始まりのマチ 2
「………」
殲滅後、食料調達から帰って来た鳴海のおかげで美味しそうに缶詰の食べ物を食べる子供達を、ほんの少し遠くから優しげな瞳で見守るシノン。
発作は一応治まったが、念の為にと距離を置いている。
「…どうして、戦う度にあれが起きるんだろ……」
幾度となく考えてきた事だが、まだ核心を掴めない。
「これじゃ、ダメなのに…」
ふぅ…と憂いたため息をついてから空を見上げると、
「シノンちゃん」
「! ミカ君……」
ミカエラに呼び掛けられ、彼の顔を見ると心配しているような表情を浮かばせていた。
「今日も発作があったよね?」
「うん…。今は落ち着いたけれど……」
「…やっぱり、君はしばらく戦わない方が良いよ」
「!? 大丈夫、だよ…! 少し経ったら治まるし、それにっ………」
「…優ちゃんも、心配しているんだよ」
「っ………」
これ以上の言い訳が思い浮かばなくなり、眉を寄せるしかなかった。
「隣、良い?」
「うん……」
シノンの頷きを確認してから、壁に寄り掛かる形で彼女の隣に立つ。
「ごめん、なさい…。無茶ばかりしているのは、分かってはいるのに……」
「気にしなくて良いよ。シノンちゃんがそうする理由は分かっているつもりだから。それに、シノンちゃんはまだ可愛げがある方だよ」
「え…?」
「優ちゃんが一番無茶をしてるからね」
「あっ……。確かに…」
つい納得をしてしまい、「否定は出来ないな…」と苦笑したら、
「俺が何だって?」
「わっ…!? 優、君!」
噂をすればの本人が目の前に現れ、垂れ目気味の瞳を大きく開かせる。
「優ちゃんは猪突猛進だよねって話だよ」
「猪突猛進…?」
「ゆ、優君……」
首を傾げる優一郎に、シノンはあはは…ともう一度苦笑する。
「そうだ、シノン。具合は大丈夫か?」
「え? あ、うん。やっと落ち着いたよ。心配掛けてごめんね…」
「そっか、それなら良かった」
「う、うん……」
優一郎の笑みに、ほんのりと頬が熱くなるのを感じる。
彼の笑顔はまさに太陽のようだ。
温かくて、とても優しくて……。
「……」
そんな彼女の表情を一瞥したミカエラは切なげな表情を浮かべ、飲まずにいたシノア達の血が入ったボトルを取り出す。
「お、ミカ。それ、さっきはああ言ったけど飲みたくなきゃ飲まなくていいぞ」
「……!」
優一郎の言葉で彼の様子を察し、彼の持っているボトルに視線を向ける。
「ミカ君………」
自分も、ミカエラの為に血をあげられたら良いのに。
そう心から思っているのに、この体の中には"呪われた血"が流れている。
遣る瀬無い感情を悟られぬよう視線を地面に向け、自分の左腕をギュ、と握る。
その間にミカエラはボトルの血を飲み干し、
「…シノンちゃん、まだ気にしていたんだね」
「……!」
「前にも言ったけど、シノンちゃんの血の事はちゃんと理解している。だから、大丈夫だよ」
「で、もっ…あ」
俯かせていた顔を上げた瞬間、左手が彼の両手に包まれていた。
「優ちゃんから話は聞いてるよ。シノンちゃん、貧血気味なんだね」
「っ…!」
「わりぃ、シノン。ここ最近のおまえの様子がおかしいからってミカにせがまれて……」
申し訳なさそうに頬をかく優一郎に、「そう、なんだ………」と咎めない事にした。
「もしかしたら、ここ数日の事と関係があるかもしれないと思う。貧血用の薬はある?」
「薬……。あ、もしかして…」
心当たりがあった。
つい数日前に、帝鬼軍から供給されていた貧血薬が底を突いてしまった。
「だけど、もう帝鬼軍に血を提供していないのに…」
「どういう事だ、ミカ?」
「確証は無いけれど。シノンちゃんは今までずっと、自分の意思とは関係無しに鬼に血を与え続けていたのかもしれない」
「鬼に?」
「それって……」
言いかけた時にシノア達がこちらに歩み寄り、ミカエラの「後で話すよ」という一言で一旦打ち切る。
「あ…あの、ミカさん。僕たちの血でも大丈夫そうでしたか?」
「まずかったよ」
「うっわ、マジかよ!?」
知人が目を大きく開かせて驚いた後にシノアが「ええ〜」とワザとらしい声を上げる。
「(お姉ちゃん、何考えてるんだろう…)」
嫌な予感がする…と感じ取ったシノンの読み通り、
「なんせ清らかな処女の生血入りですよ!」
「(やっぱり……)」
変わらないシノアのお茶目にため息をつく。
それを知ってか知らずか、今度は「非処女が混ざってたんじゃ!?」と言い出し…後ろにいる三葉の方を向く。
「何こっち見てんのよ!! あ…あ、あたしだって処…!!」
「んお?」
「ってなんの話をしてるんだぁああああ!!」
「うぐぉっ!?」
何故か三葉の右ストレートを食らった知人
は、一瞬で伸びた。
