「近江の方で怪しい動きがあります」
見張らせていた忍からの報告に辰弥は目を細めた。
「カキシメジ城……戦好きの城だね」
「周辺の城々は停戦、もしくは和平の盟約を結んでおりますので、まず間違いないかと」
よくあることだ。欲を持った一つの城がその周辺を戦火に投ずるなどさほど珍しいことではない。
「此処の城主はスキモノで有名だっけ」
「忍頭…?」
困惑の声を上げた部下に、辰弥はふっと微笑みかけた。
「カキシメジ城の領地、周りの城に配っちゃおっか」
「は、はあ…」
城周辺に忍の見張りだけを配置する手配を整える。
一人で城を陥落させるのは十にもならない頃からしていたことだ。
あれは姦計に乗せられたのが原因とはいえ、辰弥一人の力であったことには相違ない。
「さて、久しぶりの一仕事だ」
気合を入れて立ち上がると、城主の元へと足を向けた。

「あっははは!」
高らかに響く声に顔を上げる。
「ほんっとたっちゃんの考えはいつも面白くて最っ高!」
にやりと歪んだ唇に肩を竦めた。
「織、暫く不在にしてもいいかな。凛と繕は置いていくから」
「ダメって言ってもやる気なんでしょ?りょーかいりょーかい…ちなみに、どんな名前で行くつもり?」
このやり取りは辰弥が単独で任務にあたる際の定例行事だ。あらゆるセンスが壊滅的な辰弥の為に織之助は仕事で使えそうな名前を色々と考えてくれる。
「梅子…?」
「ぶっ、本気?!」
けたけたと腹を抱えて笑う織之助を見て、辰弥はそんなに可笑しかったかと首を傾げた。
「男娼として入るんでしょ、子はなくない?うーん…そうだな」
織之助はぱたぱたと扇子で顔を仰ぎながら宙を仰ぐ。
「こんな名前はどう?」
文字を知らぬ辰弥のためにどんな字を当てるのかを織之助は丁寧に説明してくれた。
「うん、使わせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ、周辺の治安維持の為にもよろしくねー」
ひらひらと手を振る織之助に再度頭を低く下げて城を出た。

**

「おたのもうします」
カキシメジ城の門を誰かが叩く。
訝し気に門番は傘を被る人物を見た。
「…何用だ」
傘をずらせば息を飲むほどの絶世の美女が眼中に飛び込む。門番は色目を使いかける自らを律して問うた。
「城主様が男娼をご希望とのことで、町より出てまいりました」
「男…?」
「はい。ご希望であれば、どうぞお触りくださいませ」
女物の着物の裾から、白い手がするりと太ももをなぞる。
ごくり、と唾を飲み込んだ門番は、互いの顔を見合わせて首を振った。
「確かに町から男娼が来る話は来ている」
書状を確認する声が門の向こうから聞こえてきた。
「よし通せ。寄り道するなよ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げて兵に付き添われ男娼はしずしずと城に入った。
魔が差したのか、途中人気のない通路で兵の手が男娼の臀部を撫ぜる。
「んっ」
甘い声を上げてしなだれかかられ、悪戯のつもりがばくばくと兵の心の蔵の動きを速めた。
「申し訳、ござりませぬ。この体が、敏感なばかりに」
上目遣いで訴えられて兵は首を振った。股座が高ぶるが城主の男娼に先に手を付けたとなれば首が飛ぶかもしれない。
欲望と戦いながらも辿り着いた城主の部屋に、兵はほっと息を吐いた。

