わたしのスピカ


口を開けば、愛してるなんて言う。私はそれが嫌だった。そういうところが、どうしようもなく嫌いだった。

愛してるよ、みぃちゃん。

薄紅の唇が決まってその形をなぞるのが、とてもとても嫌だった。だから唇を見ないように目に視線をやれば、言葉よりも確かに愛を伝えようとしていて、目を見ることもしなくなった。ずっと、つまさきを見ていた。けれど、すぐに無駄だとわかる。ずっと全身で愛を紡いでいるから、きっとどこを見ても駄目なんだ。がくりと首が落ちる。

「みぃちゃん、わたしやっぱりみぃちゃんの高校を受けるね」

従妹がにこにこ笑いながらそう言ったのは、去年の夏頃だ。私は昨夏の茹だるような熱さにいい加減辟易していて、その理由を尋ねることも笑って受け入れることもしなかった。ふうんとだるく返して、空色のアイスバーを舐めるだけ。あの時従妹がどんな顔をしていたのか、わかってる。いつもの腹の立つ顔だ。眉尻を少し下げて、でも口角は少しあげて、どっちつかずの困ったような笑い顔。聞き分けのいい子供みたいに、私の無関心さを糾弾することはなかった。
甘ったるいアイスバーを舐めながら、きっと受かってしまうんだろうなと思った。従妹は私とは違って優秀だったから、疑う余地なんてない。もっといい高校は他にもあるのにどうしてわざわざ、と母が言っているのを聞いて、唇を噛んだ。叔母は娘によく似た表情で、美永子ちゃんに懐いてるからなんて言っていた。母親たちが世間話をしてるのを横目に、私はアイスバーを舐める行為に集中しようと目を閉じた。耳元で囁かれる。愛してるよ、みぃちゃん。アイスバーを噛んでしまって、ああ、しまったなあ。ぽたりと溶けたアイスが腿に落ちる。

「みぃちゃん、わたし受かったよ!みぃちゃんの高校!」

従妹が頬を赤くしてそう言ったのは、今年の冬頃だ。私はその時こたつの暖かさを堪能していた。指先に爽やかな香りを残すみかんを剥くことばかりに夢中になって、従妹の話なんかは右から左に流した。それでも無視をすれば母が怒ることは目に見えていたので、精一杯の喜色を浮かばせておめでとうとだけ言った。でも私がそう取り繕ったのなんてお見通しだったんだろう。よく熟れた甘いみかんを舌に乗せながら、冬が終わらなければいいと願う。でもしゅわしゅわしゃなりとにじり寄る春の足音は誤摩化せない。
従妹は鼻の頭の赤いのも気にせず、わたしのみかんを一房奪っていった。その仕草があまりにも自然で、流れるようで、食べたいなら自分で剥きなよと言い損ねた。それも、後悔の一つになってしまうんだからもうやってられない。爽やかな香りなのに鼻につく。そういえば、みかんの花は白いんだっけ。

「みぃちゃん、今日ね、入学式だったんだよ」

従妹が私と同じ制服を着てそう言ったのは、今年の春だ。同じ制服でもネクタイの色が違う。私は白で、従妹は紺だ。従妹が入学する前に卒業していった先輩達の色。私が卒業する年に入学する生徒は白になる。どこにでもあるシンプル。涼しそうな切れ長の目に寒色の差し色はよく似合っていたけれど、花粉の猛威に襲われていた私にはどうでもいいことだ。抗アレルギー薬の副作用である眠気と闘いながら、鼻声でおめでとうと言えば、いつもの腹の立つ顔でありがとうと返された。
私にはいまいちブレザーが似合わないのに、従妹は初日から完璧に着こなしていた。パリッと糊の効いた淡いピンクのシャツが馬鹿に眩しい。
従妹は、私と違って出来がいい。顔の出来も、頭の出来もいい。スタイルだって運動神経だってよかった。切れ長の目は一見冷たい印象を抱かせるけれど、それでも表情がころころ動くから暖かみを失わない。すらりと伸びた手足も、無駄なく発育のいい体も、白く滑らかな肌も、全部羨ましかった。清純も高潔も喉から手が出るほどに欲しかった。けれどどれだけ求めても私は私以外にはなれない。だからこそ、強烈に憧れた。
口を開けば、愛してるなんて言う。私はそれが嫌で、泣きたくなるほど嫌い。雑な細工に嵌まったダイヤモンドなんて、誰も見たいとは思わない。

