駆ける、駆ける、駆ける。
馬より速く、肺が破れそうな程に。
庇った際に負った肩の傷など痛みすらない。動くなら早く、できる限り内密に。
「あれ、利吉さん」
「やあ、乱太郎」
学園に入るや否や出くわした顔になんでもない笑顔を向ける。
「父上はどちらに」
「山田先生なら、今お部屋に居らっしゃると思います!」
元気いっぱいの笑顔にほんの少しの罪悪感を心に埋めながら頷く。
「ありがとう」
礼を伝えて部屋の前へと歩み寄る。
部屋の前に座すと話し声が聞こえてきた。声から察するに半助もいるのだろう。
「父上」
「利吉か、入れ」
「失礼致します」
一礼して中に入る。扉をきっちりと閉めてから座り直して伝蔵と半助の顔を見た。
「…利吉ではないな」
伝蔵が瞬時に闘気を放つ。頃合かと変装を解いて見せた。
「辰弥さん?!」
半助の驚いたような声が上がる。今はそれどころではないと頭を低く床に擦り付けた。
「申し訳御座いません。大切なご子息をスギヒラタケ城に捕らえさせてしまいました」
「…そうか。頭を上げなさい。何、忍務の事であれば仕方あるまい。あやつも解ってのことだろう」
伝蔵の言葉に居直ってこれまでの経緯を話そうと口を開いた。
「我々は兵糧を集めているスギヒラタケ城を探っておりました。利吉君は別で依頼を受けたとの事で」
「何処に攻め入ろうと?」
半助の顔が一層険しくなる。
「スッポンタケ城です。しかし準備の段取りが思わしくないようで」
「成程、尚更気が立っておる訳だな」
伝蔵の言葉に頷く。
「有事の際に備えて我々は姿を交換しておりました。相手方は捉えたのは鬼城の辰弥だと思っている筈。そこで至急伝蔵殿にお伝えしなければと馳せ参じた次第です」
ふう、と伝蔵が息を吐いた。
「お前さんの仕事モードは中々慣れんな。いつも通りで構わんよ」
「…では失礼して。私の力が足りないばかりに申し訳ない。力を貸して貰えないだろうか」
改めて頭を下げると半助が僅かに目を細めた。
「怪我を、しているんですね」
流石に学園の教員のともなれば気がついたらしい。気にしないようにしていても引き攣ったり無意識に庇ってしまうところは注意深く見ていればわかることだ。
「多勢に無勢だったし想像以上に追っ手がしつこくてね。フリーの忍者は兎も角、他城の忍頭をどうにかはされないとは思うんだけれど…それでも、早く戻らないと」
気が逸っているのは間違いない。忍び込んだ捕虜が捉えられたとなればどんな扱いを受けるか分からないからこそ気が気ではないのだ。
「落ち着きなさい。事情は分かった。学園長先生に相談しよう」
伝蔵の落ち着き払った静かな言葉に唇を噛みながら頷いた。

**

不意に目が覚めた。
どうやら気を失っていたらしい。
当たりを見渡す、牢屋に連れてこられたようだ。
身動ぎをすると腕が動かない。縛られて居るのだろう。
彼は逃げ仰せたのだろうか。あの人の咄嗟の判断で取り替えて変装したのが幸をなした。
本来ならフリーの忍者など殺されて捨て置かれたかもしれない。それでも自分を庇った彼を守るために身体が勝手に動いたのだ。
「起きたか。貴様鬼城の忍頭だそうだな…一体何用だ」
牢屋の前に居るのは中々の地位の者らしい。豪華な身なりに目を細めた。
「…この辺りできな臭い動きがあると聞いてね、少し調査に入らせて貰っただけだ。逃げた仲間が援軍を連れて戻ってくる、早く私を解放した方がいい」
彼か向かうなら恐らく鬼城よりも忍術学園だ。殺されないうちは情報をより多く引き出すに限る。
彼ならもっと上手くやったかもしれない。けれど、彼の為に忍術学園は動かない。
かといって鬼城を動かすとなると戦になる。その兼ね合いで辰弥も粘らずに引いたのだろう。
「…くノ一か?」
「さあ、どうかな。縄を解いて確かめてみるかい?」
押し黙った男は踵を返してどこかへ行ってしまった。
縄抜け出来ないほどに強く縛られた手首を揺らす。今頃彼はどうしているだろうか。
「待ってるだけも性にあわないな」
看守の目を盗んで手甲に仕込んだ針を出す。縄に針をさして少しずつねじって行く。
体の怪我も大きなものは無い。辰弥の怪我の方が心配だ、途中で捕まって居ないことを願いながら牢屋の明かりに視線を投げた。

