姉妹のシアワセ
「…逃げなきゃ…。人間から…吸血鬼から……」
「ミカ様…」
「姉ちゃん、もう少し頑張って…」
「っ……」
シノア達の所から離れ、向かう宛なく走り続けるシノン達。
そのとき、ミカエラは苦しそうな表情を見せながら膝をついた。
「ミカ様っ!?」
「はぁ、はぁ…っ。大丈、夫……だよ」
「無理も、無いわ…よ。アタシたち、人間に斬られ過ぎた……から」
「「…っ」」
シノンと真音は顔をしかめる。
「シノンちゃん…。君のせいじゃ、な……ぐっ!」
「!?」
今にも倒れそうな彼の肩を支えると、「あり、がとう…」と再び頭を撫でられた。
「ゆ…優ちゃん…もう起きてよ……。生きてるうちに……どうしても教えなきゃいけないことが…あるんだ……」
「……」
ミカエラの言葉に不安が募る。
このままだと、彼は……。
そう思うと胸が苦しくなる。
斬られ過ぎた、ということは血が足りないのだ。
出来るなら自分の血を彼にあげたい。
しかし、自分の血には"呪い"が施されている。
「わた、しっ……」
何も出来ない歯痒さからか、突然涙が零れた。
「っあ…。止まら、ないっ……」
どんなに拭っても、溢れるように零れる。
「……姉ちゃん」
「な、にっ…?」
シノンと同じ考えに辿り着いた真音も依音に問おうとしたのだが、顔を見た途端に答えが分かってしまった。
「…ううん、何でもない」
「そっ、か……」
これ以上は顔を合わせづらく、視線を逸らすと廃墟となっているスーパーが見えた。
「皆、あそこに行こう」
「スーパー、ですか……?」
「ん。2人共怪我してるし、優二もまだ眠ってる…。休まなくちゃ、って」
「君に指図される筋合いは…「何て言われてもいい。だけど…シノノン、ずっと心配してる」
「! 真音様……」
シノンの名前を出されたからかミカエラは眉を寄せながらため息をつき、
「…分かった」
「ん。後は、ここから二手に分かれよう」
「二手に…? どういうこと、真音……?」
「ミカ坊、優二と話したそうな顔してるから。2人きりにさせた方が良いかなって思った」
「……」
何やら不服そうな表情を浮かべながら真音を見る。
「何?」
「人の名前を、勝手にそんな変な呼び方で呼ばないでくれる?」
「ミカ坊は、ミカ坊。シノノンの大切な人で、僕らの"家族"。姉ちゃんも、僕の大切な"家族"」
「真音……」
納得行かないが、これ以上言っても仕方ないと諦めた。
「シノノンは、僕たちと一緒」
「はっはい。分かりました…」
とりあえずシノン達はスーパーの中に入り、すぐ二手に分かれた。
「ここで良いかな」
「………」
「大丈夫。優二はその内起きるし、ミカ坊が説明してくれるはず」
「そう、ですね……」
シノンは眉を下げながら笑む。
「ん。……シノノン」
「はい…?」
「ちょっと、下がってて」
「えっ、あの……」
問い掛ける前に真音が肩を掴んできた。
「何とか、なるから」
「…!」
周りを見渡すと彼女が何を伝えようとしたのか察し、こくんっと頷いてから言われた通りに離れる。
「…ごめんね、姉ちゃん。もう大丈夫だよ」
「っ、はぁ…。血が、ぐっ!! 嫌よ! 家族の血を吸うなんてっ……!! うぁああっ!!!」
自分の体を力強く抱えながら葛藤する依音。
真音はとっくに気付いていたのだ。
彼女が、吸血衝動に耐え切れなくなり始めているのを。
「姉ちゃん、僕の血を吸えば…。その傷、治るんだよね?」
「嫌っ!! 貴女の血を吸ってしまうなんて…。それに、そんなことしたらっ……」
「…いい加減にして」
限界を達したのか、真音の声色が若干低くなった。
「真音っ…」
「姉ちゃん、昔から我慢し過ぎ。お父さんやお母さんに何か欲しい物ある? って聞かれても、いつも僕の方を優先してた。自分は何も要らない、真音が喜ぶ物をいっぱいあげてって。本当は欲しい物いっぱいあったの、知ってる。ずっと見てたもん」
そう話しながら当時を思い出す。
世界が崩壊する前、まだ家族全員生きていた頃。
依音の後ろに引っ付いてばかりだった真音は彼女が自分の為に欲しい物やして欲しいことを我慢していたのを見てきた。
その度に、どうして我慢するのだろう?
