人気のない街角の筋で女性に道を尋ねられた。
その女性の手元に見えたものに気が付いて少し距離を取る。
「…貴女のような女性がそんな物を人に向けてはいけない」
見目のいい、穏やかそうな女性だ。そんな彼女が明確な殺意を持って、辰弥に包丁の切っ先を向けている。
「う、うるさい…!なんで、なんであなたみたいな人が、利吉さんと…!」
なるほど、これが所謂痴情の縺れというものかと納得する。利吉はいい男だ。こんなにいい女を泣かせるくらいなら、早く彼女を抱きしめてやればいいのに。
「それは、私が聞きたいですね」
早く自分の元を去れと、未来も真心もない忍者と共にいてはいけないと何度も釘を刺したのに、それでも利吉は僅かな合間を縫って辰弥に会いにくる。
「うるさい…!あなたさえ、居なくなれば!」
「ええ、それで貴女の気が済むのなら」
包丁を持つ震える手に自らの手を添えて、腹の辺りに切っ先を当てる。
「あ、あ…」
かたかたと彼女が震える。
良いのだ、これで。彼女の気が晴れるなら、腹に穴が空くくらいはどうということは無い。
「どうぞ、ご存分に」
耳元でそう告げると、ずぷりと衝撃が腹を貫いた。
続いて熱、そして痛み。
「…あ、ああああ…」
ぴたり、ぴたりと滲んだ赤が柄へと伸びて行く。
滴る血に手を染めた彼女は、そのまま走り去って行った。
これで多少の気は落ち着いたのだろうか。利吉まで怪我をするようなことに及ばなければいいのだが。
思ったよりも傷が深いが動けないこともない。
袴の腰紐をより強く締める。あまり動かない方が良さそうだが、忍術学園はこの近くだ。
「…さて」
声を出すと腹に響く。幸い包丁が刺さったままだから、失血を押えられそうだ。
一先ずこのまま忍術学園へ急がねばと痛みに悶える体に鞭を打った。
幸い今日小松田秀作は不在らしい。
誰にも気取られぬように医務室へ足を踏み入れると、校医の新野先生が、辰弥を見るなり目を見開いた。
「…早く横になってください!」
こくりと頷いて身体を横たえる。腹に包丁を刺したまま訪れたのだ、無理もないだろうと何処か冷静な頭で考える。
「どうして、こんな」
「ちょっとへまをしてね…手間をかけて、すまない」
「余り喋らないでください!急所は外れて居ますが重傷には変わりないんですよ!」
服を捲り、上体の血止めをしてから包丁を抜くという。的確かつ迅速な処置に感心する暇もなく布を噛まされた。
「抜きますよ。終わったら薬を飲んでもらいますので、どうか気を遣らぬように」
こくりと頷くと新野先生が柄を握る。
「さん、に、いち…!」
ぎり、と布を噛み締めて衝撃にどうにか耐えると引き抜かれた包丁を追うように血が零れる。布を当てて圧迫する様に力を込められて、朦朧とする意識の中新野先生を見上げた。
汗をかいている。申し訳ないことをした。
本来であれば鬼城に戻った方が、性別を隠す上でよかったのに場所を考えきれなかった辰弥の落ち度だ。
「辰弥さん、辰弥さん!」
どうにか薄く繋いだ意識に聞こえていると頷くと新野先生は大きく息を吐いた。
「刺さったまま来てもらえて助かりました。少し深い傷ですが、血は止まったので後は様子を見ましょう」
白く濁る頭に、新野先生の言わんとすることをどうにか理解して会釈のように、頭を下げた。
「ありがと、ございました…」
「…まあ、何があったかは深く聞きませんよ。ただし、暫くは絶対に安静にすること。良いですね?」
どんどん鮮明になっていく意識に息を一つ吐いてから、渡された薬を受け取って頷いてみせる。
「利吉君には、言わないで貰えると助かるんだけど…」
「忍者の怪我は口外法度ですからね。乱太郎君がいなくてよかった」
確かにそうだと笑うと腹に響いた。痛むが耐えられないほどでは無い。
「痛み止めと化膿止めです。飲むと眠たくなるので今日はここに泊まって行っては?」
