永遠になるためのひと手間🌻🍫
※幼馴染
※両片想い
「代表的なひまわりの花言葉は、『憧れ』『私はあなただけを見つめる』——だって」
まるで私の気持ちを代弁したかのようなその花言葉を目でなぞり、言の葉にのせる。花園の根元に添えられた幾つかの説明文を読み上げながら振り返った先には、天まで伸びそうな向日葵と変わらぬ背丈の幼馴染が、こちらを見下ろしていた。変わらないその涼しげな顔に、心の中で唸り声を上げながら大きすぎる碇を心の奥底に突き刺した。
痛いほどの日差しが照りつける炎天下の中、私たちは広大な土地にひしめき合うように咲いた向日葵畑を訪れていた。
大した理由はないが、なんとなく暇を感じた夏休み中盤。どこかへ出かけるべきか安寧の自室でぬくぬくと惰眠を貪るべきか悩んでいれば、隣県に住む幼馴染から突如連絡が舞い込んだ。夏は合宿に試合と何かにつけて忙しい幼馴染から連絡が来ることは珍しく、メッセージの通知に飛びつけば、『ひまわりを見に行かないか』と観光地らしきURLと共に場所が送られてきた。
何事か?と一瞬戸惑うものの、願ってもない一緒に出かけられる機会に心が湧き立つ。私が彼からの誘いを断るはずもなく、急いで支度をして家を出たのが数時間前のこと。
「はぁ…まぁ花言葉なんて誰かが勝手につけたまやかしにすぎないよね…」
「どうした」
「いや、なんでもない。それで?どうして向日葵なんて見に来ようと思ったのか聞いても?」
小さな呟きを風に運ばせ、家を出てから今までずっと考えていた疑問を投げ掛ければ、言葉を探すように間を開ける彼をじっと見上げた。
幼稚園が同じで些細な出来事から仲良くなった私たちは、暇さえあればテニスをしたり彼の家の猫と戯れてよく遊んでいた。今思えば一つ下の私が一生懸命に後ろをついてまわっていたのを相手にしてくれたのだろうとは思うが、中学へ上がる直前に父親の転勤がきっかけで隣の県に引っ越すまでそのやりとりは続いていた。
いつ、どのタイミングで彼のことを好きになったのかはもう覚えていない。それでも、一度離れてから想いは萎むどころかさらに花を咲かせてしまった。そして恵に飢えながらも心の悲鳴を理性という碇で抑え付け、気づけば十数年の時が経っていた。
「好き」のひとことさえ満足に伝えられない私は、臆病で不器用だ。私自身が一番わかっているし、そんな自分との折り合いはだいぶ昔についている。想いを伝えるだけならば簡単だが、万一この関係が終わるようなことがあれば私はきっと耐えられない。自分の中の何もかもが音を立てて崩れ落ちてしまいそうだった。それほどまでに、大輪の花が私の心に根を張ってしまっていた。
それに片思いも悪いことばかりではない。以前は会えない間、彼を想うほどに締め付けられる胸に涙を流していた時期もあったが、最近は幸せな気持ちにさえなれていた。
「写真を。向日葵を背景に撮ろうと考えていた」
「え?写真?」
一体どんな理由かと身構えていれば、スマホを取り出して彼はそう言った。
写真…向日葵の写真を撮るのに私を誘ったのだろうか。え、なぜ?
純粋な疑問がさらに浮かび上がるが、まぁこれも一種のデートだと思えばなんということはない。はい、といってスマホを渡すように手を伸ばす。一緒に撮りたいと疼く心を押し殺し、向日葵を背景に彼の写真を撮ろうとすれば「そうではない」と被りを振られる。
「恵那の写真を撮りに来た」
「……私の写真??」
「それ以外に撮るものなどない」
「んん?うん?え、なんで?私の写真なんか…」
予想外すぎる返答に、今度は全身で疑問を訴える。
どういうことだ…今までに彼のことがわからなくなったことは幾度と無くあったが、過去最高に訳がわからない。私の写真が欲しい?暑すぎてついに幻聴聞こえ出した?
