「あっ、優様っ……!」
「ん、シノン?」

訓練場に向かっている途中でシノンに声をかけられ、振り返る優一郎。
しかし、ずっと走っていたのか彼女の息が少し上がっていた。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」
「あっあの、先程用事を終えてすぐに食堂に行こうとしたらっ…。先程三葉様とすれ違った際に、シノア姉様が優様のカレーに醤油を掛けたと聞いて……」
「あー、あれか…」

先程までの事を思い出しながら、はいはいと何度も首を上下に振る。

「本当に、ごめんなさいっ!」
「!? 何でお前が謝るんだよ!?」

深く頭を下げてきた彼女に思わず驚く。

「シノア姉様がご迷惑を掛けてばかりで、本当に申し訳ないです……」
「いやいや、気にすんなよ。アイツの無茶振りにはもう慣れてっし、何とか完食したし…な」

そう言いつつ、実は塩が沢山掛かったシノアのドリアも食べたと言ってしまったら余計に心配をさせてしまうな…と思っていると、

「あのっ……。これ、よろしければ…」
「? 何だそれ?」

水筒を目の前に差し出され、首を傾げた。

「温まっているミルクティーが入った水筒です。お口直しに、なればと……」
「いいのか?」
「もちろんです…!」
「……」

笑顔を見た瞬間、今日あった嫌な事が全て無になった気がした。

「そ、そっか……。その、ありがとうな。シノン。…ん? つか、おまえまさか…まだ昼メシ食べてないのか?」
「…食べました、よ……」

シノンの視線は、明らかに明後日の方向を向いていた。

「…嘘だな」
「うっ……。でっでも大丈夫ですよ! 小食な方ですから!」
「そういうわけにも行かないだろ? とりあえず食堂に戻るぞ?」
「本当に大丈夫で…わっ!? ゆっ、優様……!?」

突然手を繋がれたシノンはあわあわと狼狽える。

「腹が減ってはナンチャラだからな!」
「戦はできぬ、ですね…。でも、それだと優様は……」
「気にすんなって。俺も、シノンが淹れてくれたこれ飲みてーなって思ってたから」

先程渡された水筒を彼女に見せる。

「優様…。本当に、優様はお優しい方です」
「はっ!? べ、別にそんなんじゃねえし…」
「そんな事ないですよ。優様は、名前の通り優しい心を持っています」
「優しい、心……?」
「はい」

シノンは今日2度目の笑顔を見せる。

「えっと…。シノア姉様やグレン中佐から色々と聞かされる前に優様の名前を知った時、とても良いお名前だなって思いました」
「!! そ、そうなの…か?」

あまり名前を褒められた事が無いからか、妙に照れ臭く感じる。

「はい。名前からその人の性格が表れたりするんですよ」
「へぇ…。今まで一度も気にした事なかったなぁ……」
「私が気にし過ぎなのかもですね…。でも、今でも本当に優様のお名前は素敵だと思っています。だから、つい優様の名前ばかり呼んじゃっている事に最近気付いて……」
「あ、言われてみれば…」

これまでの事を回顧すると、確かによく名前を呼ばれていた。

「優様、その優しい心をずっと大切にしていてください。そして…これからも、沢山お名前を呼ぶ事を許してください」
「許すも何も…。じゃあ、俺も……」
「…?」
「シノンの名前、もっと呼んでも良いか?」
「……!」

問い掛けた瞬間、シノンの頬がまるで林檎のように紅く染まった。

「うあっ、あの…。私の名前、あまり良いものでは……」
「んな事ねぇと思うけど。何か呼びやすいっつーか、俺のよりも良い名前だと思うぞ?」
「〜っ…!! くっ、訓練場に行きましょう!! お昼ご飯は要りませんっ!!!」
「へっ!? って、シノン…!?」

優一郎以上に名前を褒められ慣れないシノンは食堂の方角からくるっと踵を返し、早歩きで訓練場へと向かうのだった……。




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