どうしていつも優先してくれるのだろう…? と考えていた。
「僕が幸せならそれで良いなんて思ってるだろうけど、僕が本当に幸せだと思うこと…知ってるの?」
依音は視線を落とす。
「僕が本当に幸せだと思うこと、それは……。姉ちゃんと、与一と、シノノンたちと、師匠たちと…いつまでも笑い合えること。一人でも欠けてしまったら、絶対に叶わない。姉ちゃんが本当の吸血鬼になっちゃったとしても……。姉ちゃんは、ただ一人の姉ちゃんだから」
「っ…!!」
真音の思いを聞き終えた瞬間に感極まり、声を殺しながら涙を流す。
その言葉一つで、これまでのこと全てがようやく意味を成した気がした。
「真音様、依音様……」
シノンの瞳も彼女達の思いに感受するように潤む。
「真音っ、ごめん…ねっ。お姉ちゃん、弱くなっちゃったねっ……」
「うん、僕もそう思う。姉ちゃん、昔よりも泣き虫になった。だから、今度は僕が姉ちゃんを守る番」
そう言うとクナイの《蜻蛉》を手に取り、袖を捲った後ほんの少し腕を斬る。
すると、少量の血が床に滴る。
「飲んで、姉ちゃん。もう、我慢しなくていいよ」
スッとその腕を前に出すと、依音はまだ迷っているのか一歩引いていく。
しかし、真音も一歩前に出る。
「姉ちゃんは、他の吸血鬼とは違う。泣き虫で怒りんぼで、…僕を、大好きでいてくれる。僕も、そんな姉ちゃんが大好きだよ」
「!! ……うん、そうね。アタシは泣き虫で怒りんぼなお姉ちゃんよ。…ありが、とうっ……」
数年ぶりの笑顔を見せながら歩み寄り、静かに血を啜る。
それを見た真音は安心したのか、優しげな表情を浮かばせる。
「…本当に、ありがとう」
「!」
飲み終えてすぐ顔を上げた依音の瞳の色は森林のように深い緑から、血と同じ紅へと変わっていた。
「僕の方こそ、生きてくれて…ありがとうっ」
そう言いながら涙を頬に伝わせる真音を優しく抱きしめる。
すると…これまで我慢してきた分が溢れ返ったのか声を上げながら泣き崩れ、依音も同じように泣く。
「良かったです…。お二人共っ……」
シノンは2人の元へと歩みを進めようとした……。そのとき、
「っ−−……!?」
突然激しい頭痛が襲ってきた。
「頭…がっ」
後頭部に何かで強く打ち付けられたように痛み、足が思うように動かない。
何があったのか…と思考すると、
−−−貴女、彼女たちの邪魔をしたいの?
「えっ…。誰……?」
脳内に声が響く。
しかし、その声は《雪浅鬼》のものではない。
−−−折角また逢えたのに、貴女のせいでまた引き裂かれることになるけど?
「な、んでっ…。そんな、こと……」
−−−全部、貴女のせいだもの。
「っ!?」
シノンは咄嗟に口を押さえる。
−−−まだ分からないの? これまでのこと全部の原因が貴女自身だって。
「私、がっ………」
信じたくない。
何故自分に原因があるのか。
…そう思っていたが、ふとグレンの言葉を思い出す。
「真昼は、おまえを守る為に命を落とした」
「ま、さかっ……」
−−−そう。貴女の姉・柊 真昼は貴女を守る為に家元を裏切り"鬼呪装備"を作る手助けをしたし、天使を作る禁忌の実験にも貢献した。つまり…貴女がいなければ、世界は滅びなかったのよ。
「あ、あっ…………」
全てが、真実に思えてきた。
自分がここまで生きてきたせいで、沢山の人を犠牲にしてしまった。
自分が生まれたせいで、真昼は−−−死んでしまった。
「っ、い…やっ。いやっ、わたしっ……!!」
最後に声の主はこう告げた。
−−−貴女の大切な人たちは、貴女のせいで皆不幸になったんだから。
「っ−−!!? わたし、が…みなさま、をっ……。わたし、うまれなければよかったのっ…? あ、うっあ……。あぁああああああああああ!!!」
全体に響き渡るような叫びを発してから膝をつき、徐々に心を閉ざしていくように目を瞑り−−−倒れた。