モザイクエンド


三年前に巨大隕石の接近を確認してから、地球では何の対策も出来ないまま、とうとう最後の一週間が来てしまった。そこかしこで死にたくない死にたくないと喚く声が聞こえる。意味も無く逃げ惑う人たち、往生際悪く足掻いてみる人たち、さっさと諦めて静かな場所で暮らす人たち、開き直ってやりたいことをやってしまう人たち、最期が来る前に死んでしまう人たち。僕はそのどれにも当てはまらない。
この三年間で、僕は一千弱の人間を殺すことに成功した。一日一人を目標に、と言っても二人殺す日もあれば、誰も殺さない日もあった。世界が終わるというのになぜわざわざそんなことをしたのかと言えば、死ぬ前に人間がする身辺整理と同じだ。本当なら世界中の人間を殺してもよかったのだが、時間も力も足りなかったから仕方ない。
このイレギュラー中のイレギュラーとも言うべき状況下で、警察はあまりにも無能、未だに犯人像も出来ていないどころか、組織そのものが瓦解しかかっている。まあもうここまで来てしまえば必要ないだろうから問題はないと思われる。あっちへこっちへ右往左往する人たちを横目に、僕はひたすら帰路を急ぐ。まだまだ殺すべき人間などいくらでもいるが、それでも帰路を急ぐ。
そのうち百人を殺してみせたところ、僕の故郷に生きている人間はいなくなった。僕という脅威を前に逃げていく人間たちは全く現金なもので、ありがたいが呆れもする。だって今日死のうが生き延びようが、来る明日などたかが知れている。
みんな同じ、路傍の石ころよりも意義のない畜生だよ、お前らなんてさあ。

「やあ、ただいま」

それに比べて、僕の恋人は美しい。心も形も、全部全部、なによりも美しい。

「おかえりなさい、寂しかったわ」

嘘みたいに綺麗な手で、僕の手を包み込む。
何も知らぬ美などこの世にはないんだ。人でなければこの美しさはありえない。全てを知っても変わらないことが美なんだ。知らぬふりの善人も、知らぬを是とする悪人も、みんなみんな美しくなんかない。ただ人間の形を持った畜生だ。
彼女は全て知ってる、けれど幼い頃から変わらない笑顔で僕を愛している。だから美しいんだ。

「ごめんね、でも、これからは一緒だよ、僕ら」

ふと、泣きたくなった。知っている、僕は知っている。

「ええ、最期まで」

あまりに嫋やかで、美しい、冷酷すら思わせる優しい手が、僕の頬を撫ぜる。
ひきかえ、僕の手は宙を掴むばかりで、たった1人の人間すら留められなかった。本当に、そうできたならよかった。君と2人、君以外目に入らない世界で、終末を迎えたかった。

「どうして、生かすのは難しいんだろうね」

喉が震える。

「あら、そんな悲しいことを言わないでよ」

だってそうじゃないか。
嗚咽を抑えようとした。でもダメだ。逆にもっとみっともなくなって、無様に君との間に落ちていく。王に傅く従者みたいに、首ががくんと垂れた。
悲しい。


「ねえ、顔を上げてよ、悲しいわ」


君が悲しむことなんて何一つしたくないのに、頭が重くて持ち上げられない。


「死にたくない、なんて、呪いの言葉みたいだ」

「ふふ、そっちこそ、愛してる、なんて、おわかれみたい」

馬鹿言うな、おわかれなんかしないよ。そもそもおわかれなんかする必要もないね。僕は忘れるつもりなんかないんだ。

「ねえ?私はね、あなたのなかで生き続けるなんて、薄ら寒い馬鹿みたいな御託はならべたりしないわ、悲哀ヅラでぐだぐだ言ったって心臓が止まれば人は死ぬのよ、誰にとってもそれは紛うことなく死でしょう、美談にするなんて馬鹿げてる、常識を悲劇にするなんて滑稽だわ、誰が覚えていようが死人は生き返れない、覚えているからなんなの?死んだら終わりよ、それがあたりまえ、当然のことなのよ、心の中で生きてるなんて不自然だわ、だって結局思い出なんだから」

「そうだね、美しい思い出を見たって、会えないなら、触れ合えないなら、キスもできないなら、悲しいだけだ」

あの日と変わらない、死に顔と同じ、穏やかな笑顔。
君は本当は笑顔で死んでなんかいない。死にたくないと言って死んだんだから。今とは逆、僕の手が君の手を包んでいた。細く、弱く、可哀想な白い手。その手を震わせながら拳を作って、死にたくないと言って死んだ。
死後硬直が始まる前にと、葬儀屋がその顔を笑みにした。似合ってなかった死化粧も、敷き詰められたドライアイスも、全部が僕に知らしめた。

「君は死んだ」

「そうね」

花も何も、手向けのもの全て、参列する喪服全て、坊主の声、鼻をすする音、悲しそうな顔、重厚さばかりの火葬場、焼き上がり待ちの宴会、忌み箸、ひどく白い君の骨、かき集める不愉快な音、頭蓋骨の蓋。全部が、僕に思い知らせた。

「ねえ、私もあなたを愛してる」

夢から覚めた。

「愛してる、なんて、」

呪いの言葉みたいだ。
世界の終わりは来ない。知っている。殺したはずの人間も生きてるんだろう。
もし本当に世界の終わりが来るとして、君が生きていたとして、僕はわざわざ誰かを殺したりはしないだろう。最期までずっとずっと、君の側にいただろう。
けれどもし本当に世界の終わりが来るとして、君は死んでいて、僕は夢の中と同じことをするだろう。最期の一週間、君の墓の前で君だけを見て過ごすために。夢よりももっと多くの人を殺すんだろう。だって君が死んだのに生きてるなんて。君より意義のない人間が、君が死んだのに生きているなんて。

世界の終わりは来ない。君は死んでいる。僕はどうしよう。

『愛してる、なんて、おわかれみたい』

いつも通りの朝を殺せるならよかった。
君がいないことが当然になってしまった日常なんて、殺してしまいたい。でも僕は死ねない、死につながることだって出来やしない。死んだって思い出だって、僕の中には君がいる。思い出と一言で片付けてしまうには美しすぎる。死んだとただ事実を並べるには愛おしすぎる。会えない、触れられない、キスもセックスだってできない。けれど確かに、僕の脳裏には君がいる。あの日のまま、死にたくないと泣く君がいる。
世界の終わりは来ない。君は死んでいる。悲哀ヅラでぐだぐだ言ったって、思い出だけだって、まだ世界には君の残り香がある。

愛してるなんて言わないよ。





(おしまい)

インスパイア兼リスペクト
:落日/東京事変

うわあ何この文中二拗らせすぎ…
たまに後々読み返すと書いた時の脳内開いて見たくなる文章が生まれますけどこれはもう後書きの時点でそんな感じ
何も考えずに書くとだいたいこんな感じなります
あと中二も拗らせてました




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