狭間のショウジョ






〜神戸・三宮〜






「……」

少女は深き緑の瞳で空を見上げる。
ふわ…と少し冷たい風が吹き、濃紺の髪を揺らす。

「…そろそろ、終わった頃かしら」

呟いた後、少女はある場所へと向かう。
その場所は……。





「聞きなさい。この地は吸血鬼が守り支配する事になります。みなさんの安全を保障するかわりに、我々はみなさんに血液の提供をお願いすることに…」

少女にとって先輩に当たる吸血鬼、レーネ・シムが人間達に告げる。

彼らは先程まで"ヨハネの四騎士"と呼ばれる化け物に追われていたが、後輩に当たる吸血鬼−−百夜 ミカエラにより救われた。
レーネは遠回しに言っているが、直接的な意味に置き換えるとこれからは"家畜"として自分達に血をよこせ、ということになる。

「相っ変わらず、言葉の響きが良くても嫌な感じね……」

レーネの言葉に反吐が出そうだと苦虫を噛んだような表情を浮かべている。と、

「おっ、依音。おまえどこ行ってたんだよ?」
「ラクス。別に、どこへ行こうとアタシの勝手よ」
「可愛くねぇ奴」
「最っ高の褒め言葉をどうもありがとう」

ラクスと呼んだ吸血鬼に声をかけられた少女−−虎賀 依音は彼の方を一度も見ないまま答える。

「本当に可愛くねぇなお前…。ベッドにいる時は「フンッ!!!」
「〜っ!? ってぇ…!!」

依音の回し蹴りがラクスの脛にヒットし、彼は反射的にしゃがみ込んだ。

「それ以上言ったら…。骨折させるわよ」
「…はいはい分かったよ。お姫様」
「っ……!? ば、馬鹿…」

"お姫様"という単語を聞いた瞬間、 彼女は恥ずかしさから徐々に頬を紅潮させる。

「何? そんなに言って欲しいのかぁ?」
「ちっ違うわよ! 本っ当、からかうのも大概にしなさいよっ…!!」

そう言いながらそっぽを向く依音。
このやり取りで既に分かるだろうが、2人は付き合っている。

そうなったのはつい最近の事なのだが…あまり、付き合う前と状況は変わってはいない。

「はいはい、分かりました〜」
「…ハァ、ミカエラはどこ?」
「ミカ? あっちにいるけど?」
「ありがと」

一言礼を言った後、ラクスが指を差した方に早歩きで向かう。

「……」
「ラクス、どうかしたのか」
「…いつになったら、アイツは俺に脛蹴りしなくなるんだろうなぁ〜」
「……。夫婦喧嘩なら他所でしろ」

レーネのツッコミにラクスは「へいへい」と流す。
一方、ミカエラの元に着いた依音は……





「ハァ、ハァッ…」
「…ミカエラ」
「! ……君か」
「先輩に対して君って凄く失礼なんですけれど」

声を掛けられ咄嗟に剣を構えたが、依音だと分かりため息をつくミカエラ。
依音はそんな彼の態度にムッと眉を吊り上げる。

「言われた通り、"ヨハネの四騎士"をさっさと倒した」
「ええ、人間達の様子からして分かったわ。ご苦労様」
「…あの化け物が弱かっただけだ」

ミカエラは目線を逸らす。

「ったく、何でアンタの教育係になったのか……。…さっき、血を欲していたわよね?」
「っ、……違う」
「違わない」
「違う!! 僕は、くっ…」
「どうして吸おうと思わなかったの?」

依音の問い掛けに対し、無言を貫き通す。

「…そりゃあ、そうよね。人間の血を吸ってしまえば完全なる吸血鬼になってしまう。それが怖いのよね」
「君は、何を知っているんだ…?」
「何を…アタシだって、元人間だからよ。アンタと同じで、貴族から血を貰っている。それで、何とか生き永らえている……」

依音は自分が吸血鬼になった日を思い出す。

8年前、世界崩壊後に最愛の妹と生き別れ家畜として吸血鬼の都市に攫われたが、与えられた物を全て拒み更に血を提供し続けた結果衰弱した。
もうダメだ、死んでしまうのかもしれない……。
そう諦めかけていた時、ある少女に声を掛けられた。
第八位始祖エリザ・リッテ。
依音を吸血鬼にした張本人である。

「エリザは不思議な子なのよ。吸血鬼のくせにアタシの事を何かと気に掛けて、意外と常識力もあって、子供っぽくて……。そんなエリザだからなのかしら、思ってしまうのよ。"アタシが、守らなくちゃ"って」
「……」
「アンタがどういう事情で吸血鬼になったかは聞かない。けどね…いつか来るのよ。覚悟を決めなければいけない、その時が…」

依音の言葉を聞き終えたミカエラは蒼い瞳を少し揺らし、無言でその場を去る。

「……ちゃんと、伝わったかしらね。アタシが、何を言いたいのか…」

依音はもう一度空を見上げた。

「真音。貴女は…今、どこにいるの?」

答えが例え来なくても、彼女は何度でも問い掛ける。
何年経っても変わらず愛する妹に……。
その頃、依音の元から去ったミカエラは……





「っ、分かってる。悪足掻きだって事くらい……」

壁に腕をつき、そのまましゃがむ。
血を欲する衝動が再び始まり、落ち着くまでこうすることでしか手立てがない。

「…優ちゃん。……シノン、ちゃんっ…………」

大切だった家族の名前と、ふと思い出した初恋の少女の名前を愛おしげに呟いた……。

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