死海ドライブ 2
「シノンちゃん…?」
「どうしたんだよ、シノン?」
「っ………!」
シノンの行動に目を丸くさせるミカエラと優一郎。
どうして、彼女は手を払ったのだろうか。
そう問い掛けたいのだが彼女は強く目を瞑り、無言を貫いている。
「シノンちゃん、一体何が…」
「……違う、違うよ…」
「え…?」
先程も同じ事を言い、ミカエラはもしかしたら自分の中で唱えているのかもしれないと確証する。
しかし、彼女をそうさせるような事が……。
「!! ……」
思い返した時、ある一言がそのきっかけだと気付き……
「ちが…っ!?」
まだ暗示をしていたシノンだが、唐突に抱き寄せられた事で我に返る。
「ミカ、君………。ごめ、なっ…」
彼にしてしまった行為を思い出し、声を振り絞って謝ろうとしたが…言わなくて良いと言うように、彼は抱く力を少し強めた。
「…シノンちゃん、君に言わなくちゃいけない事があるんだ」
「え……?」
顔を上げると、彼の赤い瞳に映っている自分が見えた。
「……君は−−−」
意を決し、名古屋空港で起きた異変を全て明かそうとした…その時!
「帝鬼軍じゃないです!!」
「吸血鬼が、こっちに来てるっ…!!!」
「「…!!」」
与一と真音の声に気付き、屋根上にいる2人を見上げる。
「それも、名古屋市役所で戦った−−−」
「な…」
「あの赤髪のバケモノか!!?」
「赤髪−−−」
一瞬、記憶がフラッシュバックした。
赤髪の吸血鬼−−第十三位始祖であるクローリー・ユースフォード。
シノア隊は名古屋市役所でその吸血鬼と戦ったのだが最終的にグレンは捕らわれ、優一郎を鬼化寸前まで追い込んだ。
「何で、ここを知って………」
あの時の憤りが再び膨れ上がりそうになり、抑える為に深呼吸すると…
「もう一匹も、いる!!」
「銀髪の吸血鬼が!!」
「銀髪?」
「…。………フェリド・バートリーだ」
「え…!!」
先程話に出たばかりのフェリド・バートリーもいると知り、優一郎だけでなくシノンも瞳を見開かせる。
「そいつらが吸血鬼の女王を捕らえた奴らだ」
「なぜここに? ミカさんは理由を…?」
「わからない。だが奴らとは関わるべきではない」
ミカエラの返答を聞いたシノアは逃げようと提案する。
すると、優一郎が村の人々はどうするのかと訊ね、君月が「逃げ切れば誰も襲われない」と代わりに答えた。
「こんな形で、アイツらと別れるのか……」
「知人…」
三葉は惜しむように村を見つめる知人の腕にそっと触れる。
「じゃあ行きますよ!! 総員鬼呪促進剤服用!!」
「あ、あ」
「与一! 時間が無いから僕の一粒あげる…!」
「あっ、ありがとう真音ちゃん…!」
真音から促進剤の一粒を受け取った与一はすぐに服用し、
「全力で走ってください!!」
皆、村から離れるように全力で駆け出す。
その頃、村に向かっているフェリド・クローリーとその数メートル後ろにいる依音・エリザは……。
「ありゃ〜」
「何かあったの、エリザ?」
「んー、真音たち逃げたかも」
「はっ?」
どういう事だとエリザを一瞥した。
「いや〜、気づかれちゃったみたい…」
「なっ!? 何でまだ向かっているアタシ達に気付いて……」
「うーん…。なんせ、向こうにはミカくんと…さっき、真音のすがたが見えたよ」
「っ!!」
「っわわ!?」
動揺した依音は思わずハンドルを強く握り、それによって車が左右に揺れ動いた。
「依音〜っ! 安全うんてん第一!」
「ご、ごめんなさい……」
「ホーント、真音のことになると人が変わるよね」
「…ねぇ」
「なにー?」
「…あれ以上の問題を防ぐ為とはいえ、名古屋であの子に酷い事をしたのに……。こんな形でまた会っても、良いのかしら…」
「……」
ほんの少し、沈黙が続く。
「…会おうよ。そのためにフェリドたちについて行ってるからね」
「……っ」
「だいじょーぶ、依音は真音を大切にしてる。真音だってそれを分かってるはずだよ?」
「エリザ………」
妙に説得力を感じる彼女の言葉に目を細めると、
「あ、クローリーが行っちゃった。アレはたぶん、フェリドに言われている先に追いかけていった感じかなぁ」
「……」
遥か遠くまで行ったクローリーを遠目で見つめる。
「……そうだねぇ。せっかくだから、村につくまでアタシの昔ばなしでもしよっかな」
「!! エリザの…」
「うん。アタシにもね、おねえさまがいて……」
懐かしむようにこれまで誰にも話した事が無い自身の過去を語るエリザ。
しかし、段々と哀しげな表情に変わっていき…彼女が何故吸血鬼になったのか明らかになった。
「血が流れきって、死ぬしかないのかなって思っていたアタシを吸血鬼にしたのは…フェリドなんだよ」
「!? フェリド、が……」
真実を知った依音は呑気に運転しているフェリドを凝視した。
フェリドはすぐにそれに気付いたのか、運転中だというのにこちらに振り返り手を振る。
