とある染物屋の人手が足りないという噂を掻き集めて暖簾を潜る。
既に複数の女性が家の土間で待機している異様な空間。そこに見知った顔を見付けて、何とも面倒だと顔に出さずに息を吐いた。
「あっ…!」
運悪くあちらも気付いてしまったらしい。無理もない、もう少し気合を入れた変装でも良かったかもしれない等と身にもならない後悔をしていると、先程まで話をしていたらしい奥方が首を傾げた。
「あら、知り合い?」
咄嗟に矢羽音を飛ばす。今から起こす行動をそのまま受け入れるようにという指示めいた内容の返事が来る前に此方から駆け寄った。
「利子姉さんっ!」
元気いっぱいに笑顔で飛び付く。
「あらあら、元気ねえ」
奥方はにこにこ笑ってこちらのやり取りを見ている。
「姉さんも此処でお仕事ですか?」
「え、ええ。辰子もそうなの?」
そういえば特に名前を決めてなかった。今の名前が男女関わらないものではあるが、彼が付けてくれたのならそのまま使わせてもらおうと微笑む。
「はいっ!まさか、こんな所で大好きな姉さんに会えるなんて思ってもみませんでした」
もう一度抱着くと心の臓が五月蝿いほど動いている。利子、こと山田利吉。彼も調査の為にここに来たのだろう。
この染物屋に来た女性は、帰ってこないという。
人身売買の隠れ蓑か、或いは売春の巣窟か。
タソガレドキ領内とはいえ運ばれる先は上手く偽装されていてわからないらしい。
「姉妹なの?」
「いえ、従姉です。稼ぎのいい仕事があると聞いて出稼ぎに来たのでこの辺りのことは詳しくなかったのですが、姉さんが居るなら安心ですね」
奥方に笑顔を振り撒いてから利子を見上げると戸惑いの隠しきれない笑みを作っていた。
「ええ、今日の説明が終わったら一緒に買い物に出ましょう」
程なくして仕事の説明をすると一人の男が奥から出てきた。
簡単な染めの作業をする係、布を干す係、あとは作業員の賄いを作る係と大きく仕事は三つに別れるらしい。
「賄いの係は此方で選別させていただきます」
町人に化けた丸いサングラスのドクタケ忍者がそう告げた。
(賄い係が本命ですね)
利吉からの矢羽音に目を伏せる。相手も忍者だ、内容は分からずとも此方の音に気付かれては元も子もない。
後ろにいた男に、利子と同時に肩を叩かれる。
「君達は賄い係だ。さ、着いて来なさい」
サングラスの男について行くと別の家に通された。中は真っ暗だが、どうやら荷馬車のようなものがある。
利子を除いて他に二名。どちらも見目のいい子達だ。
「ここで少し休憩していてくれ」
促された場所に座ると香のような匂いがすることに気付いた。記憶が正しければ、これは眠りを促すものだ。
(辰弥さん)
暗がりに目が慣れてきた所で毒耐性が無さそうな隣の知人を見る。
(眠りの香だ。私には効かないから寝ているといい。何かあれば起こすよ)
小さく頷いて肩ががくんと重たくなる。転がって寝ればいいものを何故こちらに体重を預けるのかと不思議に思いながらも、確かに座って寝たフリをするのは直ぐに動けていいかもしれないと思い直す。
部屋の外にいる男の声がする。
「前にいた二人、従姉妹同士と言ったか。中々良い見た目をしているな」
大して似てもいないのによく信じたものだ、などと思いながら瞼を閉じる。
暫くして外から人が入ってくる気配がした。
身体が抱き上げられて、藁の上に寝かされた。
「よし、運び出せ」
男の号令と共に荷馬車が動き出す。なるほど、足が付き難いのもこうして日中に荷馬車で運び出して居たからだろう。時折馬の首を振る音が聞こえる。御者の気配はひとつだけだ。
──さて、何処へ行くやら。
今なら御者を懐柔できるが目的地にたどり着かねば意味が無い。
今のうちにと隣でスヤスヤと眠る知人の頬を軽く叩く。
「ん、う…」
「…おはよう、よく眠れた?」
ガタゴトと荷馬車が跳ねる。多少の会話は聞こえはしないだろう。
「辰弥、さん」
腕が伸びて抱き締められた。この状況を分かっているのかと睨みつけてもどこ吹く風だ。
「久々だったので、つい」
「寝惚けてないでしっかりして欲しいな。…馬の速度が落ちた。目を閉じて」
目を伏せると唇に何かが触れる。紅が寄れたらどうしてくれようか。
門のようなものの前で止まっていたらしい荷馬車はまたゆっくりと動き始めた。
「女性達は台所に向かわせろ。今日の賄いを作って貰うぞ」
稗田八方斎の声がする。走行距離で察するとまだドクタケ領に入ったばかりの頃合だろう。という事は、この辺りに陣を敷いている可能性がある。
(ドクタケから連れてくるよりタソガレドキから攫って来た方が早いって事か)
(戦の準備を内々でしているみたいですね)
とはいえタソガレドキにはとっくに知れ渡って居るだろう。黒鷲隊の押都長烈はこんなに解りやすい違和感を見落とす程生易しくはない。
──昆奈門君…やってくれたな
辰弥を便利屋だか何かだと思っているんじゃないだろうか。この件が終わったら報酬をたんまり貰わなければ。
攫われた女性達が人質の役割をしており、そこにタソガレ忍軍が救出に向かえばドクタケは理由をこじつけて戦を始める手筈なのだろう。女性達は望んで働きに来ている人達だ。言い逃れは何とでもできよう。
荷馬車が止まる。奥から女性の声が聞こえてきた。女性達は思ったよりも悪いようにはされておらず、本当に食事を作らされているだけのようだ。
発覚が送れたのは染物屋で働き出した女性全員が行方不明という訳ではないからだろう。
(十…後ろも合わせて十二は居るね。利吉君、荷馬車は扱える?)
