黎明のオニヒメ 1
「何、あれ……っ」
シノンはフェリドの持っている物に目を見開かせ絶句する。
それは、幼い少女の首が入っている瓶のような物だ。
「どうして、…!!」
優一郎の異変を察知し、すぐに彼の方へ目を遣る。
彼の顔中に鬼呪が巡り切り、そして…
「殺してやるぅううううううう!!!!」
「っ!!」
咄嗟に鬼化した彼を止めるべく駆け出そうとするが、
「待って!!」
「真音ちゃん…! 優君がっ」
「今行ったらシノノンも巻き込まれる。見て」
「……!」
真音が指を差した方を向くと、彼は無我夢中でフェリドに斬りかかっていた。
しかし、フェリドは難無く剣撃を避け続けている。
「やっぱり、あの吸血鬼は…っ」
シノンもフェリドへの怒りを露わにするように無意識に鬼呪を巡らせる。
と、その時…
「落ち着け優ちゃん!!」
「ミカ君…!」
ミカエラが彼を止めた事で我に返り、瞬時に精神が落ち着かせた所でシノア達と共に彼らの動向を見守る。
すると、ミカエラに説得されていた途中で優一郎は本来言うはずの無い言葉を口にした。
「放さなきゃ、おまえも殺すぞミカ」
「…真音ちゃん!」
「分かってる」
真音に呼び掛けてからポーチに入っていた鬼を拘束する呪符を取り出す。
真音も同じように取り出し、臨戦態勢に入る。
だが、それでも抑えられる保証は全く無い。
「(シノアお姉ちゃんと三葉ちゃんも用意してくれているけど…。今の状態だと、もしかしたら効かないかもしれない……)」
誰より呪術に優れていても、鬼化を完全に鎮めるのは不可能に近い。
他に方法があれば…と歯を食いしばると、
「僕は止められる。止める薬を持ってる」
「止める、薬…?」
知らぬ間にシノア達がフェリド、クローリーと会話を交わしていた事にようやく気が付き、フェリドのある一言にピクッと反応を示す。
その話が本当なら、優一郎を助けられるかもしれない。
「…本当にあるの?」
「シノン……!」
「おや、"刹那姫"じゃないか? 初めてだね〜、こんな形で話すなんて」
「御託を並べるのはやめなさい。今の問い掛けに答えて」
「ん〜、噂には聞いてたけど大分小難しい性格をしているねぇ…。ミカ君や優ちゃんたちの前ではとても素直らしいけど」
「それ以上ふざけるようなら、今すぐおまえを殺す」
本気である事を伝えるべく、《雪浅鬼》をフェリドの前に突き出す。
シノア達はシノンの真意をすぐに理解し、いざという時に備え武器を持ち直す。
「分かったよ、これはウソじゃない。本当に薬はあるよ」
「………」
まだ信じ切れないが話し方から薬の信憑性はあると判断し、ゆっくり降ろしていく。
「君を敵に回すとちょーっと厄介だからね〜」
「ウソばっかり。本当はワザと"刹那姫"を怒らせようとしてたでしょ…」
クローリーはフェリドの行動の意図を少し読み取り、ため息をつく。
しかし、フェリドは彼の小言を気にせずに注射器を手に取る。
恐らくその注射器が鬼化を止める薬なのだろう。
「さあ、本題に戻ろっか。誰が最初に"助けてくださいフェリド・バートリー様"って言うのかな? 言わなきゃ助けてやんなーい」
『………………』
皆が困惑する中でシノアとシノンは目を合わせ、息を揃えながらフェリドの言った言葉を復唱する。
が、途中で軽く肩を押され、
「冗談だよーん。僕は君らの友達になりに来たんだ」
そう言った後にフェリドは与一に少女の−−茜の首が入っている瓶を預かってと投げるように渡し、割らないようにという注意事項を述べてから優一郎とミカエラの元へ歩み寄る。
「残念だね、君たち」
「え?」
「残念、って……」
「彼と付き合うのは大変だよ」
クローリーの言葉に目を丸くさせていると、ミカエラは徐々に近付いてくるフェリドは来るなと威嚇する。
「落ちついて。優ちゃんを助けたいだけだよ〜」
「おまえが暴走させた」
「だから責任取って助けるよ。このままじゃ彼は鬼になる」
「ふざけるな!! 優ちゃんには触らせないぞ!!」
何を言っても警戒を解かないミカエラに、フェリドはタイミングを図ったかのように注射器を見せる。
「中身はなんだ」
フェリドはにこやかな表情で「危ない薬さ」と答えた。
「あ…でももう遊んでる時間ないや。打つよ」
「させない」
フェリドを止めるべく剣を抜いてすぐ前に出るミカエラ。
だが、瞬時に現れたクローリーに攻撃を阻まれた。
「じゃあ、優ちゃんは僕がいただきまーす」
「くそっ!! 優ちゃん!!!」
「フェリド・バートリーッ…!!」
我慢の限界を超えたシノンもフェリドの元へ行こうとした。その時、
「止めなさいシノン」
「っ!?」
真音と同じ濃紺の髪が視界に映り、助走するはずの足を止める。
そんなシノンを止めたその人物は……。
「……姉、ちゃん」
真音の目にも、紅い瞳を哀しげに揺らしている依音の顔を捉えていた。