「全く…。この前も違う場所に傷を作ったばかりだろ、馬鹿知人」

あちこちに擦り傷を作って帰って来た知人。
三葉は毎度毎度…と呆れているが、きちんと消毒と手当てを施す。

「いやーっ、今日の《ヨハネの四騎士》がすっげぇ硬くて硬くて! 鈴と綺里がいなかったら危うく右手が無くなりそうだった!」
「……」

鈴と綺里というのは知人と同じ隊にいる皆本 鈴花と春野 綺里の事だ。
恋愛感情を抱いていないと分かっていても、厚意で手当てをしている自分以外の女子の名前を出された事にムッとなり、つい手当てが終わった所を念入りに叩く。
すると、知人は「いってぇ…!?」と分かりやすい悲鳴を上げた。

「いてぇよ三葉! 今叩いたとこが1番痛むんだって…!!」
「知るか!」

三葉は「フンッ…!!」と思い切り顔を逸らす。

「何で怒ってんだよ〜?」
「自分の心に問い掛けてみろ!! 胸に手を当てて!」
「? こうか…?」

本当にやってみせた彼に、「やっぱりコイツは筋金入りのアホだ…」と改めて思った。

「ま、いいや。これサンキューな、三葉!」
「! こ、今回だけだから……」
「おう!」

三葉の言葉にニカッと笑いながら返事を返す知人。と、そんな時……

「あ……」
「まだ何かあるのか…?」
「いんや、ちょっとだけ思い出したんだよなー」
「何を?」
「8年前の事」
「8年前……?」

それは、まだ世界が滅びる数ヶ月前の事だった。





「なー三葉」
「…?」
「オレ、いしゃになりてーんだよなぁ……」
「……」

三葉は、その言葉を聞いたと同時に半目になる。

「なにバカなことを言っているんだ、おまえ?いや、すでにそうだった……」
「んなことねぇよ!! オレさんすーはとくいなんだぞ!?」
「算数だけだろ!! 他はまっっったくダメじゃないか特に呪術!!!」
「だってよー!! じゅじゅつめんどくせぇんだもんっ!! なんだよあの細かい字だらけの!! 覚えらんねえし!!!」

知人はブーブーッ!と口を尖らせながら文句を述べる。

「シノンを見習え!! 5才でぜんぶの呪術を会得したんだぞ!!」

そう話しながら、この前の呪術の試験で最速で合格を出したシノンの姿を思い浮かべる。

「いいんだよ! んなの覚えなくても!! どうせ才能ないの知ってるし!!!」
「なら、なんで医者になりたいなんてことを言いだしたのか説明しろ!!」

そう言った途端、一瞬で知人の顔に笑顔が無くなり……

「…典人にいちゃんたち、みんなケガして帰ってくることがふえてきたんだよ……」
「……!」

少しだけだが、事情は知っている。
知人の兄である五士 典人はここ最近一瀬家の人間と共に行動をしている。
何をやっているのかまでは分からないが、怪我をするという事はそれ程大変なものなのだろう。

「だからさ、いしゃになったらみんなのケガを治せるようになるかなって思って……」

真剣に話すその姿に、キュ…と胸が締め付けられた。
彼の言っている事は、本気そのものだ。

「…やっぱり、バカの考えることだな」
「だから! オレはしんけんに…「…応援くらいなら、するつもりだけど……」
「! 三葉……!」
「かっ、勘違いするな!! お前がきかん坊だからしかたなく見守るだけだし!」
「…そっか。でもサンキューな!」
「う、うん……」

知人の心からの笑顔を見たからなのか、三葉もちょっとだけ微笑んだ……。






「そんな事が、あったな…」
「お、三葉も思い出したのか。あれからちゃーんと医者の勉強してるんだぜ!」

「どうだ、偉いだろ…!」と踏ん反り返る知人。
だが、三葉は「当たり前だ」と冷静に返す。

「有言実行が出来てるのは褒めてやらなくはないけど、そんなに甘い世界ではないんだぞ?」
「わーてるって! 世界が平和になったら、もっと医者の勉強すっから!」
「世界が平和に、か……」

「一体、いつ頃になるのだろうか…」と思いながら天井を見ると、

「んで」
「……?」
「三葉がケガしたら、ぜってー今日の恩返しをするから!」
「えっ…?」

その一言に不意にときめきつつ、本当に叶う事を信じようと思ったのだった……。




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