(un) ジャック ザ リッパー
私に、救世主が現れた。
彼は私が嫌いと言ったものをすぐに切り裂いて殺してくれる。誰が気狂いだ残虐だ冷血だと言っても、私には違うことなく救世主だ。
救世主は、私を愛していると言う。
どれだけの血を捧げられたって、応えられない言葉。私が嫌いなのは、あの子が好きになるものだけ。私が好きなのは、あの子だけなんだから。
それでもいいと彼は言った。私の汚れきった手を見て、その手が血で穢れないようにと言った。殺人鬼という呼び名がこれっぽっちも似合わない彼は、花開く光彩を隠して笑う。上下の睫毛が触れあうほど細められた目は、ひたすらに優しい。
額を寄せあうのにも、手を握りあうのにも、拒否はしない。表向き、彼はどこまでもオトモダチ。
同じくオトモダチなんていう意地の悪い名詞を貼り付けられた私に、彼女は疑いもせずに言うのだ。
「私ね、あの人を好きになったの、とても優しくて、綺麗な目をしているのよ」
恋する乙女のなんて可愛らしいことか。
それが私に向けられるのであれば、あの手は血に触れもしなかっただろう。
罪深い子。私を残酷にさせて、彼を血塗れにする。
「今度は、あの男を殺して」
私たちは、昔にイギリスに出没した連続猟奇殺人鬼になぞらえて、切り裂きジャックと呼ばれるようになった。当然、私は喜んだ。迷宮入りした事件に例えられるなんて、とっても縁起がいいでしょう。
「…いいよ」
名前と特徴を告げてお願いすると、彼はいつもあの花開く笑顔を浮かべる。
切り裂きジャックが殺すのは男ばかり。
あの子が好きになるもの。あの子を私から奪うもの。
「目を、潰してあげてね」
「うん」
翌日のニュースを見るととても晴れ晴れした気分になる。切り裂きジャックはどこまでも冷酷にこなしてみせた。ひとつも躊躇わず、無垢そうな笑みすら浮かべて。
あの子は泣いていたけれど、いつか立ち直ってくれるだろう。気付いてくれれば、これ以上好いた男を失わずに済むのに。
「殺して、あの男の肩を切り裂いて」
「いいよ」
「殺して、あの男の鼻を削って」
「いいよ」
「殺して、あの男の首筋をズタズタにして」
「いいよ」
「殺して」「殺して」「殺して」「殺して」「殺して」「殺して」「殺して、あの男の足を奪いさって」
「いいよ」
何度でも、何度でも、あの子を奪われる前に、あの子から奪った。
何度でも、何度でも、彼は武骨ではあるけれど、それでも美しいはずの手を汚した。
酷く神妙な顔のニュースキャスターは言う。切り裂きジャックは冷酷で残忍で、血も涙も心すらないのだと。切り裂きジャックは、鬼だ、悪魔だ、人間ではないのだと。
例えば本当に、彼が鬼や悪魔であったなら、もしかしたらハッピーエンドが待っていたのかも知れない。
「ねえ、この前一緒にいた、手がとてもきれいな人、恋人なの?」
「ううん、ただの友達よ」
「よかった、あのね、私あの人に一目惚れしちゃったみたいなの、紹介してくれないかな?」
悲しい。
殺人鬼は、どんなにきれいな手をしていたって、愛を嘯いたって、どこまでも悪役。
ねえ悪役が辿る運命って?
「殺して、貴方の腕はもういらないの…出来ないのなら私を殺して」
「愛してるよ、君は幸せになるべきだ」
「…私から、あの子を奪わないで、お願いよ」
「奪わないよ、どれだけの命を奪っても、君からはなにひとつ奪わない」
神妙な顔を作って、ニュースキャスターは言う。
切り裂きジャックは冷酷で残忍で、血も涙も心すらないのだと。
私の汚れきった手を見て、その手が血で穢れないようにと、殺人鬼は言う。そんな呼び名がこれっぽっちも似合わない彼は、花開く光彩を隠して笑う。上下の睫毛が触れあうほど細められた目は、ひたすらに優しい。
彼の心は確かにあるの、私が持っているんだから。
「さようなら、切り裂きジャック」
もう二度と、あなたの手は汚れない。
(おしまい)
語り部が不愉快
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