「みぃちゃん、みぃちゃんの部活楽しい?」

従妹が私の顔色を伺いながら、手探りながらそう聞いてきたのはそのすぐ後。始業式があった日だ。
私が在籍している吹奏楽部の部長は、新規入部をがっちり掴もうと、部員を集めて新入生歓迎会への準備にラストスパートをかけていた。ステージで披露する曲目は2つ。どちらも今まで演奏してきた中で最良の出来とも言うべき完成度に仕上がっている。私のパートはホルン。同じパートの部長はなかなか裕福な家庭なので、自前のホルンを持っている。アレキサンダーの103は決して安くない。安くないどころか、高校生の部活で使うためなら高すぎる買い物だ。
新入生歓迎会を見てから決めたら、他に楽しい部活もあるし。アレキサンダーの美しいゴールドを思い出しながら投げやりに返せば、従妹は逡巡の後に、そうだねと言った。相変わらず物わかりがいい。きっと投げやりにも言外で、入ってくるなと漂わせたのには気付いていたんだろう。新入生歓迎会を過ぎても、従妹が吹奏楽部に入ってくることはなかった。
意欲も才能もありそうな新入生を逃したことが部長に知れたら面倒だと思ったけど、それでも私は安堵と、あと少しの不安を感じていた。

愛してるよ、みぃちゃん。

従妹がそう口に出すようになったのは、愛の意味も、愛の価値も愛の愚かさもわかるはずのない小学6年生の頃だった。私は当時中学生で、プリーツスカートを新鮮なものだと感じていられた頃だ。
もうその頃から従妹は頭角を現していた。近所でも愛想がよく器量もいいと評判で、その上成績もいいとくれば叔母もさぞ鼻が高かったことだろう。
従妹は私と同じ学区だったから中学受験を嫌がったけど、叔母がどうしてもと嘆くので諦めたようだ。その時の従妹はひどく泣きじゃくって大変だった。大学は決めていいから、お母さんの望み通りのところに行くから、高校だけは好きにさせて。そう言って中学入試を満点主席で乗り切った従妹には、部外者ながら有無を言わせない迫力があった。私が言えばとんでもない大言壮語になってしまうけれど、従妹にはただの道筋にすぎない。叔母に言われれば東京大学どころか、スタンフォードにだってオックスフォードにだってハーバードにだって楽々入ってみせるんだろう。私の知る従妹は、そういう人間なのだ。
叔母だけでなく母も、奥様方の集まりで身内自慢をする時は従妹のことを話したし、私もそれに異論はなかった。むしろ当然のことだと思える。私にとっても、年子の妹のように育った従妹は自慢だった。なにより憧れていた。野卑な嫉妬なんかではなく、純粋にある意味盲目的にも憧れていた。私にとって、従妹は完璧な存在だ。美しく高潔で、優しく洗練されている。白百合の気高さをずっと保持したままの従妹。何にも侵されない黒髪と白い頬、薄紅の唇。本当に、完璧な存在なのだ。
私なんかを愛してしまっている以外、あの子は完璧なのに。

「みぃちゃん、これ、忘れ物だって伯母さんが」

階の違う2年の教室までやってきて私を見つけると、ふんわり笑った従妹はそう言って弁当の包みを差し出した。
吹奏楽部には朝練があって、天文学部に入った従妹より私の方が早く家を出る。私が忘れ物をすると母は従妹の家に電話をかけて、従妹に届けるように頼む。弁当だったり、体育着だったり、忘れ物は様々だ。今日も家に帰れば母に叱られるんだろう。あんたはまったくそそかっしんだから、緑ちゃんを見習いなさい。耳に胼胝ができるくらいに何度も聞かされた言葉だ。勉強や立ち居振る舞いのことでは、緑ちゃんを見習いなさいと言ってこないところは母の優しさなんだろう。言われたところで出来っこないけど。

「…ありがとう、緑」

「ううん、いいの、学校行く途中だし」

ぎこちなく笑いながら礼を言って包みを受け取ると、従妹はいつもの笑顔を作った。
私を見つけた時の笑顔も、今の笑顔も、私のクラスメイトにも晒されている。あまりにも無防備だと思う。従妹は、もっと、孤高であるべきだ。私なんかの存在を気にかけず、誰もその目に入れず、孤高であるべきなんだ。