**

学園としては、大きく動けないが縁のある者として山田伝蔵と土井半助を遣わせるという話を学園長と取り纏めることができた。
怪我を負った忍者単独で忍び込むより余程いい。
一旦は現状を部下の忍達伝えて鬼城に一報入れる。
「今のは?」
利吉に返送した辰弥に問うと、辰弥は利吉のような声特徴で話し始めた。
「辰弥さんの部下です。織之助さんなら上手くやるでしょう。あとはあの人を取り返すだけです」
伝蔵に声をかけられて振り返ると妙な顔をされた。
「慣れんな」
「慣れてくださいよ父上。暫く共に動いて頂くんですから」
伝蔵はやれやれと首を振って肩を竦めた。
「いやぁなに、案外よく見ておると関心したんだ。最初に気付いたのは足音がなかったからだ。そうじゃなければ私も見抜けまいよ」
「変装の基本は観察ですからね」
嫌という程共にいる彼だからこそこの精度で変装ができると伝えれば、彼はどんな顔をするだろうか。
「っ、こら!お前達!」
遠くで半助の声がして二人同時に振り返る。
「出張のお土産まってます!」
「美味しいものがいいなぁー」
「あれ、利吉さん。山田先生達と出られるんですか?」
どうやら乱太郎、きり丸、しんベヱが半助について来てしまったらしい。
「ああ、ちょっとね」
「もしかして忍務っすか?」
「お前達、そう詮索するもんじゃないよ」
伝蔵が嗜めても元気いっぱいの良い子達の勢いは止まらない。
「だって僕達きになります!」
「怪我しないで帰ってきてくださいね」
乱太郎の言葉に半助がこちらを見る。
「利吉君、怪我の手当はいいのかい?」
一刻の猶予も惜しいと頷くと三人組の目が見開かれた。
「えっ、利吉さん怪我してるんですか?!」
「なら早く保健室に…!」
「今回の仕事は急ぎなんだ。乱太郎、終わったら必ず来るから準備をして待っていてくれないか?」
腑に落ちない表情の優しい少年はその言葉に大きく頷いた。

「半助、乱太郎達の前で怪我の話はまずいだろう」
「すみません。小さな怪我ではなさそうなので気になって」
気持ちで押さえつけてはいるが怪我を庇う動作が気になるのだろう。
「土井先生は私の身体が気になると言うことですか?」
「その顔と声で変なこと言わないで下さいよ…」
冗談で混ぜっかえすと半助は観念したように肩を落とした。
「手負いでも足は引っ張りません。お二人のご協力、感謝します」
此処からは笑い話を言っては居られない。間もなくスギヒラタケ城に入る。
「牢の場所は私が」
「頼んだぞ。半助」
「いつでも行けます」
顔を見合せて各々城内に入る。牢屋の位置はある程度特定した。あの立地なら裏から忍び込める筈だ。伝蔵と半助が屋根伝いに牢屋の入口の方へと回る。
「大丈夫かい?」
天井裏から声をかけると丸く見開かれた瞳が顔を上げた。
「来てくれたんですか」
牢に降り立つ。門番は気付いていないようだ。
手を縛る縄は解けかけていて、針が刺さっていた。クナイで縄を切って針を返す。
「約束したからね。しかし君という子は…直ぐに助けに来るって言ったのに」
「待ってるだけが性に合わなかっただけです」
見た限り捕まった際に負った怪我以外は増えてないようだ。足首の怪我を庇うために肩を貸す。
「いくよ」
「はい」
勢いよく天井まで飛び上がって天板を戻す。
「ふふ、自分の顔が前にあるのはおかしな感じだな。今のうちに戻っておこう」
耳を澄ませば合図が聞こえる。二人が退路を確保してくれたのだろう。
「おひとりですか?」
「まさか。君のお父上と兄上も一緒だよ」
変装を解いて汚れた頬を拭うと、くすぐったそうに目が細められた。
「うん、元通り男前だ。早く出よう。忍こそ少ないが此処は兵が多い」
「…はい!」
利吉を先導させて後に続く。
「利吉…!」
屋根裏を出た所で伝蔵が声を上げた。
「父上…ありがとうございます」
「伝蔵君、利吉君の着地任せたよ」
「もう元に戻ったのか」
「ええ。利吉君は足を負傷しているので頼みます。さて…耳聰いな、相手方に気付かれたようだ」
兵士の声が上がる。直に此処も見付かるだろう。
「早く此方へ!」
半助の声に向かっていく親子の殿を務めながら走る。この塀を越えれば身を隠せる筈だ。
ならば彼らが逃げられる隙を作らなければ。
闇夜に乗じて別の門の方へと駆けて、煙玉と焙烙火矢を撒いて撹乱させる。どうやら彼らは無事に逃げ仰せたらしい。
「此方です!」
視界の端に凛と繕の姿を捉えて、導かれる方へと跳んだ。

