責任とマヨイ
〜名古屋空港〜
「ハァ、ハァッ……」
あの後、何名もの犠牲を出してしまった聖璃達月鬼ノ組。
それでも辛うじて名古屋空港に逃げる事が出来た者もいる。
聖璃もその1人だ。
しかし…今の聖璃は、罪悪感と悲痛で押し潰されそうになっている。
「弥生、タロッ…」
手塩をかけて育て上げた大切な教え子、円藤 弥生と鍵山 太郎。
彼女達は、吸血鬼に殺された。
「あたし、何やってんだろ……」
何故、自分だけ生き残ってしまったのだろう。
あの時、もっと彼らを早く助ければ……。
これまで感じた事のなかった感情がぐるぐると回り、今にも壊れてしまいそうになる。
と、そんな時……
「お姉、ちゃん…」
「! 愛紗……」
愛紗の手が、聖璃の裾を強く握りしめてきた。
愛紗も皆本隊も、皆生き延びれた。
…聖璃の必死の攻防により。
「あ、の…。あの時は、ありが…とうっ……」
「……」
見下ろせる程小さいその体は、小さく震えている。
理由は何となく分かっている。
ここまで来るまでずっと、狂ったように吸血鬼と戦ってきたのだ。
きっと、そんな自分を見たから怖れているのだろう…と。
「……愛紗」
「っ…!」
「…隊に戻りな。今、1人になりたい気分だから」
「…………うん」
頷いた後、愛紗は振り返らずに皆本隊の所へ戻る。
見送る時に彼らの様子が見えたが、あの明るい知人ですら表情が暗くなっている。
「…っ」
悔しさから拳を固く握る。
ここまで自分は無力だったのかと思い知らされ、行き所のない思いが溢れそうになる。
清吾達は、そんな知人を静かに見守る事しか出来ない。
「んだよ、こんな…っ!!」
近くにあったフェンスに思い切りその拳をぶつけようとした…その時、
「シノア!!」
「…!!」
三葉の声で我に返ると、シノアと利香の姿が見えた。
しかし、シノアの左頬が殴られたように赤く…足払いされたのか、仰向けに倒れている。
利香は剣を両手に持ち、今にもそれをシノアに突き刺しそうだ。
君月と三葉はすぐさま彼女の元に向かおうとするが……
「みんな止まって!!」
制止され、動こうにも動けぬ状態になった。すると……
「…謝る…くらいなら…。あっさり…謝るくらいなら………。私の仲間を…返してよ……!!」
「……」
聖璃は、思う。
どうして鳴海隊は2人喪ってしまったのに、シノア隊は優一郎・シノン・真音が欠けたにもかかわらず皆生き残っているのか。
「…っ、利香」
「! 先、生っ……」
「九鬼、大佐…」
「……退きなさい。後はあたしがやる」
利香は大人しく言う事を聞き、すぐにシノアから離れる。
代わりに、聖璃がシノアの胸ぐらを掴み起き上がらせる。
「お姉ちゃん! やめっ……「愛ちゃん、行っちゃダメだよ…!」
「っ!! でもっ……」
綺里に止められた愛紗は、涙を浮かべながら姉の方を見る。
「聖璃、姉ちゃん…」
知人は、動けずにいる。
複雑な気持ちが渦巻いているせいで、足がそれ以上進まないのだ。
「っ、クソ!!」
当て損ねた拳を、自らの足にぶつける。
「………」
「…………っ」
無言を貫き通す聖璃に、自然と嫌な汗が出るシノア。
彼女は、何故何もしないのだろうか……。
そう思っていた時、
「…アンタ1人だけに、責任を負わせたくない」
「えっ…」
「あたしにも、責任はある……。弥生を、タロを喪ったのはあたしの"迷い"が原因なのかもしれないから……」
「迷い…?」
「……」
聖璃はシノアの耳に顔を近付け、囁くように語る。
依音と9年前に会った事があり、真音共々面倒を見てあげた事。
その依音を殺す覚悟がずっと出来なかった事。