「おや? そこまで進んでいなかったのですかお二方?」
「断じて清らかだっ!!」
「なーんて、みっちゃんと知君の乱れた貞操の話はさておき」
「おまえほんと殺すぞ!!」
「ご、ごめんなさい三葉ちゃんっ……」
段々と申し訳ない気持ちでいっぱいになったシノンは、顔を覆いながら小声でシノアに怒り続ける三葉に謝る。
「ミカ坊、シノアたちの血はまずいとして」
「たちって何だ真音!! あたしも含まれてるのか!?」
「え、違うの?」
「酷いですまっちゃん〜、私の血は希少価値の高い美味しい血ですよ?」
「嘘つけっ!!」
『…………』
シノンを除く女性陣達の喧騒に男性陣は白けた目をし、1人ポツンと取り残された気でいるシノンは慌てふためく。と、
「それなら、シノノンの方が清らか」
「…え!?」
突然話を振られ、咄嗟に自分を指差す。
「そりゃ、シノンは私の妹ですからね〜。私たち双子は清らかな心を持って生まれてきたのですよ」
「よく言えるな!!」
三葉はしみじみと話すシノアに素早くツッコむ。
「ねぇ、結局君は何が言いたいの?」
キリがないと思ったミカエラは、事の根源である真音に本題を聞き出すべく問い掛けた。が、
「ん。…前に、シノノンの血を飲んでたよね」
「!!」
『!?』
「真音、ちゃんっ!?」
一体、真音はどのような理由を抱いて皆の前でそう告げたのだろうか。
それぞれ違う表情を見せながら、だんまりとしている。
「(な、何で…。皆の前で、それをっ……!?)」
シノンはまだ混乱していた。
何故、今のタイミングで彼女はあの事を話したのだろうか。
それに、ミカエラはどう返答するのだろうか。
様々な感情が渦巻くが、やはり不安の方が勝る。
「(…。ミカ君……)」
ふとミカエラを見た時、沈黙が破れる。
「…それが、どうかしたというの」
「ん。シノノンは飲んじゃダメって強く言ってたのに、何でそれを聞かずに飲んだのかなと思った」
「正式には舐めただけど…っ。じゃなくて、まず君は言って良いタイミングを間違えてるよ」
「話の流れ的に言った方が良いかな、と」
「…………」
真音の安定したマイペースに呑まれそうになったので、一度咳払いする。
「つまり、理由を知りたいという事だよね。…出来れば、人が多くない所に行きたいんだけど」
「…優二と数の子の顔」
「………君たち」
彼女が指を差している先には、理由を知りたい! と主張するかのように目を大きく開かせる優一郎と知人がいた。
それに加え、シノアも返答次第では…と分かりやすく黒い笑みを浮かばせている。
つまり…逃げ道がもう無い。
「…シノンちゃん」
「わっ…!?」
急に呼び掛けられ、少し声を上げてしまった。
「ど、どうした…の?」
「…あの時は、本当にごめん」
「え。あ………」
"あの時"というワードで何を伝えたいのか察したが、次の言葉に迷い狼狽える。
「困らせるつもりは無かったんだよ。ただ、シノンちゃんの辛い顔をあれ以上見るのが辛くなっただけだから。…それに」
「……?」
途中で言葉を途切れさせたミカエラは、何故かほんのりと顔を赤く染めている。
そんな彼の様子に何があったのかな?と首を傾げると、
「す、凄く美味しかった。から……」
「…………はうあっ!!?」
シノンも時間差で耳まで赤く染め上げ、あぐあぐ…!? と口を開け閉じする。
「シノン? どうしたんだ?」
「ミカー、何でオレたちにも聞こえる声で言ってくれねーんだよ?」
「言えるわけないでしょ。本当、君は単純馬鹿で逆に困るというか…」
「馬鹿じゃねーよ!!」
ミカエラの一言がきっかけで知人が彼と口論を始め、殆んどがそれに視線を向ける中、真音は今だに呆然としているシノンに声を掛ける。
「シノノン、意識ある?」
「真音、ちゃん………」
「うん、あるようでどっかに行ってるね」
反応でダメだと理解し、荒療治として「ていっ」と彼女の両頬を軽く叩く。
すると、遠くまで行っていた彼女の意識は瞬時に戻ってきた。
「う、うぁあ…。な、何……?」
「ほらね。シノノンの血、美味しいって」
「へっ……?」
何を言いたいのか掴めず、目をパチクリとさせる。
「ミカ坊、ちゃんと分かっていたんだよ。シノノンの血が吸血鬼にとって毒で、そのせいでミカ坊に何もしてあげられなくて落ち込んでいるって。ミカ坊、本気でシノノンが大好きなんだと思う」
「ふぁっ…!?」
「ん……?」
シノンの様子が変わり、首を傾げる。
「あ、うっ………」
「…まさか」
「ち、違うよ!? いやあのそのっ」
「……察する」
「だからっ…!!」
そんなやり取りを十数分続け、ミカエラと知人の方も落ち着いた所で本来の話し合うべき内容をシノアから話す。