだったのに先を走るフラットくんに右手を掴まれて引きずられる様に走っている。
フラットくんは橋の真ん中まで走ってからくるりと回る。
手が繋がれたままなので私の身体もくるりと振り回される。
くるくると2回転してからバランスを崩した私は手を話した途端石畳の上にべしゃっと転んだ。
「痛い…」
一体何事なのだと彼を見上げると包みを持った右手とさっきまで繋いでいた左手を交互にみている。
3秒後、飛びついてきた彼に押し潰されることになる。
掴み取られた手は、何度でも重ねられる。