「いや、部屋に帰るよ。ありがとう」
「ダメです。怪我だとは言いませんから」
腹に気を遣いながら身体を起こす。新野先生が片付けをし始めたのを、目線で追って薬を飲み込む。
「じゃあ、今夜だけお言葉に甘えようかな」
新野先生の笑顔が見えて、よかったと胸を撫で下ろす。この程度、彼女が受けた痛みに比べればなんということはないだろう。
眠くなるという言葉の通り、直ぐに訪れた睡魔に瞼を閉じればすとんと落ちて行った。
**
ふと、意識が浮上して目を開く。
「目が覚めましたか?」
「伊作、医務室借りてごめんね」
「いえ、新野先生から体調が悪いと伺っているので無理なさらないでくださいね」
どうやら新野先生は自分が処置をするから医務室で寝かせて置くように言付けられているらしい。
「失礼します」
鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえて戸が開く。
「伊作先輩、胡椒をおかりしたいのですが…」
「分かったよ。ちょっと待ってて」
薬棚を探す伊作を横目で追うと、来訪者の視線がこちらに向いた。
「あれ?辰弥さん?」
「海、お疲れ様」
身体を起こして手を振ると、少女は小首を傾げた。
「何処か具合が悪いんですか?」
「頭痛と腹痛と…あと血がちょっと足りなくてね」
頭痛は冗談だか他は間違いでは無い。
ぱちぱちと大きな目を瞬かせた海はこくんと頷いた。
「もしかして、月のもの…でしたか?」
潜めた声を聞きつけたのか、伊作が背を震わせてガタンと引き出しを落とした。
「あああ!すまない!」
「て、手伝います!」
「私も…」
のそりと体を捻ると、伊作と海は勢いよくこちらを振り返った。
「辰弥さんは安静にしてください!」
「僕達で大丈夫ですから!」
動かなくていいのなら助かると、忙しない二人の後ろ姿を眺めながら横になって、申し訳ない気持ちで苦笑いを浮かべた。
じわりと腹の奥が熱い。少し動き過ぎたかもしれない。
瞼を閉じればまた眠気が襲って来る。血を流し過ぎたのだろう。
片付けが終わる頃にはすっかり寝入ってしまった辰弥を見て伊作は肩を落とした。
「女性は大変だね」
「熱が出たり、ずっと眠い人も居るみたいで」
そっか。と頷いた伊作から胡椒を受け取って、海は一礼してから厨房の方へと駆けて行った。
**
「あれ、利吉さん。辰弥さんなら医務室ですよ」
通りがかったところ麻子に声をかけられて、利吉は振り向いた。
「やあ、麻子ちゃん。辰弥さん、何かあったのかな?」
麻子は何を話すべきか迷っているのか、暫く考えるような素振りをみせた。
「まあ、利吉さんだしいいか」
「何が?」
その様子から緊急度合いは高くなさそうだが、様子が少し可笑しい。
「辰弥さん、女性の月のものが辛くて医務室に居るって話です」
思わず肩を落としそうになったのは辰弥が男でありそういったものが訪れるはずも無いと知っているからだ。
十中八九、あの人が何かを隠して伝えた結果、妙な伝わり方をしてしまった可能性がある。彼は性別を隠しているからそういった噂もたまには必要だという配慮かもしれないが。
「うん、ありがとう。行ってくるよ」
麻子に見送られて医務室へと入ると、新野先生が薬を煎じていた。
「お見舞いですか?今また眠った所で」
「突然お邪魔してすみません」
傍に座ると利吉の気配にも気付かずに、あどけない寝顔を晒している辰弥の顔が見えた。
「…何があったんですか?」
顔色があまり良くない。前髪を払うと、眉間に力が入った。
「私も詳しくは。起きてから話を聞いてあげてください」
「暫く立て込んでいるのでまた来週伺います」
無事であればそれでいいと立ち上がると新野先生は笑顔で頷いた。
「それがいいでしょう。その頃には直接職員室に伺ってくださいね」
