円環の欷歔
「知ってる?みんな何も見えてなんかいないの、見ることなんてできないんだよ、目隠しをしながら生きている、手探りで、もがいているの、気配を嗅いでさ、手のひらを聞いてさ、空気を触って、そうして生きているのよ、誰も彼もなにも見えちゃいない、これは本当のことなんだよ、見えてはいけないことなの、知りたくもなかったことなのよ、そうしてあたしたちは生きて、もがいて、死んでいくんだよ」
私の唯一無二の親友、盟友とも言うべき女はそう言った。
有象無象の家族達の中、彼女だけは私と同じだった。親に殴られ、蹴られ、犯され、殺されそうになって、そして、捨てられた。それでも、私たちはまだいいのかもしれない。この世には親を愛せない子もいるけれど、子を殺す親もいる。愛を捨てたって私たちは生きている。でもじゃあ、同じような絶望を味わい孤独を抜け出せないのは罪なの?
そうじゃないでしょう。そもそも私たちは、孤独なんて感じる必要もなかったはず。孤独なんて感じる暇もなく殺されていたはずなんだ。くそったれ運命の巡り合わせが悪く、助かっちゃったんだ。だからこんなにも孤独に呼吸を奪われる。つまらないつまらないつまらない人生になってしまった。くだらない人間になってしまった。なんて侘しい人間、殴られないと、殺されそうにならないと、どうにも生きていけない。
「ずっと可愛いなって思ってたのに、そんな女だったなんて、ゲンメツした」
そんなようなことを何回言われたのか思い出せない。ひどくシてと言ってもだいたいの男は喜ぶけれど、殴ってとか首を絞めてとか言うとすぐに不気味そうな顔をする。勝手に夢を見て、勝手に冷めて、勝手に去っていく。何も知らないくせに、知ろうとすらしないくせに、勝手に理想を押し付けて幻滅なんて言葉を使ってみせる。私は血を流さないと、窒息しながらじゃないと、安寧を味わえない。残虐をされないと、死んでしまう。
「よく、ひとりでいて平気ね」
「うん、あたしにはあなたがいるから」
私の唯一無二の親友、盟友とも言うべき女。
施設の庭、隅の隅で、2人語り合うのがいつもの過ごし方だ。家族なんだからねと言い張る有象無象は、口先を恥じることもせずに私たちを遠巻きにしてた。腫れ物に触れるみたいなぬるま湯に浸っている。
「私は、」
「ねえ、あたしね、あなたの望むようなことはできないの、だけれども、そばにいることはできるよ」
ううん、駄目だ。私は、それでも寂しい。
だって、それじゃあみんな同じ。適当な他人を見繕って、孤独をうまく隠せる人と同じ。そんなのって嘘だよ。
自分を悲劇のヒロインだと思うか?
