傲慢なアイ 2
「ラクス…ッ」
ラクスの姿が見えた依音は、思わず足を止まった。
しかし、向こうはまだこちらに気付いていないみたいだ。
「姉ちゃん、まさか…」
「……ええ」
依音の様子の変化に気付いた全員も、足を止める。
「くっ! 後少しと言う所で…!!」
悔しそうに歯を食いしばる鳴海。
「依音さん、どうしますか?」
「あたしが先陣を切って攻撃を仕掛ける以外、逃げ道は無いと思うわ」
シノアではなく、ラクスの方をずっと凝視しながら言う。
「なら、僕が援護する」
「私も援護します!!」
「真音、シノン…。ありがとう」
率先して援護すると前に出た真音とシノンに礼を言う。
「ぼ、僕もやります!」
「与一は、そのまま優二を支えてて」
「う、うん…」
「(…あれ? あの子の名前、どこかで……)」
妙に与一の名前に覚えがあり、ふと記憶を手手繰った…その時、
「!! …まさ、か」
先日、エリザの屋敷でとある資料を発見したのを思い出した。
その資料には《終わりのセラフ》関連の情報やリストが記載されており、その中に与一と同じ名前が載っていた。
しかし、それだけでなく……。
「(つまり…。あの子は、ラクスが殺したと記されていた《終わりのセラフ》実験被験者の弟……)」
全ての辻褄が合った途端、目眩が起こりそうだった。
妹の恋人の仇敵が、自分の想い人だなんて……。
「…依音」
「! …ミカエラ、頼みたい事があるの」
「…?」
「……アタシの代わりに、先陣を務めてくれる?」
「どうして急に…! そういう事か……」
何を言いたいのか理解したミカエラは、眉間にシワを寄せる。
「ワザと剣を振って砂風を起こすから、それに紛れて真音達と一緒に……」
「彼女には、それを伝えないの?」
「…敵を欺くには、まず味方から。だからね」
「……」
依音の覚悟を感じ取り、無言で承諾する。
「ありがとう、ミカエラ…。あの子を、真音をお願いね……」
そう言いながら、徐々に後方に下がり……
「? 姉ちゃん…?」
「真音、貴女はアタシにとって"光"なの。そして、アタシはその反対の"闇"…。闇は、光と共にあってはならないのよ……」
「どういう、事……?」
「…ハッ!!!」
『!!?』
答えを聞く前に依音は剣を振りかぶり、それによって強い砂風が発生した。
「姉ちゃん!! 何で…「早く離れないと、今ここでアンタを斬るわよ!!」
「!? 姉、ちゃんっ……」
手を伸ばそうとするが、伸ばしきる前に与一に掴まれる。
「与一っ…」
「…行こう、真音ちゃん」
何となくだが、彼は分かったのだ。
依音が、何故あのような行動を取ったのか。
「だけどっ……」
「真音ちゃんっ…!」
「っ、……うんっ」
涙が落ちる前に頷いた。
「…依音さん……」
こちらを見つめる依音に背を向け、真音を支えるように走る。
そんな2人の後ろをついて行くように、シノン達も動揺しながら駆け出す。
そして、1人残った依音は……
「……っ、ごめん。ごめん…っ。真音っ…………」
膝をつき、大粒の涙を流し始めた。その時、
「依音っ!!」
「…ラクスッ……」
「!! おまえ、泣いて…!」
問い掛けられる前に、依音は彼に抱き付いた。
「アタシ、またっ…。だけどっ……っく、うああああああっ−−−…!!!」
彼女の慟哭は、空まで響き渡る……。
「(依音さん…。もしかして、真音ちゃんを守ろうと……)」
走る最中、先程の依音の行動について考えるシノン。すると……
「待て!!!」
「くっ!! またか…っ!!」
帝鬼軍の兵達が、再びこちらに向かって来ていた。
しかし、今度のは更に数が多い。
「出口はすぐそこだ!! 何とか逃げ切るぞっ!!」
皆にそう呼びかける君月。と、その時!
