真音ちゃんと出逢ってから、数ヶ月になる。
それよりも長く一緒にいるような気がするのは、どうしてだろう。
あの出逢いからは、全く想像も付かなかったな……。





「"大将"、今来た」

シノア隊が初めて集結した日。
彼女は、僕らよりも少し遅れてやって来た。
これが初対面なはずなのに…ふと、心に違和感を感じた。
もしかしたら、どこかで会った事が…?って考えてみたけれど、上手く思い出す事が出来ない。

「まぁいい…ホラ、そこでポカンとしてる3人の野郎に自己紹介しろ」
「了解。僕は虎賀 真音。多分後は大将から聞いてるだろうから言わないでおく」

簡素に自己紹介をする真音ちゃんに、僕は少し不安を抱き始めていた。
今まで真音ちゃんみたいなタイプの女の子と出会った事が無かったからなのか、苦手なのかもしれないな…って思った。
けど、そんな僕の思いとは裏腹に…彼女は、突然抱き付いてきた。

「ずっと、会いたかった……」
「えっ、え……!?」

あの時は本当に驚いたなぁ。
というより、ずっと混乱していたんだっけ。
女の子から抱きしめられたのは初めてだから、どうすれば良いのか分からなかった。

「……覚えて、ない?」
「え、っと……」
「……」

問い掛けられてから少しして、真音ちゃんはゆっくりと僕から離れていった。
その時の真音ちゃんの表情は、よく覚えている。
…悲しそうな眼差しをしていた。
それと同時に、どうしてあの質問をしたのかな…?って考えてみた。
だけど、時間が限られていたからほんの少ししか出来なかった。
それから色々な事が起きて、翌日に備えて監視哨で一夜を過ごす事になったんだけど…この時も、真音ちゃんと話す機会があった。

「あの、真音ちゃん…」
「何、与一?」
「えっと…部屋に、戻らないの?」
「うん」
「即答!?」

僕の隣にずっといる真音ちゃんに遠回しに部屋に戻るよう言ったけれど、上手く伝わらなかった。

「でも、明日は早いんだよ?」
「知ってる。でも、眠れないから」
「え…?」

眠れないって、どういう意味だろう?

「…ごめん。やっぱり戻る」
「! あっ、あの!」
「ん、…どうしたの?」
「あっ……」

何だか放っておけなくなって、つい彼女の手首を掴んでしまったのに…何を言えばいいのか迷ってしまった。
今朝と同じような眼差しだったから、なのかな……。

「そっ、の。朝、覚えている?って聞いたよね…?」
「……」

真音ちゃんは何も答えてくれないまま俯いた。

「…あれは、ただの独り言」
「独り言……?」

本当に、独り言なのだろうか……?

「手、離して…」
「あ! ごめんっ!?」
「ん、大丈夫」

真音ちゃんって、凄いな。
優くんや君月くんやグレン中佐は無愛想とか仏頂面とか言っているけど、それだけ戦場に慣れているって証拠なんだと思う。

「…強いね」
「え…?」
「あっ、いや! あの…。どんな事があっても動揺しないなんて凄いなぁ、なんて……」
「…そうでも、ない」
「真音ちゃん……?」
「僕だって、悩む時はあるよ。それを誰にも見せないだけ」
「…!!」

誰にも、見せない……。

「ごめんね、変な誤解をしちゃって……」
「ううん、よく言われてるから…」

あの後、僕たちは何も話さず「おやすみ」と言ってから部屋に戻った。
そして、それから一晩中…彼女の事を思っていた。
彼女に何が出来るのだろうか。
彼女の笑顔を、どうやったら見れるのだろうか……。
そんな事を思い悩んでいる最中に、攻防の渦中となっていた新宿で…僕は、初めて真音ちゃんの心の中が見えた気がした。