当たり前でしょ、私の人生なんだから。私が生き残ってしまったのも、殺されそうになったのも、ひどく侘しいのも、悲劇以外のなんだって言うの?自分が一番可哀想なのはみんな同じでしょう。それを否定するなんていうのは、ただの体裁でしかない。
「ああ、みんなひどい、優しくしてくれるって言うなら、首を絞めてくれたっていいと思わない?」
「結局みんな、優しいのは自分にだけなんだよ」
「…そうだね」
彼女を盟友と呼ぶわけ。
ふたりぼっちの私たちは、ある秋の日に約束をしたのだ。父親が死んだと知らされた日に、小指を絡めて、違えぬように、解けぬように、破れぬように、一つの約束を交わした。たったひとつ。
『ねえ私たちいつか離ればなれになっても、』
『うん、いつか離ればなれになっても、互いを忘れてしまったとしても』
『死ぬ時は一緒に、ずっとひとりぼっちだったんだから』
『せめて、死ぬ時は一緒に』
身を打つ真実が、私たちをさらに孤独にさせていた。同じ色の髪、目。でも、なにもかも違う。信じたくなかったんだと、今更思ってる。腫れ物に触れるみたいなぬるま湯も当然だ。汚い、汚い血が流れてる。私たちはずっと一緒。最初から一緒だった。でも孤独が重なったって、結局は孤独。
「ねえ、ゆみちゃん」
いつかの記憶まで沈めていた意識が、呼ばれたことによって浮上する。
「なあに、みゆ」
私たちの名前は、施設の大人がつけた名前だ。ここに放り込まれた時、私は7歳で、みゆは6歳、戸籍どころか名前すら無かった。どちらも痩せっぽちで、全ての大人に怯えて、どうしてか出会って間もなかったのに寄り添っていた。あの頃はなぜみゆと一緒にいたのかわからなかったけれど、今ならよくわかる。
「それでも、あたしはずっと味方でいるから」
「…うん、私もそうだよ、みゆ」
寒くなんかないのに、ずっと寄り添っていた。
「さあ、もう寝ようよ」
暗転。
「なんでそんなこと言うんだよ!!」
もう何人目に、何度目になるだろう。ただ首吊りロープと同じことをして欲しいだけなのに。拒絶の目。ううん、この男の場合、拒絶はフリだ。悲しいかな、私は目の前の男の本性を知っている。
私とみゆが通っている学校では、私たちが施設に住んでいて姉妹も同然に育ったことは結構知られていることだと思ったんだけど、この男は何も知らず、みゆと別れた後に私と付き合ったらしい。この男は私の本性を知らなくても私は知っている。
みゆがこの男と付き合うようになってから、たまに頬を腫らして帰って来た。流石に不審に思ってみゆに問いただせば、こいつに殴られたと言った。みゆは、私と違って殴られなくても生きていける。ただどうしてもセックスが出来ない。どうやら父親に犯されたのが原因で、セックスに対してどうにもできない恐怖心を抱いてしまうようになってしまったらしい。みゆとセックスが出来ないとわかったこいつが、腹を立ててみゆを殴った。首を絞めることもあったと聞いた。だから私は、みゆにこいつを譲ってもらった。たったそれだけで簡単に人の首を絞められるこいつは、結局それが本性なんだ。だから、譲ってもらった。
「どうして?」
「どうしてって、だっておかしいだろそんなの!」
「知らなかった?おかしいのはみんな同じでしょ」
優しくするよと、この男は私に言った。優しくするって何?親切や思いやりというなら、私の首を絞めるべきだ。できないのなら優しさなんてどこにもない。できないのならこの男の本性なんて意味が無い。
「そんなの…!」
「みゆには出来たのに、私にはできないの?」
「…なんで知って、」
「私とみゆは同じ施設で暮らしているから」
「復讐のつもり?」
馬鹿げてる。
「ううん、私は心の底から、首を絞められたいと思ってる」
「っ俺はもうそういうの嫌で!やめようと、みゆちゃんにはひどいことしたと思ってる、けど今度は、今度こそ優しくしたいんだよ…っ」
「あなたのいう優しさってそんなものなんだ、反吐が出る」
みゆ、ねえ、わたし、あのときしんでいたらよかったのかもしれないな。殴られたいとか絞められたいとかそう言う気持ちが、悪癖なのはわかってるつもり。でもこれは別に性癖ではない。ただ息をするのに必要なだけなんだ。息を止められないと、息ができない。
