「っ…。お父さん、お母さん、姉ちゃっ……」
僕はずっと泣いていた。
どうして、こんな所にいるのか。
どうして…沢山、痛い思いをしなくてはいけないのか。
ごく普通の家庭の中に、いたはずなのに……。
「んーっ…! 真音今日もかわゆいよぉ!」
「音乃、真音が凄く引いてるから今すぐすりすりするのをやめろ」
「いいじゃなーいっ。正若くんのケーチ」
「うるさい」
「……お母さん、あたしは…?」
「ん? 勿論、依音もとびっきり可愛いわよーっ!」
「次から次へとお前は……」
警察官のお父さんと、獣医のお母さんと、3つ上の依音姉ちゃんの4人家族だった僕。
このときは毎日幸せに過ごせていたと思う。
「正若くんはこの子達が可愛くないのー?」
「そこまでは言ってない」
「じゃあ、もっと笑ってみせてよ」
「…出来るか、アホ」
「あーっ!! アホって言ったー!!!」
「子供よりも子供みたいな行動ばかりしてるからだ。いい加減にしろ」
「ブーッ!!」
「はぁ…依音、真音。あれがダメな大人の典型例だから」
「そうなの……?」
「ほへぇ…」
「ちょっとーっ!!?」
お父さんは無口な方だけど優しくて、お母さんは僕や姉ちゃん以上に子供っぽいけど、誰よりも僕達のことを思ってくれていた。
姉ちゃんも、沢山僕と遊んでくれた。
本当に、ごくありふれた家庭の日常を過ごしていたはずだった……のに、
「そんなっ、まだ真音はこんなにも幼いんですよ……!?」
「…それが、お前らのやり方という事か……」
「依音さんが熱を出されたという事なら、代わりに妹さんに来てもらうのが原理だと思いますが?」
「……お母、さん?」
「! …ごめん、真音っ……」
「……?」
何で、お母さんは泣いていたのかその時は分からなかったけど、それからしばらくしてやっと分かった。
僕は姉ちゃんの代わりに色んな痛みを受けた。
最初は何をするのか理解出来てなくて、やっていく内に自然と理解する事が出来た。
多分、僕は実験台なんだろう。
それは把握してるけど、何の実験をしてるかまでには辿り着かなかった。
いつになったら、帰る事が出来るの…。
苦痛がまだ終わらないこんな日々は、もう嫌だ−−−。
「も、う…。しに、たいっ……」
子供ながら、死を覚悟した。
痛い思いをし続けるくらいならいっそ死んだ方が楽だ。
そう思いながら、そのまま眠りに就こうと地面に横たわっていると……
「……あ、の」
「…?」
声を掛けられ一度起き上がったら…僕と同い年くらいの男の子がいた。
「泣いていた、の…?」
「……」
いつぶりだろう、誰かと話したのは。
だけど…話をしたい気分じゃないから、きゅっと口を強く閉じた。
もしかしたら泣きそうな顔をしているのかもしれない。
男の子の顔が、段々と不安そうになっている。
僕なんかと話しても、良い事はきっとないもん……。
このまま、これ以上話かけずに帰ってくれれば−−−。
「えっ…?」
何で、何で…。
僕の手を、握っているの……?
「なっ、泣いてもいいんだよ…!」
「…………」
正直、何を言っているんだと思った。
…でも、その言葉でずっと我慢してたのが溢れ出して……
「…〜っ、ふぇ……うわあああっ…!!」
泣き止むまで僕の側にずっといてくれた。
きっと、ずっと求めていたんだ。
誰かと一緒にいる事を……。
男の子といられたのは、あの時だけだった。
探したけど、どこにも姿が見当たらず…気が付けば家に帰る事が出来た。
あの子のおかげで希望が持てたのかもしれない。
それに、初めて知った感情もあった。
それをお母さんに話したら……
「それは、きっと"恋"だと思うな」
「"恋"……?」
恋、それは…相手を強く想う事。
そして、相手の全部が好きになる事。
僕はその子に"恋"をしたんだ……。
また、逢いたい……。
その気持ちは、この後に起こる悲劇の最中でも無くなる事はなかった。
それから数年経った時…その想いが、叶った。
「真音様、こちらの方々が真音様と同じ『黒鬼』シリーズの保持者である優一郎様・君月様・与一様です」
シノノンが紹介した僕の仲間になる人達の中に、あの子がいた。
名前は早乙女 与一って言うらしい。
とにかく、凄く嬉しかった。
また逢える事が出来た…。
その嬉しさから思わず抱き着いたけど……
「ずっと、会いたかった……」
「えっ、え……!?」
与一の方は、あの時の事を何も覚えてないみたいだった。
また逢えたらすぐに伝えたい言葉があったけど、全部心の中に押し込めた。
良いんだ。
それでも僕は、与一の事が好きだから。
「与一」
「ん……?」
「…好き」
「えっ、えっと…。ぼ、僕も好き……だよ」
「……うん」
与一と付き合ってからも、それはずっと変わらずにいる。
いつか、伝える日が来ると良いな。
「あの時、僕と一緒にいてくれてありがとう」って……。
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