祈りのダイショウ






「シノノン…」

「………」

あの後、フェリドの言うことを聞くがままにクローリーが運転するバスに乗り込むことになったシノア隊。
その最中、真音はあの時以降全く言葉を発さなくなったシノンを案じる。

「シノンさん、あれから何も喋ってくれないね……」
「…アイツの、せいだ」

真音は彼女をあのようにした張本人、フェリドに鋭い視線を向ける。
しかし、フェリドは気付いているのかいないのか、変わらず飄々とした態度を取る。

「楽しいねー、まるで遠足に行くみたいだ。お弁当もたくさん積んでるし」
「お弁当ってオレたちのことじゃないだろな」
「それはちょっとイヤだなぁ…」

君月に続き、知人も嫌そうに少々眉をしかめる。

「…おいシノア。ほんとにこのバスに乗ってよかったのか…?」
「でも他にやりようが…。死体ですが、人質もいますし…」

与一が抱えている茜の首を一瞥してから、「いまの私たちじゃ逃げ切れません」と続けて話す。

「優さんの薬もいりますし…《終わりのセラフ》の情報も聞きたい」
「甘いね。僕たちがそう考えるよう、フェリドがコントロールしてるんだ。僕たちは既にあいつのゲームの中だ」
「そんなに奴は頭がいいのか」

鳴海の問いにいや、と答え、それに加え「おまけに異常者だ。奴だけには関わりたくない」と不快そうな表情を浮かべながら述べる。

「そうなんだなぁ……。何となく思ったけど、オレアイツのこと苦手かも…」

知人の一言に殆んどの面子が驚愕し、特に三葉・シノア・真音といった彼をよく知る者は咄嗟に顔を見合わせた。
彼は基本的には人懐こい性格だ。
だからこそ、彼が苦手と思っている人物程相当の何かを含んでいることが多い。
具体的な例として、シノン・シノアの兄である暮人がそうである。
そんな時、鳴海はフェリドに声を掛けられ…

「茜ちゃんと同じで、死んだ君の大切な仲間−−−秀作君、鍵山君、弥生ちゃん、利香ちゃん。四人の死体も僕がちゃ〜んと拾って瓶詰め保管してあるから、安心してね」

その言葉に鳴海は形容し難い感情で呆然とする。
フェリドはそんな彼に興味が薄れたのか、

「あ、それと…五士 知人君」
「! オレ……?」

今度は知人に呼び掛ける。

「そうそう、君の隊……。確か、皆本隊っていうんだっけ?」
「!? まさ、か…」

分かりたくなかった。
しかし、分かってしまった。
フェリドが次に何て告げるのか−−−。

「そう、そのまさか。九鬼 愛紗ちゃん以外の皆は名古屋空港で死んじゃったけど、ちゃーんと拾って秀作君達と同じように…「てめぇえええっ!!!」
「知人っ!?」

言い切る前にその胸倉を掴み、怒りを込めた拳を作る。

「おや〜? 人の話は最後まで聞きましょうって教わらなかっ「黙れよっ!! 何でっ、清吾たちまでっ…!!!」
「やめろっ! 知人!!」
「っ……!!」

三葉の叫びで我に返り、苦虫を噛んだ表情を浮かべながら手を離す。

「ほら、こうなる。人質が増えた」
「もしも秀作君たちが蘇生した時、体が欠けてたら大変だからさ」
「おまえはどこまで…!!」
「っ、クソッ……!!」

「……知人、君。鳴海…さん」

様子が変化したことに気が付いたのか、遠くにあったシノンの意識が戻った。

「!! シノンちゃん!」
「シノノンッ!」
「…わた、し」

その視界に真っ先に映ったのは、まだ眠りに就いている優一郎だ。

「……っ」
「…大丈夫だよ、シノンちゃん」

心境を察したミカエラは彼女の左手を優しく握り、ほんの少し目を細めながらその顔を見る。

「う、ん……」

安心したのか、同じように目を細めながら頷いた。

「…話を進めよう。《終わりのセラフ》について教えてくれるんだろ? 早く教えろよ。蘇生とはなんだ?」

一瞥しながらシノンの意識が完全に戻ったのを確認した君月はフェリドに問い質す。

「話なんて聞いても無駄だ。全部こいつの遊びだ」
「……」

皆の視線を浴びながらも、フェリドは平然としたまま返答する。

「ふふ、気になるよね。妹の未来ちゃんのこともあるしね。でもあと五秒待とうか。そろそろ優ちゃんが起きるから」
「優君、が……」

シノンが複雑な気持ちを抱き始めてから五秒経ち、

「優さん!!」
「優!!」
「優君!!」

フェリドの言う通り、ようやく優一郎の目が覚めた。

「良かった、優君…。……」

皆が優一郎に呼び掛ける中、シノンだけはそれを躊躇い動けずにいた。
新宿攻防戦後のときと状況が似ているが、今はそれ以上の大きな理由を抱えてしまっている。

フェリドの言うことが正しいのであれば…本来の自分は死者だ。
しかし、"黎明姫"の先祖返りとして覚醒し、こうして生き長らえている。
受け入れるのに時間が掛かってしまったが、ようやく自分の状態を把握できた。