でもさあ、やっぱり、わたし、いましにたいわけじゃない。だってそうでしょう。生きたいから、首を絞めて欲しいんだよ。
「なんで、なんで!死にたいのかよ!?」
「あなたにはなにかをしないと生きていけないってことがある?」
「は…?」
「私は、乱暴にされることをしないと生きていけない、私はまだ死にたくない、でもわからなくなるの!どうして首を絞めてくれないの!優しくしてくれるって言うなら、ねえ、私のために首を絞めてよ、それができないなら、あんたらの優しさは全部全部偽物だ!」
鶏の首を絞めた時みたいな、声帯を開かないままの金切り声。ああ、みっともない。でも、だって、じゃあ、私はどうしたらいいの?結局愛してしまっている。あの悪魔のような父親を。
「そんなこと…」
「いつきくん、私ね、セックスの時は服を脱がないの、今まで付き合った男はね、誰1人私の裸を知らないの、どうしてかわかる?」
「わ、からない」
「根性焼き、ナイフとか錐の跡、ああ、あと焼きごても当てられたりしたなあ、痛かった、でもお父さんはやめてくれなかった、お母さんもとめてくれなかった、いつだったか、私諦めたの、そうしたらね、乱暴されないと生きていけなくなった、でもお父さんはもういない、私とみゆを捨てて、どっかで捕まって、挙げ句死んだ…あの子は私の妹なの、腹違いの、あの男の血だけが同じ妹」
ごみためのような場所で、私は育った。私たちの母親はあの男に殺された。ただ生ませたら用済みということ。母親が埋まった庭で、私は育った。私が5歳になった時に、父親は手を出し始めた。みゆは4歳だって言ってた。逃亡するために、父親は私たちを施設に放り込んだ。施設で初めて会ったのにそれから今までずっと一緒にいたのは、あの子が妹だと、私が姉だと本能でわかってしまったから。程なくして捕まった父親のせいで、施設の大人はまるで汚いものを見るように私たちを見てた。家族なんて笑わせる。ゆみ、みゆ、私たちだけで完結ということ。刑務所内で死んだということは別々に教えられたけど、すぐにお互いに話してしまったからわかったんだ。綺麗なままでよかった、みゆは綺麗なまま、あの男の血なんかで汚れていないんだと思っていたかった。
お父さんにあいたい。
「ねえ、私を哀れと思うのなら、殴って、その手で優しく首を絞めてよ、息が止まるほど優しく」
おずおずと、いつきくんの手があげられて、そのまま妥当な力加減で殴られて床に倒れる。いつきくんは倒れた私に覆い被さって、まず慣らしもしていない膣にペニスを押し込んだ。それから泣きそうな笑顔で私の首を絞める。
「狂ってる」
「ぁ、かはっ…ぃ、は、ひぐ」
いつきくんが腰を振る。さっきまでの会話のどこで興奮したのか知らないけど、いつきくんのペニスは固くなってて、生暖かいカウパーがピュクピュク中に出てた。
「はは、本当好きなんだ、やらしい顔…ああ、そろそろ死んじゃうか」
「っ、げほっ、は、んぁ、い、つき、くぅ」
「ねえ、ゆみちゃん、俺は優しくなれたの?」
必死で頷く。
「…本当、狂ってるよ」
「ぅ、あ、ひぅ、そ、ち、こそ」
でもね、いつきくん。だからこそ私たちは、確実に幸せになれる。
暗転。
「ねえ、ゆみちゃん」
「なあに、みゆ」
「愛してるよ」
「うん、私も、愛してる」
「あたしは、ゆみちゃんの幸せを祈ってる」
「私も、みゆの幸せを祈ってる」
「いつきくん、やってくれたんだ」
「うん、殴ってくれたし、首も絞めてくれた」
「ねえ、ゆみちゃん」
「なあに、みゆ」
「幸せになれた?」
「うん、だから今度はみゆの番」
「ごめんね」
「いいの、だってみゆは私の可愛い妹なんだから」
「ありがとう、ゆみちゃん」
みゆは、殴られなくても、首を絞められなくても生きていける。でもそれじゃあ、みゆは幸せになれない。みゆの幸せは死ぬことだけ。死なないと、幸せになれない。
「死ぬ時は一緒って言ったでしょ」
私たちは幸せになれる。
(おしまい)
申し訳程度ですが一応入ってる描写はあるのでR-18
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