ステッカーと紡ぐ夜


男の無慈悲な言葉が彼女を貫き、じくじくと内側から腐らせていった、満月が輝く夜。ある一人の魔法使いは端から見れば下らない狂気に侵されていた。そしてその指先は星を掴み損ね、永遠に心が届くことはない。
ともすれば、そうなってしまった過程は彼を生かし、結果が彼を殺そうとする。そんな夜である。若く美しい政治家は、釣り合わない娘と恋に落ちた。
娘は言う。

「優しいものばかりでこの世界が出来ていたなら、私たちは許されたのに…愛だけで出来ていたなら」

政治家は優しく微笑み、彼女の青白い頬に指を滑らした。そして愛に溢れた口付けを落とし、娘に諭す。

「とうに、この世界は愛でつくられているよ、必ずしも愛が優しいとは限らない、だから誰も優しくないのさ」

愛が二人にもたらした物は、幸福と絶望だった。冷たく柔らかい水の奥、そのさらなる奥に、美しく愛し合う二人が沈んでいく。水泡が消える頃、愛がまたこの世界に溢れた。月の光がなにもかも、愛で隠されるべきなにもかもを暴き晒す夜のことである。

暖かい殺人鬼が、娼婦に恋をした。彼女は鳥かごを持ち上げて、娼婦を訪ねた。

「あなたが飛び立ちたいなら、すぐにつれていってあげるわ」

鳥かごを囲む鎖を悲しい目で舐め、娼婦は唾を吐いた。

「あたしの汚い手とあんたの小さな手とを合わせたって、花は溢れるばかりでしょう、鳥かごよりも花がたみが欲しいのよ、あの子が死んでいった水に浮かべるの、無垢で可愛い花をね」

殺人鬼は頷いて、鳥かごの鎖を取り除いた。そこに娼婦の目玉を入れて、この町一番の花畑へと連れていく。月光の下で踊る花を一輪咥え、娼婦は土へと飛び立った。墓を掘る殺人鬼の小さな手を動かすのは、違わない愛だ。涙も染めゆく夜のこと。

やっと恋人の敵を取った商人が、殺人鬼とワルツを踊った。力なくステップを引きずる彼女の体は、血にまみれてあどけなく笑う。死体を引きずりながら高く高く笑っていた商人を、彼の幼馴染みは突き落としてやった。大切な幼馴染みを奪われた彼の、復讐でもあった。星に帰す間際、商人は正気に戻り。奪ってしまった幼馴染みの愛にキスをした。

「さようなら、僕のいとしいひと」

幼馴染みは復讐をとげ、商人を取り戻すことに成功した。そんな彼を殺す月の夜。

詩人と一匹の白い鳥が、ある森に迷いこんだ。
じっと雄弁な夜明けを待ち、ひたすらに凍える体を寄せあっていたが、月は青いばかりでその手を差しのべることはない。だがその青で鳥は染められ、青い鳥となった。なすべきことはなされない永い夜、鳥は透きとおった声で歌う。

「手も足もさしあげましょう、目も耳もさしあげましょう、あなたを感じとる全て、あなたにさしあげましょう、手に入らないのならば、あなたの思い出以外どうか私から奪い取ってしまって」

嘴を天に向ける鳥に、詩人は問うた。

「命さえも?」

鳥は煌々と照る月を見、はらはら涙をこぼす詩人を見、答えた。

「私の肉であなたが永らえるなら、このちっぽけな命さえもさしあげましょう」

その詩人の元に夜明けが訪れたか、誰も知らない夜。
魔法使いは呪いをかけようと、月光が集まる丘に立った。愛しいものが淋しくないように、全てを贈ろうと禁断の呪いを口にした。

「君が死んだっていうのに!君よりも価値のないものがのうのうと生きているなんて!」

呪いは失敗し、愚かな魔法使いは価値の違いに殺された。同じく命が尽きたというのに、同じ場所に行き着くことなく、永久が哀れみを紡いだ夜。

「おめでとう、しあわせに、どうかどうかしあわせになっておくれ」

涙を無理に染めて繕われた言葉が、女を貫いた。
形にしなければわからないことを男も女も忘れていたのだ。人は傲慢にも、その高圧的な光でもってして愛を否定する。

「愛はなにもつくらないのよ」

月が言う。
いくつもの柔く優しくない愛を見届けた青白い光は、今は丸く、ただ照らしている。

「名前だって、本当は要らないの、つくりだせないのだから、なにもつくらないのよ」

過程が誰かを生かし、結果が誰かを殺そうとする夜である。





(おしまい)

オムニバス型キチガイ小説というジャンル(提案)




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