「……まだ、聞く?」
「…ええ。やっと貴女の事を知れたもの。どうしてアタシや真音を気遣ってくれるのか、もう少し確証を得たいわ」
「そっか…分かった。ここからはハンカチ必須だよ〜」
「…ふざけてないで良いから」
いつもの彼女が垣間見え、やれやれ…とため息をつく。
その後もエリザの過去話が続いている同刻、必死に駆け続けているシノン達は……。
「っ…!」
どこまで向かうのだろう。
シノンはまだ見えぬ先を見据えながら思う。
村までは大分離れたはずだから、後は追い付かれない事を祈るばかりだ。
「シノノン、大丈夫?」
「真音ちゃん…!」
真音に呼び掛けられ、ハッとなってすぐ彼女の方に顔を向ける。
「さっきは、凄く心配した」
「あ…ごめんね。いつも迷惑ばかり……」
「…迷惑なら、声を掛けたりしない。大切な親友を迷惑だなんて思わない。寧ろ、僕の方が迷惑掛けていると思う」
「! そんな事ないよ! 私も、真音ちゃんと同じ気持ちだから…!」
「シノノン…。ありがとう」
「うん。私の方こそ、ありがとう」
互いの絆の深さを確かめるように微笑み合うと、優一郎とミカエラの会話が耳に入った。
優一郎はフェリドという吸血鬼について強いのかと問い掛け、ミカエラが出した答えは…
「………強いよ。いま日本にいる吸血鬼の中では女王の次−−−二番目に強いはずだった」
その言葉に全員驚愕する。
「ちょ、ちょっと待て。それはまさか赤髪の吸血鬼より強いということか!?」
三葉の問いに対し、鳴海が代わりに赤髪の吸血鬼−−クローリーの持っている限りの情報を話す。
因みに、そのクローリーは第十三位始祖に当たる。
「私が軍から聞いた情報では…階級が高いほど強くなる可能性が高いと聞かされたが…」
「…ああ、思い出した。そういや確か、フェリド・バートリーは第七位だ」
「第七…!?」
シノンは目を大きく見開かせる。
自分達はそんな化け物達に追われているのか…と。
「…こ〜れはまずい。追いつかれたらお終いですね」
「そ、そんなにヤベェんだな……」
普段のん気に構えている知人も流石に身の危険を感じたのか、冷や汗をかく。と、
「…………」
「真音ちゃん…?」
シノンに声を掛けて以降ずっと考え事に耽っている真音に気付いた与一は、確認するように呼び掛ける。
「…ん。ちょっと考えてた」
「考えていた、って……?」
「どうして、あの吸血鬼たちが僕たちを追い掛けていたのか。それと…」
「……?」
言い辛い事を思っていたのか数秒程噤んだが、一旦深呼吸をし心の中を整理してからこう言った。
「…もしかしたら。姉ちゃんもいるかもしれない、って」
「! 依音さんが……」
他にも訊きたい事があるが、まだ何かあるかも…ともう少しだけ真音の話に耳を傾ける。
「ぼやけていたけど…もう一台、車があった。でも、姉ちゃんは僕たちがここに逃げたなんてきっと知らないだろうし。だとすれば……」
「すれば…?」
「…隣には、それを知っている吸血鬼−−姉ちゃんを吸血鬼にした貴族もいるのかもしれない」
「…!?」
仮説とはいえ、可能性が高いと言えるそれに言葉を失う。
もしそうなら……。
確実に、全員の命が無い。
「じゃあ、僕たちは……」
「…逃げられない、かも」
その瞬間、与一は久々に緊張感を感じた。
そんな2人の会話を耳にしていない他の面々は、優一郎とミカエラのやり取りに耳を澄ましていた。
「僕が一人でフェリドの屋敷に行くって行った時、優ちゃんは怒ったろ? 毎日、後悔するんだ。あの時、優ちゃんの言うことを聞いとけばって………。そうしたら、茜たちは…」
「ミカ、君……」
ミカエラの胸の内を知ったシノンは、瞳を潤ませる。
烏滸がましいとは分かっているが、自分も似たような後悔を今でも抱いている。
彼の気持ちが、痛い程分かるのだ。
その事に優一郎は違うと言い、続けるように「おまえは何も悪くない」と話している途中で突然君月に背中を押された。
「無駄口は終わりだ。今は逃げることに専念しよう。何かわかったなら俺たちにも共有化しろ」
「そうだよ優くん! 正直もう世界が滅茶苦茶になって、何がどうなっちゃってるのかわかんないけど、でも、これだけは言える。世界がどんなに悪くなっても−−−。僕たちは−−−仲間だ」
「与一……」
真音は目を細める。
恐らく、彼がそう言うのを信じていたのだろう。
皆も与一の言葉に賛同の眼差しを向けた、その時−−−恐れていた事態が起きた。
何処からなのか、奴が目の前に現れた。
クローリー・ユースフォード。
名古屋で死闘を繰り広げた、貴族の吸血鬼が。
「よし、追いついた。フェリド君が来るまで、やるか」
その刹那、全く見えない速い太刀捌きによって…三葉が空中に飛ばされていた。
「三葉!!!」
「……嘘、だろ。三葉。っ、テメェエエエッ!!!」
知人はこれまで強く抱いた事のない怒りを露わにし、クローリーに向けて怒号する……。