フラス子
悲鳴をあげていた。限られた赤い色は何もかもを染めるのに、すぐに断末魔と一緒に殺されてしまう、かわいそうだ。夕暮れが短いから同情しているわけじゃない。同じくらいに、朝も夜もかわいそうだ。朝は優しいのに、諦めた奴は嫌う。夜はとても綺麗なのに、眩しいからみんな瞼を伏せてしまう。なにもかもが美しく、そして哀れだった。
フラスコや試験管やビーカーが親ならよかった。そうしたら正しく美しく、僕はなにひとつ間違えずに済んだろう。同じような人はたくさんいても、かなわないならひとりでいるのと同じだ。もうひとり僕が欲しい。誰も彼も、僕を理解できないんだから。
ひとりで立っている方がよっぽど楽だと思った。
「かわいそうにね、悲しいなら捨て置けばいいのに」
夕暮れが今際の際に吐いたのは、哀れむようで嘲笑うような遺言だった。
捨て置けるなら楽だ。そんな気の利かない言葉を叩きつけられるくらいなら、思いきり殴られた方がいい。
『きもちわりぃ』
淋しい、そうじゃない。切ないわけでもない。彼と同じように可愛い女を愛せないことが悲しいわけでもない。とっくに開き直っているけれど、かなわないのも拒絶もあの目も怖かった。下腹部が重く痛んで、息が出来なくなる。ただただ苦しい。
「どうせかなわないなら、忘れてしまえばいいじゃないか」
笑顔でそう言ったのは夜だ。
夕暮れの遺言も夜のその言葉も、短い間に死んで生まれてを繰り返す者の戯れ言だ。捨て置けないもの、かなわないもの、忘れてしまえないもの、全てに足をとられる。だからこそ僕はどうしようもないほど人間で、彼が愛する女との違いなど、形でしかない。
「理不尽だなんて錯覚だわ、この世の全ては平等に不平等なの、あなただけが報われないんじゃないの、諦められないなら死んだ方が楽よ」
朝の声はいつだって優しく、それが形作るのも優しかった。例え出来損ないであろうと、僕は普通の人間だ。いくら楽になりたくても、死ぬのは怖い。誰がどう言おうと、死ぬのに使うのは間違いなく勇気だ。女を愛する男や、男を愛する女、そんな普通の人間と同じように僕は臆病者だった。ぐちゃぐちゃにはなれない。
理不尽だと、思った。不平等だとも。
愛される権利が欲しかった。愛する権利なんてものはどうだっていい。それはきっと愛される権利に付随してくるものだ。
何が違うって言うんだ。叶わない恋に泣くのも、届かない指先を疎むのも、凍える髪先が愛しいのも、なにも変わらないのに。
僕はただ、君と手を繋いでみたかった。
(おしまい)
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