「はい。それでは」
ぺこりと頭を下げて医務室を後にする。もう少し触れて置けば良かったと髪に触れた指先に口付けて、次の仕事へと足を向けた。
**
「君も暇だねえ」
一週間後のある日。忍術学園の職員室訪れると、いつも通りの顔に胸を撫で下ろした。
「お元気そうで」
「身体が資本だからね。何か用でもあったの?」
「父上の洗濯を届けに」
荷物を届けた後、先に辰弥の顔を見に行くと断って受け取るべきものを置いてきた。
「そう。奥方によろしくね」
「先週は月のものが来ていたとくノ一教室の麻子ちゃんから教わりましたよ」
くす、と笑う様子に首を傾げる。
「何か?」
「いや、来ていたのかと思って」
「顔色もすっかり良さそうで安心しました」
距離を詰めると、深紅がこちらを見詰める。
「お陰様で」
「何があったんです」
「下痢による脱水症状だよ」
そんな訳はない。あれは明らかに血が足りていないと、そんな顔だった。
「服を脱がせても?」
「いいわけないだろ、誰が来るかも分からないのに」
「では今夜」
「絶対やだね」
態度こそ、いつもと変わらない。忍とは厄介なもので嘘を重ねるのが上手くなる。彼程骨の髄まで浸かっていれば尚更だろう。
「なら、貴方を連れて出ます。いいですか?」
腕を掴めばこちらのものだ。抱き上げて連れ去ろうとするのに、やけに静かなのが気に掛かった。
「辰弥さん?」
「好きにしなよ」
その瞳が面倒だと語っている。それならば好都合だと学園を出て近くの拠点へと向かった。
「君、ほんと強引だよね」
「貴方が隠したり逃げたりするからですよ」
押し倒してから袴を解いて着物を脱がせると腹部に包帯が巻かれていた。
「何です、これ」
「ちょっとやり合ってヘマをしてね」
「その割に、他の傷はなさそうですが」
辰弥の目が細まる。
「君は私のホクロの数まで知ってそうだな」
「数は数えた事がありませんが何処にあるかは知っていますよ」
はあ、と深く吐かれた息と共に足で胸をとん、と軽く蹴られた。
「物好きだな、本当に。まだ完全に塞がってないんだ。今日は何もしないよ」
「…一体何が」
綺麗な唇が弧を描く。
「心中」
「タチの悪い嘘はやめてください」
「そう思うならこれ以上詮索しないことだね」
ぴしゃりと言われて眉を寄せる。
「分かりました。父上の洗濯を取りに行ってきます」
「うん、気を付けてね」
起き上がって服を着直す辰弥が柔らかな笑みを向けてくる。
──貴方がそんなだから、私は離れる気すら起きないんです。
そんなことを告げても鼻で笑われるくらいだろう。
「辰弥さん」
「なに?」
見上げた顔の唇を攫う。
「…君ね」
「今日はこれで我慢します。それでは」
ひらりと手を振って学園に寄って荷物を受け取る。
いつもの父との喧嘩を終えて漸く氷ノ山へと足を向けた。
道中の最寄りの町に立ち寄ると、利吉の姿を見るなり顔色を青くする少女が目に付いた。
時折立ち寄るこの町で親切にしてくれる少女で、何度か辰弥とも話をさせたことがある。
辰弥は恐らく忘れているだろうが、その時やけに険のある表情で辰弥を見ていたのが気に掛かった。
「待ってください」
利吉から逃げようとするその細い手を掴む。
「お久しぶりですね」
「あ…う…あの、貴方のお連れの…辰弥さん、でしたか…?大丈夫…でしょうか?」
カタカタと尋常ではなく震える彼女に、できる限り優しい声音で微笑んだ。
「辰弥さんは元気ですよ。何かあったんですか?」
「…ほ、本当…ですか?!私、私…あの人を、刺してしまって…血が…だから、本当に殺してしまったんじゃないかと…怖くなってしまって…」
一介の町娘に殺される程、あの人はヤワではない。
「何故、刺したんですか」
ひっ、と彼女が息を飲む。目線を泳がせてから絞り出すように身を縮めた。
「あの、あのお人が…どうぞご存分にと…包丁を、握らせて」
