春の翼


思春期男子の青さというものを知っているだろうか。
とにかくセックスに通じることばかり考えているのだ。十代終わりの童貞のごとくおっぱいというものを見つめ、少し過激なだけの歌にもやたらと反応をして見せ、乞食が小銭の音を追うようにスカートが捲れる風に祈りを込め、ベッドの下(あるいは本棚裏、押し入れの奥の怪しい箱等)は桃源郷、夏服もパンツの中身も桃源郷。そういう生き物である。

話は変わるが、僕についてのことを。
僕という生き物は、一人をこよなく愛している。何者にも遮られることのない思考と、穏やかな静寂、肌に触れるやさしい空気、一人でしか堪能することのできないものたちだ。血を同じくしながら何も理解することのない肉親や、各々逆方向を向いて騒ぎ立てる友人ども、わかっているフリをして何もかもを知ることのない教師、そんな目障りな存在がいない時間。それは僕にとって愛すべき時間だ。自分一人がいればそれでいいじゃないか。何もかもに煩わされることなんてないんだ。そう考えるから、僕はいつだって一人で立っている。人間という生き物は、二人以上存在すると悲しみしか知ることができなくなる。人間とはずっとずっと一人でいるべきなんだ。一人で産まれ、一人で生き、一人で死ぬべきだ。
そもそも、二人以上で生きている人間というのは、ただ二人以上で生きているつもりになっているだけ、あるいは二人以上で生きているフリをしているだけにすぎないのだ。決して消えることのない不満や疑問や孤独を適当な理由または他人を見繕って解消した気になっているのだ。そんなのって滑稽じゃないか、空しいじゃないか。

「ねえあいつ知ってる?」

「え、あいつ?あいつって、前歩いてる?なんかやたら嫌われてない?」

「そうそう、なんかあいつと同じ学年の後輩が言ってたんだけどさ、あいつって、**らしいよぉ」

「うっそ、マジで?キモッ」

「で、なんかぁ…」

一人とはいいものだ。
他人様に思考を遮られることも、煩わしい心の移り行きに惑わされることもない。もう疲れたのだ、僕は。他人といて揺れる心や、ただ人を傷つける一心で吐かれる言葉、誤摩化しの半端な作り物の笑顔。そんなもの要らないと思う。僕が欲しいのはただひとつだ。それをくれない他人どもなど、寄り添う価値もない。優しさも笑顔も言葉も偽りなら、僕はなにも信じることなどしない。自分すら信じることはやめた。もう疲れた、ただ、疲れた。
だから不必要な他人から食らう後ろ指などは気にしない、つまりはどんな人からの後ろ指も、恐れる心は僕にはないのだ。

「それっていい迷惑だよねえ」

「ねえ」

「だから嫌われてるんだ、あいつ」

「ていうか無理でしょ、そんな奴」

「あ、そういえば話変わるけどさ、あたし別れたんだよね」

「えっ!?彼氏?コータでしょ?」

「そう、もうさ、ヤることしか考えてねーんだもん、ケモノかよ!みたいな」

「うわ、それはないわー、マジふざけんなって感じだよね」

「ホントそれ!」

「まあもっといい人見つかるよ」

「だといいなあ」

「隣のクラスのさあ、本永くんとかかっこいいよね」

「わかる!でも二年に中岡くんの妹いんじゃん?あいつと付き合ってんだよね」

「あれが相手じゃ無理って思っちゃうよね」

「マジで早く別れないかな、あの二人」

追い越した女子二人の会話は、僕からすればどうでもいいものだ。非常にくだらないと思う。あの二人は僕を馬鹿にして、そのくせ一人ではトイレにも行けないような臆病者なのだ。格下の人間に馬鹿にされても、負け犬がアホみたいに口をぽっかり開けて吠えているようにしか思えない。悲しいかな、あの連中は僕にとっては格下もいいところだ。会話からして年上だとわかるが、年齢などこの場合関係ない。酔っぱらって路上で横になるサラリーマンにゴミを見るような視線を向けるように、年齢など気にする暇もない。自らは天より高い場所に立っているつもりらしいが。

「あーあ、クズばっか」

そう、僕は何にも煩わされることなく生きている。誤摩化しも偽りもない僕だけの世界。心地よい一人だけの世界。僕だけが存在して、思考して、そうして僕一人でまわすせかい。欲しいものはある。でもそれは手に入らないから諦めた。馬鹿みたいに望むのはやめた。ひどくむなしいから、そういうことはやめてしまった。


『え、あいつ?あいつって、前歩いてる?なんかやたら嫌われてない?』

『そうそう、なんかと同じ学年の後輩が言ってたんだけどさ、あいつって、ホモらしいよぉ』

『うっそ、マジで?キモッ』

『で、なんかぁ、一個下に田町っているじゃん、そいつに告白したんだって』

『それっていい迷惑だよねえ』

ひどく寂しいから、そういうことはやめてしまった。
あの目も声も怖いから、そういうことは諦めたのだ。誰がなんと言おうが、絶対に僕は諦めた。諦めた諦めたと自分に言い聞かせなくては、僕という人間が浅ましく求めてしまうのだ。僕という思春期が、諦めることを難しいと決めつけてしまうのだ。あの子が欲しいあの子が欲しい。
僕だって人間、思春期の同い年と同じように求めることが、そんなにいけないことだったのか?そんなに許されざる感情を抱いてしまっただろうか。罪人を見るような視線を向けられるほど、そんなにわるいことを僕はしてしまったのだろうか。だとしたら人間とはみんな罪人だ。みんな罪を背負って死ぬべきだ。あの子も僕とともに死ぬべきだ。僕が許されないなら、それくらいの優しさをくれたっていいじゃないか。





(おしまい)




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