(少しなら)
なら、自分のやるべきことは明白だ。
(利吉君は人質と荷馬車を。私は彼女たちをここに誘導する。上手く隠れておいて)
(…危ない真似はしないで下さいね)
荷馬車が止まると同時に外を伺って利吉が滑りでた。
自分を含めて三人が荷馬車から運び出される。
「聞いてた人数より一人足りなくないか?」
「途中で落ちたりしてないよな…?」
確認に戻ったドクタケ忍者二人。稗田八方斎は既に場所を移しているらしい。
女性達は新しい仲間に眉を寄せた。
「いつになれば帰れるの…?」
「たしかに、ご飯だって寝床だってあるけど…これじゃ…」
寝ぼけ眼を軽く擦ってゆっくりと目を開く。
「…あれ、ここは…?」
目を覚ますフリをすると、女性達がわらわらと覗き込んできた。
「大丈夫?」
「あなた攫われて来たのよ」
「えっと…お姉さん達は…?」
先ずは情報収集だと案じる声を遮って問うと、やはり皆染物屋のアルバイトを見かけてきた者ばかりだった。
「どこに連れてこられたかも分からないし、どうやって帰ればいいか…」
確かに眠らされて連れてこられたのだから帰り方も分からないだろう。
夜道に迷って獣の餌になったり飢えたりするよりはここに留まる方が幾分か身の安全は保証されている。
「実は私、お姉さん達を助けに来たんですよ」
得意げに微笑むと彼女達は顔を見合せた。
「ど、どうやって?」
「外の荷馬車を拝借するので、お姉さん達はこうして貰えますか?」
声を潜めて彼女達に小声で案を伝えると、皆真面目に内容を聞いてくれた。中々の才女揃いのようだ。
「では、作戦通りに」
出入口の見張りは二人。中を見張る者は居ない。
他の建屋にも人の気配があるが一先ずはこの土間から出ることが先だ。
「ね、ねえちょっとアンタ…!」
賄いを作り終えて夜の帳が降り始めた頃、一人の女性が入口の忍者に声をかける。
「奥から煙が出てるんだよ!火事じゃないかい?ちょっと見てきておくれよ!」
見張りの二人は顔を合わせて中に入ってきた。奥からは僅かに煙。そろそろ大きくなる頃だ。近付けば一瞬で眠りの底だろう。
皆に手で合図をして外へと出る。いつの間にやらドクタケ忍者に扮した利吉が荷馬車をの近くで控えていた。
「皆さん、この中に!」
藁を敷いた荷馬車の中に女性達が乗って行く。来た時と同じように麻の布を被せれば何が入っていても解らないだろう。
(そっちはどう?)
(あちらの建物の中には稗田八方斎とドクタケ忍者が五人ほど)
(バレずに出られるなら構わなくていい。問題はあの門だ)
見張り台に忍者が控える簡易的な門があるために開けさせなければいけない。
(利吉君、脱いで)
(…は?)