「嘘はやめた方がいい」
「ご、ごめんなさい、許して…本当に、出来心だったんです…!!」
どうにも脅えてしまって話になりそうもない。問い詰める相手はどうやら彼女ではなさそうだ。
「…分かりました。情報感謝します。一つだけ忠告を」
大きな瞳からぼろぼろと涙を流す少女に利吉は冷たい視線を投げた。
「今度あのお方を傷付けるようなことがあれば…貴女は一生後悔することになります」
踵を返して振り返ることなく再び忍術学園へ向かって駆け出した。
辰弥はまだ拠点に居た。
「洗濯物を届けに帰ったんじゃなかったの」
振り返ることなくかけられた声に息を吐く。
「女性に刺されたんですか」
眉が寄る。何でもないと言わんばかりに彼は磨いたクナイの先端に息をふきかけた。
「私が刺してくれと言ったんだよ」
「どうして…!」
「それで彼女の気が晴れるならその方がいいと思ったんだ」
軽い口調だが嘘ではなさそうだ。手裏剣を磨く彼の肩に手を置くと、怪訝そうな視線を向けられた。
「彼女は怯えていましたよ。罪を犯したのではないかと。貴方を殺してないと知ったあとも、酷い怯え様でした」
「そう。ままならないね、人というものは」
静かに目を伏せた彼を後ろから抱き締める。腹の傷を上から撫でるとびくりと身体が跳ねた。
「君ねぇ…」
「頼みますから危ないことはしないでください」
「じゃあ君が忍者を辞めることだね」
「それは出来ません」
「なら、同じことだよ」
彼の肩に顔を埋めると仄かに甘い香りがした。
「それは、ずるいですよ」
「こんな世の中だもの、いつ誰が死ぬかは分からないけれど…農民や商人なら、明日突然死ぬということは忍者よりも少ないだろうね」
「…私に生きてほしいと?」
「敢えて茨の道を歩く事もないでしょう」
どんどん辺りが暗くなってくる。今日はもう帰るのは難しそうだ。
「はあ。で、今日は泊まるつもり?」
「流石に怪我人に何もできませんよ。ただ、一緒に寝ることは許して貰えますか?」
「好きにしなよ。明日朝一で追い出すからね」
辰弥は利吉に対して甘いと言うけれど、辰弥も大概利吉に甘い。
どうにも離す気にはなれなくて、抱き締める力を少しばかり強めた。
**
「今日はしないよ」
腹の奥の違和感が消えないまま、利吉が訪れる日を迎えてしまった。
幼い頃から道具のように男根を咥えさせられていたのに、彼に快楽を教え込まれてからはどうも可笑しい。
まるでそれを待っていると、行為を望んでいると言わんばかりに、菊門がきゅうと疼く。
「傷は治ったのでしょう?」
辰弥の上に馬乗りになった利吉はこてんと首を傾けた。
「治ったからといってしないといけない理由もないだろ」
「ありますよ。私が貴方を愛でたい」
口付けの雨が降り注いで身を捩る。欲に溶けたこの男の見定めるような視線が苦手だ。
腰紐と褌が解かれて下半身が晒される。
縦に割れた菊門を確かめるように指が這った。
「…ちゃんと準備されてるじゃないですか」
「性急な誰かさんのせいで明日の体が使い物になると困るからね」
無遠慮に入り込んできた指に身体に力が入る。
「油まで仕込んで…私にも今度準備させてください」
「っ、嫌だよ、中途半端にされたら堪らないもの。傷がついたら大変なんだからな」
利吉の纏う空気が冷えていく。また何か宜しくないものを踏んだらしい。
「大事にします」
「そういうのは懇意の子にしてあげた方がいいよ」
今日はその体から僅かに女が香る。いい相手が出来たのではないかと眉を寄せた。
「…貴方は、どうしてそうやって…!」
中を押し広げるように指が増えて、膨らんだしこりを掠めた。
彼に教わった、内側で快楽を得られる場所。戦慄く身体に手首を噛む。
「声、我慢しないで」
「ふぅ、っ…や、らよ」
奥が切ない、苦しい。