「真音ちゃん、無事だったんだね……」
「よいっ、ち……。僕、ぼくっ…!」

彼女のお姉さん、依音さんは…吸血鬼として生きていた。
真音ちゃんは、きっと葛藤しているんだ。
お姉さんが生きていてくれて嬉しい気持ちと、一緒にいられる事が出来ない哀しみと。
その証拠に、腕の中にいる彼女の体は酷く震えていた。
同時に、こんな想いが強く芽生えた。
「彼女を、守りたい。強く支えられるようになりたい」って……。
その想いは日に日に大きくなり、少し経ってからようやく…その気持ちを伝える事が出来た。

「……真音ちゃんの事が、その…好き、だよ…」
「…………」
「えっ! 真音ちゃん……!?」

何も話してくれない彼女に要らない心配をしてしまい、つい肩を揺すぶっちゃったけど、

「うん、こちらこそ……よろしく」

見たかった笑顔は、想像していたよりもずっと可愛かった。
これをきっかけにゆっくりとお互いを知っていき、想い合うようになった。
…けれど、ある出来事によって危うかった事がある。
名古屋に向かう前、海老名サービスエリアでの事。
うっかりつまづいてしまって…事故とはいえ、真音ちゃんと初めてのキスをしてしまった。

「……赤ちゃん、出来ちゃうのかなっ…」
「…えぇっ!?」

こんな形でしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいいっぱいになって、謝ろうとしたけれど…誰かが間違えて教えたのか、赤ちゃんが出来てしまうと勘違いした真音ちゃんは顔を強張らせ、触れようとした手を払い退けた。
そして、そのすぐ後に距離を置かれてしまった。
こんな事が今まで無かったからか、もうダメかもしれないと弱気になってしまった。
だけど、それでも…真音ちゃんの事を嫌いになんてならなかった。
ちゃんと真実を話してから、彼女の気持ちを改めて聞こう。
そう心に決めてからルカルとの戦いに臨んだ。
一体どうなっちゃうのかなと不安になる程、緊迫とした状態が続いたんだけど、地上で頑張ってくれていた優くんたちのおかげで無事に勝つ事が出来た。
それだけじゃなくて、真音ちゃんとも……。

「っ…。ごめ、んね……。与一…」
「え? …あっ」

色々な事が頭に巡ってきたけど、何よりも1番に浮かんだのは…もう真音ちゃんを困らせたくない、泣かせたくない。
その想いだけだった。
ようやく分かったんだ。
真音ちゃんは強いようで、本当は誰にも見せない繊細な心を持っているんだ。
あの激動の決戦をくぐり抜けられたのも、真音ちゃんへの想いが強くあったからこそかもしれない。





「与一、見廻り行こう?」
「うん、分かった」

今、僕たち小さな漁村にいる。
まるで、今までの戦いが嘘みたいに錯覚する程のどかな空気が流れている。
そのおかげか、皆の表情が名古屋にいる時よりも穏やかに見える。
それは、真音ちゃんもだ。

「? 何かあるの、与一?」
「ううん、何でもないよ」
「ふーん…?」

今みたいに首を傾げている姿を見れる事が出来て、本当に良かった。

「真音ちゃん、今日は海辺にしようか?」
「ん、大丈夫」

ふと潮風を感じたくなり、真音ちゃんの了承を得てから向かう。

「…真音ちゃん」
「……?」
「僕を好きになってくれて、本当にありがとう」
「! …急に、どうしたの?」
「な、何となく言いたくなったというか…。真音ちゃんの顔を見たら、出会った頃を思い出して」
「…僕も思い出してた。与一と出会った時の事」
「え? …凄いね、同じタイミングで同じ事を思い出すなんて」
「うん、凄い」

最初はカッコいいと思っていた彼女は…今や、仕草や表情の一つ一つが可愛くて仕方がない。
こういうのを、惚気っていうんだっけ。

「今日の与一、表情がいっぱい変わってる」
「えっ!? そうなの…!?」
「ん、面白い」
「面白いって……」
「と、いうのは冗談。凄く、楽しい」
「! 真音ちゃん…」

この先も何も起こらないとは限らない。
でも、これだけはずっと心に持ち続ける。
何があっても、真音ちゃんを守り抜くって……。




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