そして…あの時、主であるシノンが去った時安心してしまった自分がいた事。
全てを、シノアに話した。
「大佐………」
「…マコ」
「! 聖璃教官、ソイツの処罰が…」
「いいえ。…あたしを、今ここで刺しなさい」
「!? 教官!一体何が…」
「いいから、刺しなさい!!」
怒鳴るように叫ぶ聖璃は、立ち上がった後両腕を広げる。
「し、しかし…」
「……」
「! 秀作…!?」
狼狽える鳴海の横をすり抜けた秀作は《赤蛇》を構え、一気に駆け抜ける。
「やめろ!! 秀作っ!!」
鳴海の制止を聞かない秀作は既に聖璃のすぐ近くまで行き、そして……
「っ! …え?」
《赤蛇》を、地面に突き刺した。
「秀作、何馬鹿やって…「馬鹿なのは貴女ですよ、聖璃さん」
「なっ…!?」
「貴女を刺した所で、誰も帰っては来ません」
「……分かってるわよ」
気が付けば、秀作の腕の中にいた。
「あたし、弱かったのよ…。皆の期待に応えようとしてた、ただの意地っ張りだった……。だから、いざ大切なものが出来た時…何も、してあげられなかったっ……」
秀作は静かに耳を傾けながら、彼女の背中を優しく叩く。
彼女の涙を、何も言わず受け止める。
「こんなんじゃ、ダメ…なのにっ……」
「聖璃さん………」
抱く力を強めると、聖璃も同じくらいの力で抱き返した。その時、
「聖璃ちゃん」
「深夜、様…」
「話は後で聞く。けど、それを決めるのは君じゃない」
そう話す深夜に憤りを感じた鳴海が、遮るように前に出た。
「マコ…」
「真琴…」
「…では、少将が戦場で吸血鬼に味方した彼女たちを処罰してくれると?」
鳴海の言っている事は、シノア隊に向けられている。
深夜がそれに対し、聖璃に言ったとの同じように言うと…鳴海はとうとう怒りを露わにした。
ここまで逃げ延びれたのに、何故何もないんだと。
深夜の中で答えは見えていた。
今回の任務はグレンが考えた作戦ではない。
これは、恐らく……
「…これは、暮人兄さんが立てた計画だ」
それを聞いた小百合と時雨はその場から離れようとし、美十が慌てて止める。
そんな最中、鳴海はまだ深夜に物申す。
「《月鬼ノ組》は一瀬グレンに従う。ですが−−−少なくとも、おまえのためには死ねないぞ。柊 深夜」
鳴海は更に「全滅を命じる上官に従う奴がどれだけいるのか?」と煽るように言う。
「マコ!! 言葉が過ぎて…「教官をこれ以上悲しませるような事が続くのであれば、私は許さない」
「…!!」
「それは、僕も同意見です」
「ちょ、秀作…」
「先生…!」
「利香まで……」
聖璃の前には、鳴海隊の3人が囲うように立っている。
「っ、アンタ…たちっ……。涙脆く、なったものね…」
こんな時に不謹慎なのは分かっているが、教え子の成長に感極まり…涙が零れ落ちた。
「さぁ応えろ柊 深夜!!この任務はなんだ!!何を目的に−−−「あ〜〜〜〜〜!! うるっさいなぁ君は!! わかった!! じゃあもう任務は放棄しよう!!!」
『……』
突然任務を放棄するとキレながら告げた深夜に、聖璃と鳴海隊は呆気を取られたような表情を浮かべる。
「上層部命令はこの場に絶対に待機だが、無視する!!! 体勢を立て直し、仲間を−−−一瀬グレンの救出計画を始めるぞ!!」
その指令によって、全員は希望が見えたように表情を明るくさせる。
「…一瀬君に、一発入れないとね……」
「(シノン、真音、優、ミカ、真音の姉ちゃん。早く来いよ…!)」
聖璃は袖で涙を拭い、知人はシノン達も名古屋空港に来るのを心から待つ。
…だが、その団結が完膚無きまでに打ち砕かれる時は、一刻と迫っていた……。