「実は先日とある曲を歌うことになったのだが…想像以上に難航している。一緒に歌う予定の友人に相談したところ、大切な人を思い浮かべて歌うのがいい、と言われた」
「ちょ、ちょいまっ、え??なに??歌?!歌歌うのなんで?!」
もうなんだか訳がわからない。どうして急に歌を歌う話になっているのか。
話の筋が見えずにあたふたしていれば、彼が静かに口を開く。話を要約すると、最近巷で話題になっている夏のバレンタイン曲こと"ハッピーサマーバレンタイン"を合宿で一緒の人と歌うことになったという。その時点で限りなく意味が不明なのだが、指名されたからには歌い上げなければならないとのこと。
「わ、わかった…。疑問しか残ってないけど、とりあえず私は写真を撮られればいいわけ、だよね?」
「ああ、そうなる」
驚きと暑さで思考が上手くまとまらない中、とりあえず写真を撮らなければという謎の使命感だけが残る。入り口で渡された造花の向日葵を胸元で掲げながら、向日葵を背景に彼に向き直る。
「では、撮るぞ」そう言ってスマホのシャッターが何度か押されていく。
私、今、上手く笑えているのかな。
会話の無くなった空間。落ち着いてきた心に降ってきたのは、先ほどの『大切な人』という言葉。
ぐるぐると心の中を希望と絶望が混ざり合う。全身を照らす日差しが私を焼き尽くそうとしているんじゃないかと、勘違いするほど鼓動が痛くてうるさい。
『大切な人とはどんな意味を孕んでいるのか』そう聞きたかった。でも、言葉が喉につかえて出てこない。
そんなの、当たり前だった。この十数年言えなかった言葉を、言い逃げではなく疑問という形で口にするなんて、自ら退路を断っているも同然だ。到底言えるわけがない。逃げまわってきたツケが今になってまわってきたような。
とうとう彼を見ることができなくなった。俯いて何も言えなくなった私の右手が、不意に大きな手に掴まれる。つんのめった身体を支えられ、人混みと向日葵をかき分けながら進む彼の後ろ姿を、回らない思考で見つめた。
「どこまで行く…」
「先ほど。花言葉はまやかしだと言っていたが」
「ぇ、聞こえてた…?」
「そのまやかしに頼らなければ気持ちを表せない俺を、軽蔑するだろうか」
立ち止まった彼がとある向日葵の前で膝を落とす。私は、彼の放った言葉と目線の先に書かれた一言を視界に写し、思わず固まった。脳の処理が事象に全く追い付いていない。
そして彼の動きを目で追うことしかできない私は、太陽を背に立ち上がった彼の左手に、いつの間にか綺麗に包まれた向日葵の花束がおさまっていることに気がつく。
「いつか伝えねばと、ずっと考えていた。…だが、この想いを表すには、どの言葉も相応しくないような気がしていた」
真っ直ぐにこちらを射抜く視線から目を逸せない。喉の奥が張りついたように渇いて、自分の心を繕うための言葉さえ空気を震わすことができなかった。
ひとこと、私の名前を呼ぶ彼の声に全身の血液が沸き立つ。
「———」
続くように綴られた願いの調べに、どうしようもなく視界が滲んで、どうしようもないほどに胸が焦がれた。
『どうして』『いつから』という声にならない声が己の中で反芻するが、今までに見たことのない彼の晴れやかな笑顔に全ての音が削ぎ落とされていく。
手が、足が、全身が震えている。
「ああ、やっと言えたな」そう小さく零れた彼の想いと、凪いだ月のように優しく、澄んだ青空のように莞爾とした笑みに、私は震えを押さえ込むように力強く地面を蹴って一歩を踏み出した。
幾つ季節を超えたのか知れない。彼のことを好きでいられれば、それでよかった。大事なことさえ伝えられずに諦めたふりをしていれば、この傷がいつか自分を大人にさせてくれると背伸びをしていた。
だからこんな瞬間が訪れるなんて、私のまやかしで、ありえないことだと、本気で思っていたんだよ。
子供のように泣きじゃくりながら飛び込んだ大きな腕の中、向日葵の根元へともう一度視線を運ばせる。
『99本目の向日葵の花言葉は、「永遠の愛」』
言葉を諦めて背伸びをしていた私も、言葉を探して踏み出せなかった彼も、お互いにどこまでも不器用だった。そんな私たちをヒマワリと夏の太陽が見守っているかのように揺れる。
今なら、私にも伝えられるだろうか。
「——だいすき」
これは、私たちが永遠になるための最初のひと手間。