「きゃっ!?」
『!?』
「シノアお姉ちゃんっ…!?」
シノアが、兵の1人に捕まってしまった。
「大人しく百夜 優一郎を明け渡せ!! でないと……」
シノアを捕まえた兵は、シノアの首筋に刃を向ける。
「皆さん!! 私の事は構わず逃げてくださいっ…!!」
「そん…なっ、そんなの……出来ないよっ!!」
そう叫んだ瞬間、突然目の前の世界が変わった。
「何、これ…。シノアお姉ちゃん、皆……?」
見渡しながらシノア達の名前を呼びかけ続けていると…ある事に気付いてしまった。
「…まさか、ここは……」
そう、今シノンがいるこの世界は…彼女が心を閉ざしていた時の精神世界と同じなのだ。
「でも、どうして突然……」
「柊 シノン」
「! 誰っ!? …貴女、は……?」
自分しかいない筈なのに、誰かに名前を呼ばれバッと振り返る。
その先にいたのは、袴を着た長い群青色の髪と空のように蒼い瞳をしている女性だった。
「姉を、助けたいんでしょう?」
「……!」
唐突の、しかも図星を突いた問いに思わず息を呑む。が、
「あたしの力なら、それが可能だけど?」
「え…! シノアお姉ちゃんを助けられるの…!?」
「ええ、少しだけ貴女の体に憑依させてくれれば…の話だけど」
「……」
シノンは、目の前にいる彼女に疑念を抱き始める。
本来自分と《雪浅鬼》しかいない筈の精神世界に、何故彼女がいるのか。
どうして、そこまで自分に協力的な態度を取るのか。
彼女の正体は、一体……?
「どうしたの? 早く答えを固めないと、ずっとこの世界にいるままになるわよ」
「っ…!?」
選択を迫られたシノン。
どちらにするべきか、慎重に考えたが……
「……分か、った…」
シノアを助ける為に、彼女に差し出された手を取った。
その一瞬、彼女はまるで企みを含んだような笑みを浮かべた……。
「シノン!? 来ちゃダメですっ!!」
「シノンちゃん!!ダメだっ…!!」
「……………」
シノアやミカエラが何度呼んでも、シノンは何の反応も示さぬままシノアの元へ足を進める。
そして、兵の数人がまんまとこちらに向かって来ているシノンも引っ捕えようとした…その時!
『ぐあぁああああっ!!?』
「!? えっ…!?」
彼女の周りに強い冷気が起きた事によって、一瞬で吹き飛ばされた。
更に、シノアを捕らえていた兵も突然腕全体に凍傷のようなものが現れ、後を追うように現れた激痛によって咄嗟に刀を落とし、シノアを解放した後もう片方の手でその腕を押さえ付ける。
そんな中…シノアだけは冷気に充てられておらず、無傷であった。
「シノン……?」
「シノンちゃん! どうしたの…っ!?」
ミカエラは一目散に彼女の元へ向かおうとしたが、すぐ近くまでという所で足を止めた。
何故なら…彼女の姿の変化に驚愕しているからだ。
毛先が群青色に染まり、瞳も蒼く光っている彼女はまるで…別人そのものに思えた。
しかし、それだけでなく……
「二つの、刀……」
両の手に持っているのは《雪浅鬼》ではなく、打刀と短刀だった。
「…………」
「!! シノン、ちゃん…」
「……」
ミカエラに視線を向けてから数秒後に意識を失い、その場に倒れた。
「シノンちゃん!!」
「シノンッ!?」
皆が彼女の所に集まった時、既に元の姿に戻っていた。
「シノノン、シノノンッ!!」
「……っ」
「意識を失っただけみたいだな…」
「一体何が起こったんだ……?」
「分からない、けど…」
「その話は後だ!! 敵が怯んでいる内に逃げ切るぞ!!」
こうして、沢山の謎が浮かび上がった中…シノア隊は、名古屋空港から脱出したのだった……。