ただの作業だった目交いに快楽という色を持たせた彼が憎くて愛しい。
「も、入れて」
早く終わって欲しくて浅ましくねだると、利吉が悪戯に微笑んだ。
「なにを、です?」
「利吉君の魔羅」
「もう少し恥じらいとか」
「何を期待してるんだ…」
男であるのに男に媚びて優越感を覚えさせ、得た情報を欲しいままにするのは身体を使う忍者の常套手段だ。
女ではないから孕む心配もない。こちらはただ微笑んで、男の劣情を煽るだけ。
「…矢張り、身体を使う仕事はもうやめませんか?」
「君だって僕の言うことを聞かないだろ」
彼ほどの人格者であれば健全な道も選べただろうに。聞けば修行こそしていたとはいえ、歴戦の忍者たるご両親が忍者を強いたことはなかったという。
「こんなに愛していてもままならないものですね」
甘えるように胸元に額を預けた利吉の、その柔らかな髪を撫でる。
「だから、私なんかはやめておけって…っあ!」
ずるりと指が抜かれて咄嗟に声が溢れた。こちらを見上げる顔を睨みつけると、彼は顔を上げて柔らかく笑った。
「それこそ有り得ません。何故私が時間を掛けて貴方の身体をこうしているかご存知でしょう?」
食んでいたものを無くしてひくつく菊門に、利吉の魔羅の先端が当たる。
「飽きるよ、きっと」
「私をそんな酷い男だと?」
「思ってる」
がくりと利吉の肩が下がる。
「萎えさせるつもりですか?!」
「私の身体を目の前に、萎えてる暇なんてないだろ?」
口元に弧を描いてはだけた胸元から下腹部へと手を滑らせる。ごくりと喉を鳴らした若者は鼻で笑って辰弥の腰を掴んだ。
「あとで文句言わないでくださいよ」
「それは約束できな…っあ!」
突き入れられた陽根に腰が跳ねる。じくじくと内側から焼くように熱いそれが、身を捩る度にいい所を掠めた。
「ん、ぅ…ッ」
食らい付く様な口付けに何とか応じて、頬を滑る涙を拭いもせずに利吉の唇を貪った。
**
「段々感じやすくなってません?」
着物を整える後ろ姿に声をかける。項の噛み跡と鬱血痕が我ながら数が多いと苦笑いを浮かべた。指摘をすれば白粉に消されてしまうのだろうか。
「最近君以外と寝てないから忍務が今から憂鬱だよ」
「…なにかそういう予定が?」
「事と次第によったらね。君も忍者なら分かるでしょう?」
無論利吉とて分別の分からない子供ではないから理解はできる。それでも心を寄せた相手が誰とも知れぬ輩に抱かれているのは、そう気分のいいものではない。
その背中を抱き締めると呆れたような溜息が返ってきた。
「それでも、妬けるんです」
「君が誰か抱いたって悋気を起こしたりはしないよ」
ぴくり、と動きを止めたのは辰弥の言う通り女を抱いて此処に来たからだ。
「指摘する気はなかったけど」
「ただの忍務です。…本当に妬いてないんですか?」
「君の頭もお気楽だねえ」
改めて辰弥を押し倒す。ぎょっと深紅が目を張るのも構わずに、先程まで男根を咥えていたその場所を晒す。
「まって、もう、やだから…!」
「どうすれば、貴方を繋ぎとめられるんですか…」
まだ柔らかいそこに、魔羅を捩じ込むとそれだけで彼の魔羅からはぴゅくりと潮のようなものを噴いた。
「あっ、や…はげし、も…むりだ、ってぇ…!」
べそをかきながらも利吉にしがみつくしかない哀れさが愛おしい。
もっと貪りたくて、薄い腹を軽く押すと、先程とは全く違う反応を示した。
「お゛ッッ!や、それ、やめ…ッ」
「孕んで。私も、貴方だけにしますから…貴方も、私だけに」
ぐぽんと突き入れた奥に、辰弥の腰が大きく跳ねる。ぷしゃりと吐き出した潮と共に、彼の表情が淫靡に笑みを作った。
「あ゛っ♡ぎもぢい、♡ごんな、じらな…ァ♡」
堕ちた。全身で気持ちよくなっているらしい辰弥は、頬を撫でるだけで、勃ち上がっていない男根からとろとろとよく分からない液体を流している。