カキシメジ城の城主、柿田部衛泰。
醜男とまではいかないが、見目は悪い。それがコンプレックスなのか、身なりは随分こざっぱりしている。
「町から呼んだ男娼か」
「はい。雪梅、と申します」
膝をつきゆるりと頭を上げる仕草にその場の男が皆息を飲む。
「お勤め、心してかからせて頂きます」
「ふ、あの町にこんな上玉がいたとは」
手招きをされて恭しく頭を下げてから近付くと、腰を抱かれて抱き寄せられた。
「っあ!」
「随分と敏感だな。閨まで待たずともここで果たしてもらおうか」
「っ、そんな…皆様、ご覧になられています」
ふるふると控えめに首を振る。目の端に溜まった泪がはらりと頬を滑った。
「皆お前がどのように乱れるのが気になっておるのだ」
部衛泰はにやりと笑った。その場の誰もがこの男は色事に弱いと思っただろう。
その見た目の悪さから、男娼も中々居着かない。顔を見て逃げ出した者も少なくない中で、この男娼は城主に尽くすつもりのようだ。
雪梅と名乗る男は頬を染めて俯く。その初心な仕草に男達が身を乗り出した。
「お殿様が、お望みであれば…ご随意に…」
羞恥を含みながらも上の者には逆らえないと言わんばかりの言葉に、部衛泰は身を滾らせた。
「ならば脱げ」
「は、恥ずかしゅうございます…!」
やり場のない手を掴まれて帯が解かれる。
「ほう、褌を着けて居らぬと」
「っ、すぐに、お勤めをと…申されましたので」
穴があったら入りたいと言わんばかりの男娼に空気が更に色めき立つ。
「…ふ、中に張子を仕込んでおったのか」
襦袢を捲った部衛泰が細い張子をぬぷりと抜いた。
「ぁ…ん」
はふ、と息が零れる。男娼など生温い。女を好む男すらも惑わす妖姫を招き入れたのではないだろうか。
「ふはは、成程、準備は万端という訳か」
後ろからちゅぷり、と菊門に暖かな熱が触れる。
「気に入った。雪梅、と言ったな。こやつの部屋を用意しておけ」
「はっ」
部衛泰の声に我に返った兵が一人駆け出した。
ぬぷぬぷと魔羅が押し入ってくる。身体を震わせる男娼にその場にいる誰もが釘付けになった。
「あっ、アっ…!」
震える身体から零れる甘い声に反して、駄目だと言わんばかりに首が左右に振れる。
「部衛泰、さま…どうか…口吸いを」
希うように白い腕が部衛泰の身体に伸びる。
「わたくしも、あなたさまに…溺れとうございます」
男娼の腰が、部衛泰に奉仕をするように揺れる。
──自分も、あの男娼を抱いてみたい。
場にいる兵のそんな感情を受けて、雪梅は心の中で笑みを浮かべた。

**

柿田部衛泰は招いた男娼を酷く気に入ったらしい。
常に傍に置き、軍略について兵と話す際は時折部下の前でも男娼を抱いたそうだ。
しかし柿田が目を離した隙に男娼を複数の兵が男娼を複数人でマワしたらしい。
柿田はそれに大層怒って兵を打首にしたそうだ。
そこからはもう目も当てられない程内部から瓦解した。
男娼を巡って城内で謀反が起こった。
結果城は焼け落ち、誰一人として生きて帰らなかったそうだ。

道中の団子屋でそんな話を聞いて、辰弥は団子を一口頬張った。
「その男娼も亡くなったんですか?」
「それが行方がわからんとか死んだとか色々言われてねえ、そんな美人さんなら一目会ってみたかったわあ」
噂好きのご婦人が笑いながらそう告げる。崩壊した城をどうにかするべく周辺の城が内密に書状を貰っていて、各々対処にあたっているらしい。
鼻つまみ者の城が一つ減ったところで乱世が収まるわけもない。
それでも、カキシメジ領の民衆も、周囲の城も一息つけたそうだ。

「辰弥さん」
まだ一本団子が残っているというのに、思わぬ声をかけられて顔をあげる。
「奇遇だね、利吉君」
憚りもなく隣に座った男は、矢羽音を飛ばしてきた。
「この辺りの城が一つ消えたと聞いて調べていたんです」
「お団子、美味しいよ」
自分も同じだと言わんばかりの反応を示すと深い溜息が返ってきた。
「食べたら私の話に付き合って貰えますか?」
「どうだろう?ひとつ仕事が終わったばかりで疲れてるんだ、早く帰りたい」
二本目の団子に手をつけると一番上にあった団子を齧られた。
「あっ」
「付き合って貰いますよ。聞きたいことも色々あるんです」
唇を尖らせながら2つ目の団子を頬張る。
きっとろくでもないことだろうが形だけは付き合ってあげてもいいかと残りの団子を平らげた。

