始まりのマチ 1
「ミカ君、大丈夫かな……」
少し離れた所から潮風が吹き、胸下まである灰の髪を揺らす少女−−シノンは、建屋に入ったミカエラを案じる。
そこには、鬼と化した優一郎がいる。
名古屋決戦の際に命を削るような思いで名古屋空港から脱した自分を含む数名は、現在いる小さな漁村に逃げ延びた。
あの暴走から十日程、優一郎は皆の前で意識を取り戻した。
だが…今では、彼は毎日のように鬼に憑かれるようになってしまった。
しかも、その時間は徐々に長くなっている。
「私も、無理してでも行けば良かったな…」
ミカエラが自分を共に行かせてくれなかった理由は重々判っている。
それでも、優一郎の事が心配でならない。
「…………」
自分と向き合えたというのに、これでは以前と変わらない。
歯痒さからふと見た右手を握り締めると、
「シノノン、ミカ坊と優二なら大丈夫」
「! 真音ちゃん……」
遠方から、親友である真音が声を掛けてきた。
「心配するのも分かる。けど、それだけではどうにもならない」
「うん、そうだけど…」
もう一度建屋を一瞥した。その時、
「シノノン」
「はうあっ!?」
強制的に顔が真音の方を向き、ほんの少し首に痛みが生じた。
「真音、ちゃん………?」
「最近のシノノン、優二やミカ坊の事ばかり考えてる」
「え…? あ、そういえば……」
「2人が好きなのはよく分かるけど」
「!? な、なっ…!?」
彼女の口から出た発言に瞬時に赤らめ、変な汗も出る。
「あの、どういう意味なのっ!?」
「ん、違うの?」
「いやっ!! 違う、というか何というか……」
上手く伝える方法が見つからず、うやむやな返答になってしまう。
「やっぱ、違わないじゃん」
「真音ちゃん!!」
「…前のシノノンなら、丁重に否定してた」
「……!」
「迷ってるんだね、どっちを本当に好きになるか」
「…………」
真音の読みは当たっていた。
今のシノンは優一郎とミカエラに強い恋慕を抱いており、それ故に心の内で迷い揺れている。
「ハッキリさせたいとは思ってるよ。けど…」
「仕方ないもんね。初恋の人と、思い出の花をくれた人だし」
「うあっ…! ミ、ミカ君は合ってるけど!」
「けど?」
「優君はそれだけじゃないんだよ!」
「じゃあ、どういう意味?」
「真音ちゃん、今日はやたらと聞きまくるね…………」
「親友の滅多にない恋バナだから、聞ける時はガッツリ聞かないと」
真顔でガッツポーズを取る真音に、シノンは眉を下げながら苦笑する。
「…優君は。優しくて、どんな時も真っ直ぐで、何度も困るような事があったけれど、それでも……。不思議と、優君といると何でも乗り越えられる気がする」
「……何となく、分かる気がする」
「だよね? 優君は私にとって、本当の私を受け入れてくれた初めての人なんだ…」
そう語るシノンの表情は、春の花のようにはんなりとしている。
「…うん、ご馳走様」
「え、えっ……?」
「僕も大概だろうけど、シノノンの方が惚気ると凄いってのが判明した」
「…っっッ!!?」
再び顔が真っ赤に染まり上がったと同時に、真音の背中をポカポカッ!と叩く。
しかし、それはまるで肩叩きのような威力でしかない。
「良い叩きだね」
「もーうっ!!」
更に叩く威力を増そうとした時、
「んお? 何やってんだおまえら?」
「真音ちゃん、シノンさん。どうしたの……?」
「! 知人君…!」
「与一」
知人と与一に気付き、同じ方向に顔を向ける。
「よく分かんねえけど、何かすっげぇ楽しそうだな!」
「楽しくないよっ…!」
「えぇっと…真音ちゃん、あまりからかわない方が良いと思うよ?」
「シノノンの反応が面白かったから、つい」
「真音ちゃん……」
珍しく意気揚々としている真音に、与一は次に返す言葉が浮かばなくなった。
「にしても、優たち遅えよなぁ」
「うん…。何かあったのか……!」
「? どしたんだ、シノン?」
「…知人君。真音ちゃんと与一君も、すぐに鬼呪装備を出せる?」
『!!』
何が言いたいのか察した3人は、顔を見合わせてからそれぞれの鬼呪装備を構える。
シノンも自身の鬼呪装備である《雪浅鬼》を顕現させ、強く握った。
「今回は何匹いるんだろな?」
「そんなに多くなければ良いけれど…」
「大丈夫。《黒鬼》が4人もいるし、ミカ坊もいるから」
「うん、そうだね。それじゃあ…行こう!」
4人は一斉に駆け出した。
途中で優一郎・ミカエラ・シノア・三葉・君月達と合流し、その数分後に…襲撃を受けている場所に着いた。
「よし、やるぞ」
優一郎の呼び掛けの後、各々で《ヨハネの四騎士》を駆逐する。
与一と真音は遠方から《月光韻》と《蜻蛉》で動きを封じ、その隙にシノン達が斬り込む。
「っ! 後、1匹…!!」
4匹いた《ヨハネの四騎士》も後1匹だけとなり、先に攻撃を仕掛けている優一郎・ミカエラの所へ向かうシノン。
その瞬間、激しい目眩が起きた。
「!? ッ…ま、た……っ」
今のような状況は、ここに来てから何度も起きている。
少し経てば治まるが、その所為で長期戦に発展しそうな時はあまり戦えないのだ。
「でも…。まだ、そんなに長くはない……のに………」
「!! シノンちゃん…!」
「大丈夫、だよ……っ。ミカ、君…」
ミカエラにこれ以上心配を掛けさせぬように微笑みかけ、
「…治まった、みたい……」
治まったのを確認してからもう一度彼らの元へ向かい…ミカエラとの連携によって、最後の1匹を殱滅した。