「…可愛いですよ、辰弥さん…っ」
ぱちゅぱちゅと抽挿を始めれば、口が開いたまま閉じない様子で、腰を掴む利吉に必死にしがみついたまま首を振った。
「お゛ッ♡や、あたま、おがじぐ…なッ♡」
「可笑しくなって下さい…っ!私だけを、必要として」
濁った深紅の瞳に刷り込むように呟いて、何度も奥を穿った。
**
結局辰弥の足腰が立たぬまま抱き潰してしまい、翌日の彼の講師としての仕事に利吉が肩代わりする事になった。
「辰弥さん、調子悪いんですか?」
「昨日、ちょっと無理をさせすぎてしまってね」
苦笑いを浮かべるとくのたま達から黄色い声が上がる。
実技の授業を終えて拠点に戻ると、頭まで布団を被った辰弥が音に敏くもぞりと動いた。
「辰弥さん、大丈夫ですか?」
布団を剥ぐと己の身体を抱くように横になって蹲った彼がぴくりと身体を震わせる。
「…からだ、へんだ…ずっと、あつくて」
ちゃんと処理をしたはずの下腹を彼が擦る。
「そのままずっと、私の所に堕ちていて下さればいいのに」
ふるふると首が振られる。柔らかく必要に応じて形を変えるこの人の、折れずぶれない芯が好ましくて煩わしい。
のそりと起き上がるだけで、色んな所で気持ちよくなっている彼が、睨み付けるようにこちらを見た。
「おさまるまで、触らせないからな」
「…分かっていますよ」
鳥の羽根を奪って籠に入れたい気持ちも、自由に飛ぶ鳥を愛でていたい気持ちもどちらもある。
彼は目的があると言った。それは遂行しなければならない事だとも。
それが終わるまでは無理に陥落させることもないだろうと竹筒に入った水筒を辰弥に手渡した。
**
「海ちゃん」
特徴的な赤毛に声を掛けるとその表情が僅かに華やいだ。
「利吉さん!」
「今日はお土産を言付かってきたんだ」
辰弥が女性に刺されて半月ほど。すっかり傷は癒えたものの抱き潰して動けなくなっている彼の代わりに運んできたのは掌に収まるほどの包みだった。
「なんですか?これ」
差し出すと海はこてんと首を傾げた。
「辰弥さんからくノ一教室の皆に。金平糖だそうだよ」
「あの、そんないいもの頂いて…」
「辰弥さんが医務室で寝込んでいた時があっただろう?あの時、あの人は負傷してちょっと朦朧としてたみたいでね。血を流し過ぎたせいもあって」
覚えがあるのか海は目を見開いてから赤くなって俯いた。
「そ、そうだったんですね…」
「変な誤解をさせてしまったかもしれないと気にしていたから、そのお詫びだそうだよ」
海は言葉少なくこくりと頷いた。そんな様子を通りがかった麻子が見ていたのか此方に歩み寄ってきた。
「あれ?利吉さん。今日辰弥さんは」
「辰弥さんなら外で休んで貰ってるよ。ちょっと無理をさせすぎてね」
麻子は大きく瞬いてからにやりと笑った。
「遂に監禁し始めたのかと思っちゃいました。利吉さんが来てから数日居ないみたいだったので」
「そんなことするわけないだろ!」
海と麻子が顔を見合せる。
「兎も角、それ辰弥さんから皆にって事だから。あとは宜しくね」
ひらりと手を振って背を向ける。話に出すと会いたくなる。ここの所は数日一緒だったのに不思議なものだと苦笑いを浮かべた。
**
「辰弥さん」
罠が発動した気配は無い。外に出ていないなら侵入者もいないのだと安心する。
「…りきち、くん?」
ぽやりと気の抜けた高い声が帰ってきて、彼の傍に寄る。
「ええ。今帰りました」
「ん…とどけてくれた?」
「はい。喜んでいましたよ。…まだ、イってますよね」
びくり、と彼の背が震えて、状態が起こされた。
「ね、おねがい」
首の後ろに腕が回って抱き寄せられる。れ、と出された舌に応じるように唇を開くと、舌を絡める深い口吸い。
「いれ、たい」
「そんな身体で、抱けるんですか?」
常にメスイキをしている。辛うじて勃起した男根からは、子種を吐き出す方法も忘れたようにトロトロと零れるだけだ。