「カキシメジ城が一晩で消えました。なのにその周辺の城の後々の領地の切り取りが鮮やかだったとか」
「ふぅん」
廃屋で利吉の報告に耳を傾ける。疲れきった身体に長話は毒だ。
「聞けばカキシメジ城はまた戦を仕掛ける準備を始めていたそうじゃない。何処かの忍がやってのけたんじゃないの?」
「…一つだけ情報を掴みました。男娼の雪梅とやらに城主がかなり執心していたと」
利吉が身を乗り出すのを見て腕を組んだ。
「さっきも団子屋のお姉さんが言ってたなあ」
「カキシメジ城主、柿田部衛泰は男色で有名だったそうですよ」
利吉が座り直してこちらを見る。聞きたいことを伺わせるなどまだまだ青い。
「それなら私も首を討ち取れたかな」
「冗談でも辞めてくださいよ。…どうやら、その男娼を巡って内部崩壊の末、火事になったと」
「おや、私が聞いた話だと謀反の末の戦火だけれど、火事だったのかい?」
ぱちりと瞬いて利吉を見ると、何とも言えない顔をしている。
「逃げた兵の話からすると火事だと」
なるほど、道理で噂がよく広まっている。団子屋の女将の話は噂が広まる過程で曲解したのだろう。
「傾国の姫のような男娼だったみたいだね。そんな子なら一目見てみたかったな」
辰弥の言葉を受けて、利吉の眉間に深く皺が刻み込まれた。
不意に腕を掴まれて引かれる。後ろから思い切り抱き締められる形になって、辰弥は深い溜息を零した。
「いきなり何?」
「例の男娼、辰弥さんじゃないんですか」
「君の妄想力は中々逞しいね」
突然首に舌が這って背を震わせた。
「っ、君ねえ!」
「白粉をこんな所まで塗って、珍しい香の香りをさせて…何を隠してるんです」
抱き締める腕に力が篭もる。最後は力に頼る後ろの男を睨み付けてから、諦めたように息を零した。
「説明するから離してくれない?」
正直、利吉の観察眼を見誤っていた。利吉とて成長するのだ、未熟なばかりではないだろう。その成長が嬉しくもあり、逃げることへの妨げになって煩わしくもある。
「離したら逃げるつもりでしょう?」
どうしてこうも聞き分けがないのか。仕方がないと溜息を零して正面を向く。眉を寄せた利吉の頭を抱えるように抱きしめた。
「っ?!辰弥さん?!」
「次の仕事が立て込んでいるんだ。一週間もしたら遊んであげるから今日は大人しく諦めてくれる?」
耳元に口を寄せて甘く囁く。座り直した利吉を一瞥して、廃屋を後にした。

**

久々にゆったりと入る一人の風呂。
ここ暫く何かにつけて人に見られていたからか、人目のない時間を過ごすのは随分久方ぶりに感じられる。
織之助に報告した内容を反芻しながら、湯船に沈む自身の身体に視線を落とす。
夥しい程の鬱血痕。それは、男達の欲望と支配欲が刻んた痕跡だった。
こんな物をあの若い忍に見られたら身体が幾つあっても足りないくらいに抱き潰されそうだ。
いっそ見せつけたら諦めてくれたらいいのにとも思う。
相手が居るからと諦める殊勝な男では無い。それどころか、自分のモノだと強く主張するだろう。
彼は何故か辰弥の心が自分に向いていると信じている節もある。
今更誰に抱かれようが同じだが、消耗しない訳では無い。
五人同時に相手をするのは流石に骨が折れたが、この桃源郷に攻め入ろうとする厄災の根源を絶てたのだから安いものだ。
カキシメジ城の目的がこの鬼城であったと気付かれてしまえば領地共々焦土となる。領地だからと関係の無い村々まで巻き込みたくないという辰弥の一抹の我儘だ。我儘を通すなら代償に身体を張らねばならない。だからこそこの城は居心地がいい。自らが責任を取るのであれば、織之助はこの領地に危害さえ加えなければ問題ないという性分だからだ。
深く吐いた息が浴場に響く。この身体では暫く療養するしかない。
「暫く忍術学園にでも行こうかな」
あの場所なら彼が来たところで変な手出しはされないだろう。
教え子達を脳裏に描いて、身体を清めて向かわなければと心に決める。
教え伝える事が今回のような男達の欲望から彼女達を遠ざけられる事を祈りながら。

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