「ほら、予鈴なるよ緑、ホームルームに遅れるから」

「…うん、じゃあ戻るね」

「お弁当、ありがと」

「うん、いいの」

短すぎない、皺の一つも埃の一つも見当たらないプリーツスカートを翻して、従妹が去っていく。廊下の角を曲がり、従妹の背中が見えなくなるのを待ってから教室に入った。
従妹が私の教室に来ると必ずだ。私の周りに男子が寄ってきて、冗談めかして紹介してくれよなんて言う。それでもあわよくばと本気が見え隠れするあたり、男子高校生としては健全なんだろう。けれどどうしようもなく不愉快だ。
あんたらは、あの子にふさわしくないよ。
いつも言ってやりたいと思ってた。ちっぽけな嫉妬なんかじゃない。ぽつんと浮かび上がってくる言葉。だって本当のことだ。
従妹がいつかの私みたいに辟易しているのは知ってる。けど、でも、従妹は完璧でないと。何にも毒されない完璧でいなければいけないのだ。

「まあ従妹だからかなあ、お前は全然似てねーのな」

明らかに従妹に気がありそうなクラスメイトの男子が、なにも気にせずに言ったのは、もうずいぶんと聞き飽きた言葉だ。
もっと幼かった頃は、あの従妹と比べられるのが苦痛だった。けれど今はもう気にならない。当然のことだとすら思える。私なんかに似なくてよかった。

「…自慢の、従妹だもの」

それだけ言って席に着いた。
冗談でも紹介してあげようかなんて言えやしない。従妹を見るクラスメイトの目が不快だった。
男子達は、従妹を見て性欲を覚えるんだろうか。だとしたら、私からすれば、それはひどい侮辱だ。
ふさわしくないと言ってやりたい。ちっぽけな性欲だか独占欲だかを向けるなんて最低だ。ふさわしくない、あの子を汚さないで。脳内でだって、想像でだって、あの子を汚さないでよ。

「おーし、席着けー」

どかどかと音を立てながら入ってきた担任が、心なしか怠そうな声でホームルームを始める。連絡事を右から左に受け流して、私は従妹が一人で生きていく夢に思いを馳せた。白魚の指が、誰にも捕まらずに進む夢。

「ねえ、みえちゃん」

「はい?」

部活動が終わる頃には空は染まりきり、もう視認出来るところまで夜が近寄っていた。
学校の備品である借り物のホルンを拭いていると、アレキサンダーの美しいホルンをそうっと置いた部長に肩を叩かれて振り返った。

「一年生に従妹がいるんだって聞いたんだけど」

「ええ、いますよ、苗字は違いますけど」

すぐにあの子の顔が思い浮かんで、先輩の疑問に答える。

「なんていう子なの?」

「…いまはる、今春 緑です」

美しい名前だと、いつも思う。従妹は春の化身のような子だ。清らで純粋で、せせらぎのような。

「…あの、天文学部の?」

思い出すように首を傾げた部長は、ひどく演技臭い。
この学校にいてあの子を知らないはずがないのだから、なにもそんなに臭い演技をしなくたって私は気にも留めなかっただろう。ううん、でもきっと部長が気にしているのは…。

「そう、自慢の従妹なんです」

「…そっか」

すっと顔を逸らされた。部長の手を見ると、力強く握りしめられている。アレキサンダーのゴールドに、噛み締められた唇が反射しているのに、いつ気付くだろう。
野球部の現キャプテンは、精悍で爽やかな人だ。夏には席を退く彼に憧れる女子は多い。去年キャプテンに任命される前からずっと注目されていたのを知っている。我が校野球部の希望の星。甲子園出場に熱を寄せる教師はみんな彼をそう呼んだ。彼が従妹に並々ならぬ想いを寄せて、度々アタックしていることは、校内のほとんどの生徒が知っている。
そして、部長が彼のことを好いていることを知っている人は少ない。野球部の公式試合の際に引っ張りだされる吹奏楽部の部員の中でも、部長の近くで演奏するホルンパートの人間くらいだろう。いや、もしかしたらホルンパートでも、気付かないかもしれない。ささやかだけど熱烈な視線。
ああ、他人にとらわれるなんて、めんどうくさい。

