星散る瞳


瞬いては消えていく、厭世すら匂わせる刹那的な人であった。星のようだ、そう思ったのは至極当然のことだろう。普通の人間であるために必要なものがことごとく欠如しているその人は、名を月といった。星であることには間違いはないのに、どうしても受け入れられなかった。月やエウロパのような衛星では、あの人には高尚がすぎるような気がしたのだ。
もっと小さな星でいい、誰が知ることもなく、宇宙の彼方で燃え、地球に届く光などささやかすぎて、無くてもあっても変わらぬような、そういう星でいい。あの人はそういう星なのだ。そういう、ちっぽけで、でも確かに瞬く星、安穏の夜空をひそやかに飾る星、ちっぽけな、私の希望の星。

その命を燃やす光を雲が覆い隠す、陰鬱な夜であった。私の三歩ばかり先を歩きながら、彼は窮屈そうに言った。

「夢を見るのはどうしてだと思う」

「さて、小難しい理由があるのではありませんか」

「違う違う、あらゆるものに付随する小難しい理由なんてみんな嘘っぱちだよ、小難しい人間がその小難しさであまりにあんまりな難解をとってつけているのさ」

ふと振り向き立ち止まった彼に、雲があってはいけないのだと気付いた。どれほどささやかな光でも、隠してはいけない。彼の目は翳り、星のような人なのにひどく頼り無さそうに見える。今にも死に逝く儚いにおい。

「へえ、そうですか、ではなぜ夢を見るのでしょう」

「みんな知りたくないからさ」

彼はそのまま力ない笑みを浮かべた。何故か距離をはかりかねて、靴の踵が地面と擦れる、ザリッという音に気圧された。
彼が瞬くのを見逃してしまいそうで、まばたく間も惜しくなる。

なにが銃弾か?

「と、言いますと?」

「夢を見ない瞬間というものがあるだろう?あれはね、真理に近づいている瞬間なのさ、目を閉じると星が見えるだろう、あれが手招いているんだ、知らずに生きるなどお笑いだとね」

「知らない方が幸せなのでしょう?」

「ああ、うん、でもね、やっぱり怖いじゃないか、人は死んだらどこへ行くんだ?」

何も何一つ言葉が出なかった。

なぜだか、非情だと思う。
死のにおいが付きまとっている。それがこの場になのか、この人になのか、わからない。わかりたくない。
死のにおいが付きまとっている。影が燻る嫌なにおい。揺れて痩ける嫌なにおい。安穏が腐り落ちる音、星が弾けて崩れる音。水を汲んで洗い流したかった。
星のような人、けれど星ではない光。

なにが銃弾か?

『人は死んだらどこへ行くんだ?』

知らずに生きる方が楽だ。
けれど知らずに死ぬのはどうだ?
星のような人、けれど星ではない光。
それが真実で、誰にも見えないはずの私の安穏であった。
アルクトゥルスにも、スピカにも、デネボラにも、この手は届かないのだから。

「どうして違った?どうして見えない?明日は消えないのか?夢は瞬くのか?星降る地には何がある、孤独を殺せば救われるのか?」

「白い部屋に、真実はあるのですか?あの場所に行ってしまわれるのですか?」

手が届く場所にある安穏が、少しずつ遠退くのが見える。けれどまだ届くうちに、届かせるべきであった。
思い出さなければならない場所に、行ってしまう。脳裏が疼くのに手をのばせない。

「私をおいていかないで」

眼球の奥が痛む。
彼は笑う、星散る光彩にまぶたの影を落とし歪ませる。星が死ぬ夜。私の安穏が。

「億千とはよく言う、僕も君もその内のひとつ、どんな孤独も重ねられればきっと消えるさ」

影が燻る嫌なにおい。揺れて痩ける嫌なにおい。安穏が、腐り落ちて焼ける音。
たったひとつ、星が増えたことに気付く人はいるだろうか。ちっぽけなよだかのような、名も要らぬ星。届かなくなった月。





(おしまい)

季語はアルクトゥルスとスピカとデネボラです




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