「オーイ、シノンーッ!」
「あ、知人君! 今、手が空いていないからちょっと待ってて…!」

数メートル先にいる知人に呼び掛けられたシノンだが、畑の水やりで忙しく待っていて欲しいと返す。

「んじゃー、今からそっち行くなーっ!」
「えっと、ありがとう!」
「気にすんなーっ!」

知人はそのまま駆け込み、畑の中に入ったと同時にサッカーのドリブルのように野菜が生えている所を避ける。

「知人君、どうかしたの?」
「いやぁ…。すっげぇ聞きたい事があってな」
「聞きたい事……?」

珍しく困惑している表情に、何かあったのだろうか…? と首を傾げる。

「三葉がなぁ、最近また元気がねぇんだよ」
「え、三葉ちゃんが…!? 昨日話した時はそんな様子は見られなかったけど……」
「そーなのか? んー、昨日の朝は何かそんな感じに見えたんだけどな?」
「どうしたのかな、三葉ちゃん………」

話を聞いている内に段々と三葉を心配し、唸りながら頭を悩ます。
その頃、三葉は見廻りを終え村に戻って来ていた……。





「また、か……」

帰って来てすぐに自分の彼氏と幼馴染が畑で談話をしているのが見え、はぁ…と深いため息を吐く。

彼らとは幼少期からの長い付き合いで、そういう関係ではないとは分かっているがどうも気になってしまう。
実は、それがここ数日の悩みの種であったのだ。

「本当に仲が良いな、あの2人は……」

あの時からそうだった。
世界が崩壊する前の数ヶ月間、何回か2人が何処かに向かって行くのを視認していた。
しかし、毎回の如く「どこに行ってたんだ?」と問い掛けてみても、知人は笑って誤魔化し、シノンは申し訳無さそうに目を逸らす。
つまり、答えは曖昧なままだった。

きっかけに心当たりが無いわけではない。
とある日、知人が無断で学校を抜け出し、それをいち早く察したシノンも彼を呼び止める為に呪術を使って同じく抜け出した。
あの時は帰りの会までには帰って来ていたが、特に知人が先生達に酷く叱られていた。
それ以降、反省したのか知人はまともに授業を受けるようになった。
だが、必ず下校時間になるとシノンのクラスへ行っていた。
9年経った今でもその理由が分からない。

「本当に、知人はあたしの事が……」

吐き出さないでいようと思ったがどうしても不安が勝り、畑を見遣りながらふと溢した。その時、

「…ねぇ、さっきから何で独り言ばかり言っているの」
「!?」

同じ見廻り当番であったミカエラに声を掛けられ、目を大きく開かせる。
何せ、これまで彼とはそんなに会話を交わした事が無い。
大体シノンか優一郎を通して話しているから、これが初めての会話になるのかもしれない。

「いや、あの………」
「…あの2人と、どういう関係なの?」
「へっ…?」

あの2人、恐らく知人とシノンの事なのだと理解した。

「……物心がついた時からの幼馴染で。シノンの方が1年早く出会ったくらい…かな」

慎重に言葉を選びつつ話すと、彼は畑の方に顔を向けたまま「そうなんだ」と言う。

「…気にし過ぎなんじゃないの」
「……!」
「シノンちゃんも彼も、少なくともお互いにそういう感情を持っていないし。寧ろ、兄妹のような感覚でいると思うよ」
「兄妹…」

疑心を抱くが、思い返してみると目の前の彼はシノンにとって長年想い続けてきた大切な人だ。
それに、言われてみれば…。
まだ会話を続けている2人は、そういう解釈が出来る行動をしている。

「名古屋で、彼に言われた事があるんだ」
「知人が…?」
「彼に食い止められていた時、何故か僕の事を知っていた。多分シノンちゃんから話を聞いていたのだろうね。その時に「アイツの兄貴分として頼む、アイツを自由にしてやってくれ」って言われたんだ…」
「自由、に……?」

その一言に目を丸くさせ、繰り返すように呟く。

「今でもそれを言った理由を詳しく聞かせてくれないけど。彼はきっと…僕よりも、シノンちゃんがその身に抱えているものを理解しているのだと思う」
「…分かる気がする。アイツは昔からそうだった」

空気は読めないし、常にアホまっしぐらで落ち着きが無くて…。
でも、誰よりも関わっている人の抱えている何かを察しては、その人の為になろうと勝手に行動を起こす。
そういう奴だ、と三葉は目を細めながら知人の短所や長所を語る。
それを聞いたミカエラは表情は変えぬまま、しかし、ほんの少しだけ口角を上げる。
彼は、こんなにも想ってくれる人を困らせているのだな…と思いながら。
すると、噂の彼がこちらに気付いた。

「んお! 三葉ー! ミカー! おっかえりー! あ、ミカ! 丁度良い所に!」
「うるさいよ。何が丁度なの」
「シノンがさー! ミカの「やめて!! 知人君っ!!」
「むぐぉっ!?」
「「……」」

シノンが慌てて知人の口を塞いだ瞬間、ミカエラと三葉は同じ事を考えた。
「アイツ、また空気を読まない事を言おうとしたな…」と。

「え、えと! 2人共、お帰りなさい!」
「うん、ただいま。シノンちゃん」
「…!」

ミカエラの表情の変化やシノンの笑みで、改めて彼らは想い合っているのだと感じた。
自分は、誤解し過ぎたのかもしれない。
三葉も知人に向けて言う。

「……知人!」
「んお…?」
「…あ、あの。た…だいま」
「! おう、お帰り三葉!」
「あ…。うん、ただいま」

たった一言を伝え、暖かい笑顔で迎えてくれた嬉しさを胸に、三葉は優しげな笑顔を浮かばせながら知人の元へ歩き出す……。




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