(ドクタケの忍び服を貸して。君は荷馬車の御者の格好で荷馬車を率いて門まで来て。何時でも出られるようにね)
(…分かりました)
一旦服を交換してドクタケの忍び服に袖を通す。
着替えてすぐに門の方へと駆け寄った。
「おおい、交代の時間だ」
「随分早いな」
見張りの忍者が首を傾げる。
「実は今日連れてきた女性がいい茶葉を持っていて皆んなに振る舞いたいって言ったんでな、茶葉を貰ってついでに交代しに来た。悪いが八方斎様達にいれて差しあげてくれないか」
小袋に入った茶葉を差し出すと、ドクタケ忍者は嬉しそうに頷いた。
「たしかにいい香りだな。心得た」
「あと荷馬車を染物屋に返さないと次の便が来れない。門を開けておいてもらえると助かる」
「ああ」
ドクタケ忍者の背中に手を振る。
程なくして門が開き、控えの部屋として使っているらしい建屋に入っていくのが見えた。
利吉に合図をすると荷馬車が動き出す。音を聞いて飛び出して来る者はいない。
──思ったより威力が高いみたいだね、あのお香は
相手に使った香を自分達が味わうのはどんな気持ちだろうか。そんなことを考えながら見張り台から地面に降り立つ。荷馬車が通ったあとの門を律儀に閉めて軽く飛び越えた。
「ふう」
「お疲れ様でした」
「利吉君も。思わぬ徒労だったなあ」
利吉の隣に腰をかける。彼は寝ていたから道までは分からないだろう。
「ここは右ね」
「分かりました。ちゃんと女性を救えたんですから徒労ではないでしょう」
ゆっくりと馬が右に曲がり始める。
「依頼主に上手く転がされたのが気に食わないだけだよ、気にしないで」
「…あなたが居て助かりました。私の依頼主は娘さんを探していたそうで」
「ま、そうなるよね」
物分りのいい才女が多かったから良い所の出のお嬢さんも居ただろう。何ら不思議ではない。
「今日は一緒に仕事が出来て良かったです。学ぶところも多くありました」
「大袈裟だな、今日は温い方だよ。そろそろ彼らも出て来るんじゃ無いかな」
梟の声が大きくなる。忍の気配が幾つかすり抜けて行った。
「…雑渡さん、ですか」
「そ。態々私に依頼を寄越すものだから何かと思ったんだけどね」
肩を竦めて笑うと、唇が重なった。
「紅が、付いてます」
「君に移ったんじゃない?」
親指で唇を拭ってやる。
「ほら、前を見て」
「すみません」
馬の走る音と台車が転がる音だけが響く。距離的に間もなく町が見えてくる頃だ。
町に入ると静まり返っていた。染物屋はもぬけの殻らしい。先に雑渡が手を打ったようだ。
「夜半の到着になってしまって申し訳ありません」
荷馬車の布を引いて女性達に声を掛けると、喜ぶ声が至る所から聞こえてきた。
「ご苦労さまでした」
「長烈くん、彼女たちの寝床をお願い出来るかな?」
「組頭から承っております。後はおまかせを」
タソガレ忍軍に連れ立って行く女性達に手を振る。
「さて」
夜の間走ってくれた馬にも、何か礼をしたい所だが生憎何も持っていない。
「ごめんね、ありがとう」
その頭を軽くなでると、馬はブルル、と鳴いた。
「辰弥さんはどうするんです?」
「この時間だし、近い拠点で寝るよ。君も来る?」
ぱちり、と利吉が瞬いてしまったと口を噤んだ。あまりにも気が緩んでしまっているらしい。
「いいのですか?」
「下手に動かれるよりはいいよ。寝床を提供するんだから変な気は起こさないようにね」
この男は時折拗ねたような顔をすることがある。忍たま達には到底見せられないだろう。
「君も疲れてるだろうからさ、ちょっとゆっくり休もう」
拠点とは言っても大半が荒屋だ。その点タソガレドキに近い拠点は時折雑渡や押都が使うからかかなり綺麗な家の形を保っている。布団もふかふかだ。
「初めて来ました」
「最近はあんまりこっちの方に来ないからね」
荷物を解いて草鞋を脱ぐ。土間から板間にあがって布団を敷くと、お邪魔します、と遠慮気味な声が聞こえた。
「休憩用だから布団は一組しかない。寝巻も…うーん、寝巻は三つあるし拝借しようか。元は私が教えた場所だし、洗濯くらいはしてくれるはずだ」
押し入れを物色して寝巻を取り出す。使い終わったあとの籠もあるからここに入れておけば大丈夫だろう。
「どうせ明日は朝一で依頼主に報告に行くんでしょう?」
寝巻を利吉にも渡して直ぐに着替えた。
「ええ、まあ。出来れば娘さんがお帰りになるまでには」
「なら早く寝なくちゃね」
布団の中に潜り込むと欠伸が出た。彼は眠らされて居たから案外眠くないのかもしれない。
布ズレの音が聞こえて寝巻に着替えた利吉が布団に潜り込んでくる。
「辰弥さん」
思い切り腕の中に抱かれて眉を寄せた。
「離して」
「嫌です。聞いてください。今回の依頼が終われば数日空けてあるんです。だからこの辺りを一緒に見て回りませんか?」
出会い頭の辰弥の言葉を覚えていたらしい男を見上げて瞬いた。
「利子姉さんがそんなに気に入った?」
「何で女装前提なんですか」
引き攣った顔に笑みを返して背を向ける。
「折角だから案内してあげる。だから早くお休み」
背を抱き留める熱が熱い。こんなふわふわの布団で寝ることが常となってしまえば贅沢が体に染み付きそうだなどと考えながら目を閉じた。
後ろからは既に寝息が聞こえる。薬がまだ残っていたのに耐えていた反動が来たのだろう。
「おやすみ、利吉君」
ぽつりと零して、自らも眠りの淵へと落ちて行った。
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