刹那姫のナミダ 2
「−−……」
霞む瞳が映すのは深く、そして冷たい銀世界だ。
シノンは今、精神世界にいるのだが、横たわったまま、しかし起きようともしない。
まるで、生きる気力を失ったかのように……。
「わたしのせいで、みんな……っ」
先程までの声の主の姿は見当たらないが、彼女の言葉によって心が苛まれ、震えながら体を抱える。
すると、どこからか現れた《雪浅鬼》がこちらに歩み寄り……
「…シノン、いつまでそうしてるの?」
「……」
問い掛けられているが、シノンは無言を貫く。
「……何が、あったの」
「…あのひとが、いってた。わたしのせいでみんな……。ふこうになった、って…」
「………」
《雪浅鬼》は静かに何もない周りを見渡す。
もしや、彼女には何か心当たりがあるのだろうか?
「…ずっと、ここに留まるつもり?」
「もう、だれともかかわりたくない……。わたしと、かかわったら…。わたしが、いきているせいでっ………」
「シノン……」
そっと彼女に触れようとした。その時、
「シノンッ!!」
「! ゆう、さま……。どう、して…?」
優一郎の声が聞こえ、一瞬だけだが瞳に光が戻った。
「…まだ、関わりたくないと言うの?」
「……」
また、口を閉ざす。
「ホラ、来た……」
指差した時、優一郎は既に近くまで来ていた。
「シノン!! やっと見つけたっ…!!!」
「っ……」
意識を取り戻した彼に嬉しい気持ちや安心感を一気に募らせるが、やはりあの言葉が頭から離れられず……
「こ、ないで……。こないでぇっ!!!」
「!!?」
突然叫ばれ、優一郎は目を大きく見開かせる。
「シノン……?」
「わたしっ、いきたくない…。かかわりたくない! みんな、ふこうになっちゃうっ……」
「な、何言って…?」
一体何が…と腕を伸ばした。次の瞬間!
「いやあぁああああっ!!!」
「っ…!!?」
唐突に吹雪が起こった事によって前が見えず、腕で顔を隠す。
「シノン!! 大丈夫だからっ……!!!」
「…無理よ」
「! おまえは…。もしかして、《雪浅鬼》なのか?」
《雪浅鬼》は優一郎を凝視し、
「……そう。正しくは…彼女の、前世」
「前世…?」
《雪浅鬼》の意味深な言葉に首を傾げる。
「…無理やり、彼女を外に引きずり出そうとして、その後にどうするか決めてるつもりなの……? 彼女の心は、限界に達しようとしているのに…」
「っ…! おまえが原因なんだろ!?」
「…違う、私は彼女を守り続けていた」
「は…? 何ワケ分かんねえ事を……」
「貴方には、事実を知る権利は無い……。私の契約者は、彼女だけ…」
そう告げられた優一郎は歯を食いしばる。
「何度でも言う。これ以上彼女と関わるのは、やめた方が良い……」
「…やめねぇ」
「どうして、そこまで言い切るの…?」
「アイツの事が、好きだからだ」
「……」
優一郎の言葉に、その真剣な眼差しから真なのは分かっているが眉をひそめる。
「何度も、アイツに救われたんだ…。だから、今度は俺がアイツを助けるっ!! その為なら、俺はっ……!!!」
「……なら、勝手にすれば良い…。私は、見てるだけだから……」
彼の熱意が伝わったのか、《雪浅鬼》は徐々に後ろに下がっていった。
そして、優一郎は再びシノンの元へ行き……
「いやっ、いやあぁああっ……!」
「今度、こそっ…!!!」
手首を掴む事に成功した。
「!? やだ、はなしてっ!! おねがいだから!!! もうわたしとっ……」
「…んな事、二度と言うな」
「っ、え…?」
ようやく、優一郎の顔を見る。
「おまえがいなくなったら、1番悲しむのは誰なのか分かってるのか…?」
「………」
「まず、シノアが悲しむ。でもって、与一や君月や三葉や真音も悲しむ。ミカもすっげぇ悲しむ。そして……」
「そし、て…?」
「…これから、おまえに怒る。いい加減にしろよ!! シノンッ!!!」
「っ…!? な、んで……」
突然の怒号にビクッと肩が跳ねたシノンは、恐る恐る彼に問い掛ける。すると、
「おまえがいなかったら、俺はここまで来れなかった」
「え……?」
「そりゃ色々とはあったけど、おまえと出逢えて…。本当に良かったって思ってる」
「優、様……」
自然に、瞳が潤んでいく。
「ミカやシノアや皆も、おまえがいてくれて良かったって思ってる」
「…っ、でも……」
「帰って来いよ、シノン。おまえがいない方が皆心配するから。な…?」
「…わ、たし…っ。わたし、いても……いいの、ですか…?」
「当たり前だろ?」
その瞬間、シノンは大粒の涙を流れ始め……
「優っ、様…。わたし……。っ〜…!!!」
勢いよく、彼に抱き付く。
「お帰り、シノン……」
「ただいまっ、です…!!」
確かめるように、互いに強く抱きしめ合う。
「優様っ…。ありが、とうっ……」
「ああ。俺も…本当に、ありがとう」
微笑み合った瞬間に彼女達の周りが淡く光り…光りが消えた時、彼女達の姿はもう消えていた。
そんな中、その終始をずっと見ていた声の主は……
「……−−、さまっ…」
優一郎と遥か昔の伴侶の面影が重なり、愛おしさや切なさから雫を伝わせる。と、
「…どうして、シノンを苦しめようとしたの。……"綺音"」
《雪浅鬼》に呼ばれた声の主−−−"綺音"は頬を拭った後、一括りしている腰下までの鮮明な群青の髪を揺らしながら振り向く。
「昔のあたしを見ているみたいで凄く嫌だったのよ。…"母様"」
そう、綺音は《雪浅鬼》の実の娘なのだ。
「だからって、そこまでする必要はどこにも感じない……」
「母様は何も知らないから、そんな事が言えるのよ。あたしは、大切なもの全てを奪った幕府や"この力"が…許せないっ……」
綺音は右手を強く握りしめる。
「綺音………」
「それに、あの子は何も知らなさ過ぎるのよ。母様が前世じゃない、本当は、あたしがあの子の"前世"なのだから」
そう言うと、いつの間にか彼女の両手には打刀と短刀があった。
「もう、あたしを抑え込もうとしないで。あの子が本当に持つべき鬼呪装備はあたしなのだから」
「……シノン、ごめんなさい…」
《雪浅鬼》が呟いたと同時に、ずっと抑えられ動けずいた綺音の封印呪が崩壊を始めた。
しかし、シノンがこれを知る事になるのはもう少し先の話となる……。