プリンキピアの目から逃れる万有


日が落ちる背表紙はとても悲しかったのです。そうして遠ざかる姿を見送ったのは騒がしく蠢く全てが止まった駅構内。指先はまるで小雨そぼ降る冬の早朝のようでありました。私が立つ場所より悲しいものなどどこにもないでしょう。
出会いは蛇遣い座の頭のような場所。なにも見えぬ漆黒とは一味違っておりました。漆黒に散る銀。かくあるべき光彩は花のようで傷のようで縫合痕。私を撃ち抜くことは遠い昔から決まっていたことであり、夜の帳が明け方の囀りに殺されるごとく当然のことでした。
では別れの必然性とは量子に背くべき恥または罪であるのでしょうか?物理的介入は許されざる無知であったというのに。

「戯れ言だ!許しがたい恥知らずだ!ショットガンも死ぬべきだ!許しがたい綺麗事だ!」

彼の人が叫んだのはビリヤード台の上。糾弾されているのは可哀想な無精卵でありました。
納得出来ぬなら死ぬべきは許されざる不義です。無精卵が貫く忠義は最早出会ってしまった子宮と不在。私は悲しくて仕方がありません。誰も美しいものなどいないのです。殺すのはどの手をのばした誰でしょうか?永遠はただの弊害であります。殺せないなら目を瞑ってしまえばいなくなる。
全部が矛盾しているのです。生きているのに死に向かう性と、死にたくないのに死ぬしかない不幸の象徴。どうせみんな落ちる林檎であるのに、無花果のつもりである滑稽さを殺せないのですか?

「私は廻ることすら億劫に思うよ、息を止めたら消えるのが摂理であるはずだ」

それが真理なら、人は死を恐れるばかりの空虚になるであろうに、いや、死を恐れぬ愚は死ぬべきか?どうして矛盾?
林檎は砕けるしかないのなら、その手で砕いて欲しかった。潰して、ただ苦渋よりも甘酸っぱい血を流すだけの白い花。
そうだ、手も光彩も星も、花に似ているではありませんか。靴底に踏みにじられ殺される瞬間の無垢。幼子の手も折ることができる、あまりの残虐と冷酷。では美しくあるべきです。人はみんな美しくあるべきです。せめて外面だけは美しくあるべきです。本当に花の心は諦めるべきです。偶然に手術台で出会うミシンとこうもり傘の奇跡を諦めるように、みんな諦めて悔いるべきです。醜く生きろと思うのです。

「ただ信じたくないだけだろう」

いけませんか。皆々様が醜く生きることを願うのはいけないことですか。不義でも無知でもない。恥知らずでもない。綺麗事ならばよかったと思うのです。だからこそ綺麗事ではない。醜く生きろ、醜く生きろ、美しくあるべきです。誰も彼も私より醜く生きろ。花のかんばせで、醜く歪んだ心を隠せ。誰も彼も私より美しくあるべきです。醜く生きろ。隠し通せぬのは他人への不義と知れ。醜く歪んだらもう二度と腐らない。それが素晴らしいことだと思えばもう傷付かない。鉄壁を手に入れようではありませんか。優しく嘘を吐く必要などないのです。誰を傷付けることもなくなる。皆々様、鉄壁を手に入れようではありませんか。擦りきれるまで真実だけを口にしようではありませんか。皆々様が醜く生きたなら世界はずっと美しくなれる。
本当の優しさを手に入れようではありませんか。半端な優しさを殺せないのであるなら、一層他人を見ない方が美しくなれる。
醜く生きろ。花のかんばせで醜く歪んだ心を隠せ。鉄壁を手に入れようではありませんか!

「滑稽だね」

誰も美しいものなどいないのです。
這い蹲れない無精卵のように、醜くあれば醜くあるほど矛盾を無くせる。手をのばせないなら切り落とすべきです。出来損ないなら切り落とすべきです。腕が悪いなら銃など捨てるべきです。盲目なら、空の色を知れぬなら、美しささえ知らぬなら、眼窩の裏側を憎むべきだ。心を亡くして生きていくならおぞましい矛盾を殺すべきだ。
盲も娼婦も無精卵もみんな醜く生きろ。諦めて悔いるべきです。花はその手で手折ればいい。ただ甘酸っぱい血を流すだけの白い花。

「では難解はどうして殺す?」

さて、答えなどないのでしょうね?





(おしまい)

マルドロールの歌の一文の引用があります

難解だけをテーマに書いた結果です
別に過激な思想とかは組み込まれてないです
難解で気持ち悪い文を書きたかっただけです




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