自分は皆と関わるべきではない。
今ある感情は全部嘘なんだ。
名古屋で聴こえたあの声の主が言っていたことは、本当だった……。

「俺…そうか。また暴走して…。ごめんミカ」
「いいんだ。優ちゃんのせいじゃない」
「みんなも。…? シノン?」
「っ……!」

皆に顔を向けていたはずの優一郎がこちらを向き、咄嗟に腕で顔を隠す。

「どうしたんだよ、そんなことして」
「………」

今の自分は彼の目にどう映っているのだろう。
そう考えながらも、腕を下げることなく息を潜めるように噤む。

「優ちゃん、シノンちゃんは…」
「……」
「っ、わ………」

彼女自身が告げるには荷が重いだろうと思ったミカエラが説明しようとしたが、それより早く優一郎は窓側にいる彼女の傍へ近寄り、何の前触れもなく優しく抱き寄せる。

「また、嫌なことでもあったのか?」
「あ、う…っ。私、は………」

彼に伝えられる良い言葉が浮かばず、徐々に俯いていく。

「いやぁ、見せ付けてくれるねぇ王子様」
「あ……?」
「君は眠っていたから、さっき皆に話した眠り姫様の真実を全部知らないもんね」
「眠り姫様? 誰のことだよそれは?」
「君の腕の中で震えているその子だよ」
「! シノンが…?」

シノンの方を向くと、本当に彼女は震えていた。

「……私。もう、人間じゃ…なかった」
「…!?」

ようやく口を開いた彼女の一言に驚愕し、次の言葉を無くす。

「人間じゃない、って…何言ってんだよ?」
「………」
「どうやら、それ以上は自分から話したくないみたいだねぇ。僕が代わりに言っても良いかな?」

何かを含んだ笑みを浮かべるフェリドを一瞥し、小さくだが肯定の頷きをする。

「ということで、な〜んにも彼女の秘密を理解していない君の為に分かりやすく説明するよ」

戯けるような言い草に少し苛ついた優一郎だが、フェリドがシノン達に話したのと同じ所を話している途中、茫然とした表情に変わっていた。

「シノンが、鬼の…」
「…優君。お願い、もう離して……」

話が終わり、彼がどういう言葉を述べてくるのかという怖さから離れてもらうよう言う。
だが、彼は離れるどころかより強く抱きしめる。

「…あの人が言ってた通り、私は鬼の先祖返りで、もう人間じゃっ……」
「関係ねえよ。俺の目の前にいるシノンは間違いなくシノンだ」
「優、君っ…」
「例えおまえが何であっても、俺は家族を見捨てたりしない。何があっても、おまえを守ってみせる」
「うん……っ」

その瞬間、シノンは抑えていた感情を出し切るように大粒の涙を流し、優一郎の胸元に顔を埋める。
その様子を終始見守り、一安心するシノア隊や鳴海、知人。そして……

「やっぱり、シノンちゃんは優ちゃんを……」

ミカエラは誰の耳にも入らぬ大きさで呟き、一瞬だけ瞳を揺らす。

「…グレンは、シノンの命を狙ってる可能性があるのか?」
「!!」

シノンの涙が収まった時、優一郎は睨み付けながらフェリドに問い掛ける。しかし、

「さぁ、どうだろうねぇ?」

「あはは、グレングレングレ〜ン。仲良しだね。そんなに聞きたい?」

敢えてなのか、彼は答えを示さず再び何かを含んでいるような表情を見せた。

「ああ、早く話せよ。あいつは何かに巻き込まれ、何に取り憑かれている?」
「……っ」

優一郎の問いにシノン達が息を呑む中、質問されたフェリドは……

「ん〜、じゃあ話はそこから始めようかなぁ。これも《終わりのセラフ》の話だしね」

人差し指を唇に翳しながらそう言い、その唇が次に発したのは−−−。

「彼は…仲間に取り憑かれてるんだよ。大切な仲間の、死に」
「大切な、仲間の……。っッ!?」

シノンの頭部に強い激痛が走り、それと同時に視界が揺らいでいく。

「な、にッッ…?」

何故なのか分からない。
けど、この先を聞いてはならない気がする。
−−否、"思い出してはならない"。

「…一体どういうことだ」
「八年前、彼にはとても大切な仲間がいた。命を共にする仲間だ。名前は確か…柊 深夜、五士 典人」
「! 典人兄ちゃん…」
「あぁ、君は五士君の弟だったっけ。似てないよねぇ君たち」
「……」

普段から言われているが、フェリドに言われたとなると釈然としない知人は口を閉ざした。が、

「話が逸れちゃったね。さて、続けるとしよう。えーっと後は…十条 美十、花依 小百合、雪見 時雨。だが、みんな死んだ」
「なっ−−!?」

信じ難い一言を告げられ、開いた口が閉じれなくなった。

「え…ちょ、ちょっと待ってください。そんなはず…」
「(やめて、まって……。それ以上、言わない、で−−−)」

そう願うシノンの心の声は届かず、フェリドはシノア達を見遣りながら話を続ける。

「いや死んだ。で、蘇生された。だけど、この世界で生命の蘇生は許されていない。心の狭い神様はお怒りだ。代償は大きい、とても凄いよ。一体、何が起きたと思う?」

答えが瞭然としている問いを投げられ、全員顔を見合わせた。
蘇生した代償、それは−−−。

「世界中の人間がウイルスで死んだ。一瀬 グレンはずっと、その罪と罰に独り取り憑かれている」
「やめ、て………っ」

フェリドの言葉を聞きたくないと、シノンは途中で耳を塞ぎ首を横に振り続けた。
それは無意識の自己防衛。
−−当時の記憶が蘇らない為の手段だ。

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