「きみが、おかしくしたんだ…ね。おねがい。いっかいで、いいから」
上気した頬に深紅の瞳を潤ませてこちらを見るその様に押し負けて、仕方ないと頷いた。
「一回だけですからね」
準備を済ませて中に挿れただけで、辰弥は目を見開いた。
「っあ♡まっ、やっぱり…おかし…ッ♡」
どこもかしこも敏感になっているのに。一番過敏な所を利吉の肉壺に埋めて、息も絶え絶えになっている。
「…辰弥さん?」
流石に様子が可笑しいと頬を撫でると、じわりと温かいものが利吉の中に広がった。
男根を抜くと粘り気のない水分がぽたぽたと利吉の菊門から落ちてくる。
「辰弥さん、中で潮を噴いたんですか…?」
ずっと身体だけでも陥落出来ればと思っていた。逃がせない、逃がしたくない。それでも逃げ続ける辰弥を繋ぎ止めるには身体の依存しかない、と。
唇を食んで余韻のような潮をぷし、ぷしと先端から零す辰弥の男として機能しない様子に、後はこちらだけだと菊門に手を這わせた。
「ひっ、まっ…そっちは…ぁ♡あああ♡♡」
息を飲んだ辰弥に構うことなく指を押し込むと、それだけでびくりと大きく身体を震わせて、利吉の指をきゅむきゅむと食む。
「中でイったんですか?」
「も、やだ…このまえから、ずっと…からだ、へん…でっ」
「責任は取ります。だから私だけを、欲してください」
「りきち、くん…ッぁああ♡♡」
指を抜いて男根を埋める。絡み付くようにうねる淫肉は、まるで奥に子種を欲しているようだ。
辰弥が利吉にしがみつくように背中に腕を回す。
こんなに乱れていても、辰弥は美しい。そんな彼が必死に利吉にしがみつく様に暗い感情がむくむくと芽生えてくる。
「あ゛っ♡お゛ッ♡や、とまっでッ♡イっでぅのっ♡とまんな…ッ♡♡」
抽挿だけで何度も果てているらしい辰弥に、利吉は唇を重ねた。舌を潜り込ませると、温かい口内からぬるりと舌が絡められる。
快楽の波から帰って来れないのであればいっそ溺れてしまえばいい。そうしてどこにも行けないまま利吉と添い遂げてくれたらいい。
「んっ、ふぁ♡や、まら…イ゛っ♡♡」
男根はすっかり萎えきって、中で達することを覚えた身体は、快楽の証明に潮を垂れ流すばかりだ。
そんな倒錯的な光景に淫らな目眩を覚えて、利吉は更に辰弥に堕ちろと言わんばかりに腰を打ち付けた。
**
「…はーもう、ばか」
欲を一通り発散してすっかりいつも通りの様子に戻った辰弥に利吉は残念な気持ちと安堵を併せ持って肩を竦めた。
「すみません。貴方がこんなに敏感になるなんて」
「僕も想定外だよ。散々好き勝手してくれて…んん、喉がやっぱり可笑しいな」
「金柑でも採ってきます」
じい、と辰弥が無言で利吉を見詰める。
「辰弥さん?」
「満足した?」
見透かすような目線と問いに言葉に詰まる。
暫し言葉を巡らせてから目尻を緩ませた。
「いえ、まだ足りません」
「若い子は貪欲だなあ」
「ええ、欲深いですよ私は。貴方のこととなれば尚のこと」
ぱちりと瞬いた辰弥は、眉を寄せて溜息を零した。
「君、本当に物好きだね。早く諦めた方が身のためだよ」
「それは貴方の、ですか?」
噛み跡や鬱血痕。情事の跡が色濃く残る身体をみて辰弥はげ、と顔を顰めた。
「君のに決まってるだろ。どうせこんなのは数日で消えるんだから」
「なら、消える前にまた」
「人の話聞いてた?」
身体だけを落としても、結局のところ辰弥の信念は消えないのだろう。それが何とも惜しくもあり、その事実が何処か喜ばしい。
「少し休憩したら甘味屋に行きましょうか」
利吉の提案に辰弥は大きく瞬いて、にやりと口元を歪めた。
「君の奢り?」
「勿論ですよ」
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