**

忍術学園に帰ってくる頃には朝日が登り始めていた。
「辰弥さんと、はぐれてしまいましたね」
「なぁにアイツのことだ、もうひと暴れしとるんだろ」
父に肩を借りながら忍術学園の門をくぐる。流石に早朝ともあれば秀作の姿は見えない。
「あれ、先生方、利吉さん…今お帰りですか?」
「乱太郎、随分早いな」
まだ寝ぼけ眼の少年はくすぐったそうに肩をすくめた。
「何となく寝付けなくて…あっ!利吉さんの手当をする約束でしたよね?準備していますので保健室にどうぞ!」
伝蔵と半助の顔を見ると二人ともなんとも言えない笑みを浮かべている。
「ほら、辰弥さんが」
「…なるほど、ここまで見越されていましたか」
学園長に報告に向かった伝蔵の代わりに半助が利吉に肩を貸して保健室へと向かった。
「あれ、でも利吉さん出る時は足なんて怪我してませんでしたよね?」
包帯を器用に巻いていく乱太郎に利吉は思わず苦笑いを返した。
「あれは私じゃ無かったからね」
「へー!なるほど、そうでしたか。…え?えええ?!」
乱太郎が目をまん丸に見開いた。
「山田先生も土井先生もいらしていたのに?!」
「あれは私に変装した辰弥さんだよ」
「全然気付きませんでした」
「無理もない、山田先生すら分からないって仰ってたくらいだ」
そんな会話を聞いていたのか半助が微笑む。
「利吉さんのことよくご存知なんですね」
「そう、かな」
自分は上手くあの人を演じていた自信はないのに。自惚れてもいいのかな、等と良くない感情が芽生えてくる。
「失礼します」
がらりと保健室の戸が開いた。
「辰弥さん!」
「お土産を持ってきたよ」
利吉に投げて寄越されたのは書状だった。
「お土産?どんなですか?」
乱太郎が顔を覗かせる。
「スギヒラタケ城が戦を諦めたと」
「城主から部下に公布されたあとのそれを拝借してきてね、戦の体制を解くそうだ」
半助の目尻が下がる。
「良かった」
「あ!辰弥さん、怪我してるって言ってませんでしたか?」
「おや、乱太郎は私の手当もしてくれるつもりだったのかな?」
「えっと、それは…」
辰弥が顔を近づけると乱太郎は顔を真っ赤にした。
「城で手当を受けてきたから心配はいらないよ。君は約束通り利吉君の手当をしてくれたじゃない」
「それはそうなんですけど…」
釈然としなさそうな乱太郎の頭を利吉は優しく撫でた。
「助かったよ、流石保健委員だ」
「はい!」
乱太郎の笑顔に皆つられて微笑む。
「半助君、この件大川君にも報告したいんだけど」
「既に山田先生が。辰弥さんもいらした方が良いでしょう、お連れします」
半助に連れ立って出て行った辰弥の背中を見送って、利吉は息を吐いた。
「では、私はこの書状を持って依頼主のところへ」
「まだ駄目ですよ、もう少し安静にしていてください」
乱太郎に止められて肩を竦める。確かに昨夜は寝れて居なかった。少し休憩しても支障はないだろう。
「ならお言葉に甘えて休ませてもらおうかな」
「はい!あ、私は授業の準備があるのでこれで」
「うん、ありがとう」
乱太郎を見送って横になると一気に眠気が押し寄せてきた。気を張っていて疲れたのだろう。迫り来る睡魔に抗うことなく意識をそっと手放した。

「…あれ」
ふと目が覚める。見上げた先にはよく知る顔があった。
「本当に馬鹿だね、私を庇うなんて」
「捕まったのが私であれば忍術学園の手を借りやすいでしょう」
「君を危ない目に合わせたいわけじゃない」
この人はいつもそうだ。自分を危険から遠ざけようとする。初めて会った日もそれを目論んでいたように思う。
手を伸ばして頬に触れる。振り払われるかと思ったのに、手に頬が擦り寄った。
「君は矢張り私に関わらない方がいい」
「今更ですよ。そんな顔されては期待してしまいます」
身体を起こして唇を重ねる。想像以上に落ち込んでいるのか、言葉数も心做しか少ない。
「君に生きていて貰わないと困る」
「なら傍にいて下さい」
「…嫌だよ」
悲しげに歪められた眉に胸が押しつぶされそうになる。
「私は帰る。君は養生して行くといい」
最初に自分を庇ったのは紛れもなく辰弥だというのに、またなんでもない顔でそんな事をいう。
「本当に治療してもらったのかちゃんと今度確認します」
「来なくていいよ」
つれない言葉と共に立ち上がる彼が惜しくて引き止める言葉を探してしまう。
「強く、なりますから。貴方も自分も守れる程に」
「…自分の身は自分で守るよ」
閉まった障子にはあと息を吐く。今更になって傷を負った足がじくじくと痛み始めた。
彼も同じ痛みを抱えているのだろうか。
外からは子供達の元気な声が聞こえ始める。まだ微睡みに浸っていたくて、再び瞼を閉じた。

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