優しい人だから
「うーん…」
とあることを思い浮かび、ずっと思考を巡らせている柘榴。
それは、郁への呼び方についてだ。
彼は、涙を主に時々プロセラメンバーに"いっくん"というあだ名で呼ばれている。
なので、そろそろ自分も皆と同じようにそう呼びたいのだが…
「"郁くん"から急に変えちゃったら…。困っちゃう、かな」
そう思うと、より頭を悩ませる。
彼と出会い、仲良くなってから2年近く経っている。
それに、誰もがこう問い掛けてくるのだ。
『そろそろ"いっくん"呼びしても良いんじゃないか?』と。
「呼びたい、という思いはあるけど……」
生来の優柔不断がここで発揮されてしまう。
「…相談、してみようかな」
キリがないと判断し、ある人物の所へ訪ねる。
その人物とは……。
「…いっくんをいっくんって呼ぶようになったきっかけ?」
「うん、出来れば聞いてみたいな…って」
涙は小学校からの幼馴染である柘榴の問い掛けに少し首を傾け、
「どうして、それを聞きたいの?」
「えっ、あの……」
逆に問い返された柘榴は、返答に迷う。
「えっと、涙くんはわたしよりも先に郁くんと出会っているし、とても仲が良いし…。誰よりも郁くんをそう呼んでいる涙くんに聞いた方が良いかも、と思って……」
「…多分、大丈夫だと思う」
「え……?」
涙の言葉に目を丸くさせる。
「いっくんは、僕が突然そう呼んだときも普通にしてくれてたから。くろちゃんにだって、普通に受け止めてくれるよ」
「涙くん…」
涙がそう言うのなら、本当なのだろう。
そう確信した柘榴は彼に微笑み掛け、
「ありがとう涙くん。頑張って、みるね」
「うん、頑張って。くろちゃん」
「うん…!」
この数日後、丁度郁と雑誌の撮影をする機会があり……。
「柘榴、お疲れ様」
「あ、郁くん…!」
休憩時間になり、椅子に座り一息ついていた柘榴。
そのとき、郁に声をかけられた。
「郁くんも、お疲れ様」
「ありがとう。良かったらこれいる?」
そう訊いた郁は右手に持っていたジュース缶を見せる。
「え、良いの…?」
「もちろん。俺の分ももうあるから」
「えっと、ありがとう……」
申し訳ない気持ちになりつつ、缶を受け取った。
「あの、ジュース代…」
「気にしなくていいよ。俺の奢りってことで!」
「わわっ…。あ、ありがとうっ……!」
柘榴のお礼に、郁は笑顔で「どういたしまして」と答えた。
「(郁くんって…。本当に頼り甲斐があって、優しくて、凄いな……)」
改めて彼の男前な一面を実感すると、ふと先日の涙との会話を思い出した。
「(あっ、そうだった…。でっでも、今のタイミングだと……)」
言う準備は出来ているのだが後はタイミング次第な為、やっぱり…と迷う。そのとき
「柘榴?」
「ひゃっ…!? ど、どうしたの! "いっくん"!!」
「…え?」
「あっ…!?」
咄嗟に呼んでしまったことに気付き、段々と頬を紅潮させる。
「……」
「あのっ、えと…!」
郁の表情から、「もしかしたら引かれてしまったのでは…」と困却していたら、
「あー、……"くろ"」
「…っ!?」
唐突に自分のあだ名を呼ばれ、今度は耳まで真っ赤にさせる。
「とりあえず、落ち着こう?」
「う、うんっ……」
これ以上心配を掛けさせぬよう、柘榴は貰ったジュースを二口飲んだ。
「あの、ごめんね。やっと落ち着きました…」
「それなら良かった」
「……」
涙の言っていた通りだ。
本当に何事もないように普通に接してくれた。
まさかのあだ名呼び返しには驚いたが、何だか嬉しく思えた。
「い、いっくん…」
「? どうした?」
「…今日だけ、こう呼んでて良いかな?」
「え? 別に、今日だけじゃなくても全然構わないけど…」
「いつもの呼び方で慣れちゃってるから、まだ慣れなかったみたい……」
柘榴は困ったように微笑む。
「そっか、じゃあ俺も今日はそのままくろって呼ぼうかな」
「いっくんにそう呼ばれるの、何か不思議な感じがする……」
「新さんにはそう呼ばれてるのに?」
「あうっ、いっくん意地悪だね…」
「意地悪とは失礼な。くろがいつも以上に歩み寄ってくれたから、俺もそれに応えたいって思っただけだよ」
「!いっくん……」
ふいに言われたその言葉に、柘榴はまた頬を赤らめる。
「…待ってて、くれる?」
「ん…?」
「いつかちゃんと、そう呼べるようになるね」
「おっ、いつでも待ってるよ!」
「うん、ありがとういっくん…!」
その後も、寮に戻るまでずっとあだ名で呼び合う2人であった……。