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「ふぇっぶしっ」「……お前さんさぁ」びゅうと吹き込んだ北風に、片方はくしゃみを、片方はため息を、それぞれ吐き出した。「うるさいなぁ」「まだなんも言っとらん」恋人のどうにもかわいくないくしゃみを咎めようとする仁王の気持ちも分かるよ、とわたしはひらひらと手を振る。鼻をかんでから「いいでしょ、セックスのときはかわいく鳴くし」と言ったら「そういうことじゃなか」と、仁王はまたため息をついた。「ま、ほんとかどうか試させてもらうぜよ」呆れて垂れていた頭をゆっくり持ち上げて、色素の薄い仁王の瞳がじりと近づいてくる。その薄いくちびるが、かわいげのないわたしのそれを封じた。「ん、」さっきクローゼットから出したばかりのパーカーは、まだ仁王のにおいに馴染んでいなくて、わたしはそれをぎゅっと握った。「くち、あけて」顎に添えられた手から、彼の親指がわたしの下唇を押す。「ひゃい」口の端から唾液が垂れて骨張った彼の手を汚して、それを舐めとってくちづける仕草はきたなくてきれいでエロチックだ。窓が鳴る。強くて冷たい風がわたしたちの間を駆け抜ける。
「へっくち」思わず体を離しながら、わたしの恋人はかわいいくしゃみをした。「仁王は、かわいく鳴けたね」「お前さん、いまからぜったい泣かす」彼が鼻をかんだティッシュがボレーよろしくきれいな放物線を描いてゴミ箱に落ちるのと、わたしの背中がソファに沈められるのは、ほとんど同時のことだった。
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