偽物しか愛せない悲しい夕
─むかしむかしあるところに、作り物しか愛せない男がいた。
彼は作り物ではないものが怖くて、人や動物を殺した。たくさん、たくさん。
そんな彼が、心から愛した人形があった。それはかつて彼がまだ作り物もそうでないものも愛せていた時に、一緒に暮らした妻に似せて作られたものだ。彼は人形とワルツを踊り、詩を紡ぎ、そうして暮らした。彼と人形だけの世界。
その昔に、世界を滅ぼさんとする悪い魔女を倒し、世界を救った英雄がいた。若くして偉業を成し遂げた彼は、やがて大人になり、心から愛した妻を迎えて静かに暮らそうとした。けれど民衆はそれを許さなかった。嫌だと言う彼を表舞台に引っ張りだし、ひたすら持て囃した。
そんなことが続く内に、彼を狂愛する女が現れて、彼の美しい妻を殺してしまった。
血まみれの妻を見つけ、駆け寄り抱き抱えた彼に悪魔が囁く。「あのおぞましい魔女は生きているよ、ほらアイツも、アイツも、とりつかれているよ、喉を裂いておやり、お前の愛しい妻がされたように!」
英雄は、悪鬼にとりつかれた。
悪魔が言うままに道行く人間を手にかける。骨を砕き、喉を裂き、その手を血に染め、いつしか彼は、花咲く丘の鬼と呼ばれるようになった。
彼のもとに、かつて倒したはずの魔女が現れて言った。「言っただろう、きっとお前は不幸になると、言っただろう、お前の大切なものは奪われると、お前は私と同じだ、私より弱く、私よりも残酷に人を殺した、お前にこれをやろう、いずれ来る日まで、せめてその手が汚れぬように」
魔女が彼に手渡したのは、ひとつの人形であった。彼の妻と同じ、白雪の肌に、桜色の唇、亜麻色の髪、夜の空のような瞳。
その人形は、彼が恋い求めた姿そのままだった。気に入っていた青瑪瑙の髪飾りが、光を反射しながらゆらゆらと揺れる。何も言わぬ作り物が、彼にはとても愛しかった。騙らず、殺さず、死なない。彼にとって、その人形こそがただひとつの本物になった。
作り物など愛せないと、花咲く丘の鬼は生まれあふれる作り物を壊して回った。
花咲く丘に深く愛した妻と暮らす男の元に、やがて英雄になるであろう青年がやってきて、彼を殺した。彼は死の間際に青年に語りかけた。「きっとお前は不幸になるだろう、そしていつか、お前の大切なものは奪われる、そう決まっているのさ」
青年は、息絶えた男の墓を作り、人形と一緒にいれてやった。
冷たい土の中。「…ああ、むかえにきてくれたんだね」─
パタンと本を閉じ、少女はため息を吐く。
傍らで朗読を聞いていた友達に向き直ると、肩を竦めて言った。
「ねえ、この話最低だわ」
「どうして?」
「まるでわかっちゃいないでしょ、どうにだって作れるのに、どうして幸せになれないの」
「馬鹿ね、人生と同じでしょう」
「本と人生は違うわ、幸せにしてあげられないのなら、物語なんか作らなくていいでしょう」
「彼が幸せかそうでないか、作者にしかわからないでしょ、魔女にもね」
「私、幸せじゃない物語は嫌い」
「そう?」
「でもそれ、ノンフィクションだよ」
魔女は笑う。
(おしまい)
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