−−しのぶれど 色に出でにけり 我が恋(こひ)は ものや思ふと 人の問ふまで……。

心に秘めていた感情が表情として出てしまい、かの人への恋慕は人に知れ渡る程のものとなってしまった。
遠い昔に詠われたその一句は、まるで私のそれと重なって思える。

優君への想いが恋慕だと気付いたのはいつからだろう。
それまでは"家族"として接していたのはハッキリと覚えている。
だからこそなのか、そこから変わった瞬間が今でも思い出せない……。

皆からそう指摘されたから?
それとも自らの意思で?
その答えは返ってこない。

確かに分かるのは、あの人を見る度に鼓動が苦しく感じるくらい速くなる事だった。
今までもそうだった。

優君の笑顔を見たり、声を聴いたり、頭を撫でられた時はまるで甘くて、切なくて、そんな感覚が駆け巡っていた。

優君にはまだ知られていないのかな?
…ううん、もし知られていたら真っ先に聞きに来ると思う。
あの人はそういう人だから。

「…どうして、そう言えるんだろ?」

初めて逢った時、妙に心がざわついていた。
初めてのはずなのに、何処かで逢った気がする。
桜草を貰った時よりも、ずっと前に……。

「シノン?」
「…ふぇっ!?」

噂をすれば、とはこの事なのか。
優君にずっと話し掛けられていたのに全く気付かず、優君の顔を見たと同時に変な声を出してしまった。

「ごごごっ、ごめんね優君!! どうしたの…!?」
「いや、とりあえず落ち着けよ」
「そう、だね………」

お、思わず動揺しちゃってた……。
改めて優君の話を聞こうと落ち着く為の深呼吸をして、ようやく普通に戻った。

「あの、何かあったの…?」
「まぁ…」
「……?」

もしかして、ここでは話しづらい事情があるのかな……?

「あー、どっか別の場所に行かねえか?」
「うん、良いよ…?」

本当にそうだったらしく、優君の後ろについて行く形で漁村を出た。
向かった先は…海だった。





「寒くねぇか?」
「大丈夫だよ。今日は少しだけ暖かいから」
「そっか」

この会話の後、海を見つめながらお互いに沈黙する。
でも、そんなに居心地が悪いわけではない。
鼓動がいつもよりも早くなるけど、出逢ってからずっと近くにいたからか誰よりも隣にいてくれると安心する。

名古屋に行くまでは兄のように慕っているのだと思っていた。
違うとハッキリ分かったのは、あの冷たい世界で優君が呼び掛けてくれた時だった。
少しずつ凍り付いていたこの心を、その優しさと強さで溶かしてくれた。
眩しくて、温かくて、そして誰よりも仲間を大切に思っている優君に…"恋心"を抱いた。

「シノン」
「…?」

先にこの心地良い沈黙を破ったのは優君だった。

「あー、そのだな…。うん、やっぱ何でもねぇ」
「な、何でもないんだ……。せめて、ここに来た理由だけは教えて欲しいな…」
「ん? 何となくっつーか…。本当はおまえに伝えたい事があったんだけど、やっぱ上手くまとまらなかったんだよな……」
「伝えたい、事?」

いつも堂々と素直な気持ちを伝えている優君でも、言葉が見つからない程の思いがあるんだ……。

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。いつでも待っているから」
「おぉ…。ありがとな、シノン」
「どういたしまして」

どんな思いがあるのかは知りたい。
でも、ちゃんと言える時が来たらで良い。
まだどんな言葉でも受け止められるような心の準備が出来ていないから。

「そうだなぁ……。じゃあ、帰るか」
「うん」

今度は優君の隣に立ち、海を半周する形で漁村へ戻る。
改めて海を見ると、赤く染まり上がっているのに何も変わらないように波が穏やかだ。

「……」

少しだけ…と優君の横顔を一瞥する。
何回くらい、こうやって隣で見てきたのかな。

「…あの。優君」
「ん? どうした?」

そっと呼び掛けてみると聞き取ってくれたらしく、私の方を向いてくれた。
…今なら、気持ちが伝わってしまっても良いと思った。

「えっと……。手、繋ぎたいな…って」
「手? 別に良いけど…?」

そう言った優君は「ホラ」と左手を差し伸べ、私は右手を伸ばす。
伸ばしきったタイミングでその大きな手に包まれた。
やっぱり優君の手は温かくて…とても優しい。

「そんなに寒かったのか?」
「…そうなる、かな」

そんな風に聞かれると、つい裏腹な返事を返してしまう。
まだ知られたくない。
知られるのが怖い。
そんな臆病な性格が前面に出る。
優君みたいに素直な気持ちを言えたら、どれだけ良かったのだろう……。

「ーーしのぶれど、か………」

この気持ちを伝えるのがずっと先にならないよう、肩が触れそうな距離まで近付いた……。




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