「部長」

あれから黙ってしまった部長には触れず、ホルンを片付け終わって挨拶をしようと部長を見る。さっきから変わらず、アレキサンダーも部長も1ミリも動いてない。

「部長、部長?」

「あっ、うん、なに?」

「…私、」

帰りますね。
そう言おうとして、腕を掴まれる。

「ねえ、みえちゃん…!」

「なんですか?」

ああ、黙って部長。その先は、聞き飽きた。

「あの子、嫌な子だよね?ねえ、何でも出来るし、顔だっていいけど、倉持くんの気持ちに応えてあげないなんて、冷たい子だよね!?」

「…部長」

「倉持くんがあんなに言ってるのに、どうして!?」

「部長」

「みえちゃんもそう思うよね、あんな冷たい子、倉持くんが」

「部長」

「あんな子、あんな冷たい、」

縋り付くような顔であの子を貶す部長が、アレキサンダーの美しいゴールドに写っている。
醜い。

「部長!」

「あ、ごめ…」

業を煮やした私が叫んだことで我に返ったのか、部長が顔を上げる。でも、顔は醜いまま。

「その内、倉持先輩だって諦めますよ、あの子は少しの希望だって見せてないんだから」

「うん、そう、そうだよね」

「部長、倉持先輩のこと好きだったんですね」

「…うん、すごく、すごくね、好きなの」

「うまくいくといいですね」

「ありがとう、ごめんね、みえちゃん」

部長が落ち着いて、アレキサンダーを磨く手が元に戻るのを見届けてから帰路に着く頃には、空は暗くなっていた。アレキサンダーに写った部長の目と、従妹の目を思い出す。どうしてか、すごく泣きたくなった。
捕まえてはいけない、美しい鳥。摘んではいけない、清廉な花。雑な細工に嵌まったダイヤモンド。

「ただいま」

「おかえり、遅かったわね」

「部活が、長引いたの」

「そう、あんたまたお弁当忘れたでしょう、緑ちゃんにお礼言った?」

「うん」

「本当あんたはそそっかしいんだから、緑ちゃんを見習ってよね」

「…そうだね、今日夕飯一緒の日でしょ?緑は?」

「いるわよ、リビング」

家が近いせいか、母親と叔母が仲が良いからか、曜日によっては叔母一家と夕飯を一緒に食べることになっている。今日は水曜日、叔母も叔父も従妹も来ているだろう。

「ただいま」

「おかえりなさい、美永子ちゃん」

「おお、おかえり」

「みぃちゃん、おかえりなさい」

リビングルームに入ると、案の定私の父と東京にいる私の兄と従兄以外全員が揃っていた。駆け寄ってきた従妹の腕を掴む。

「ちょっと緑借りるね」

「どうぞ」

「みぃちゃん?」

「来て」

珍しく焦ったような顔をしている従妹になんの説明もせず、そのままリビングを出て自分の部屋に向かう。

「ねえ、緑、いつものアレ、言って」

自分の部屋に入ってすぐそう言うと、従妹はきょとんとした後、すぐに花が咲くような笑顔を見せた。ふんわりともにっこりともつかない、鮮やかな笑顔。

「愛してるよ、みぃちゃん」

いつもの、誠実で潔白で、ただ私を愛おしむ目だ。喉の奥がキュウと締まって、目頭が熱くなる。
口を開けば、愛してるなんて言う。私はそれが嫌だった。そういうところが、どうしようもなく嫌いだった。でも従妹のその言葉を、嬉しいと思わない時なんてなかった。嬉しいけれど、嫌いだった。私も従妹を愛しているから、もったいないと思う。完璧な存在になれるのに、私なんかを愛してしまったらだめだ。私なんかに捕まっていることだけが、従妹を不完全にしている。
誰よりもふさわしいのに、幸せになれない道なんて。

「ねえ、みぃちゃん、嫌なことでもあった?」

「うん、ずうっと、あんたのソレが嫌だった」

「…だろうなって、思ってた」

従妹の首がゆっくりと落ちていったのを、白百合の花のようだと思った。あの困ったような笑みは、今は私に向いていない。
ぽたりと、握りしめた手の甲に雫が落ちる。その手を開いて頬に触れると、生暖かい液体に触れた。泣くなんて図々しい。
私は拒否しているはずなのに、欲しているの?

「それでも愛してるよ、みぃちゃん」

「…やめてよ」

「ううん、やめない、愛してる、好きだよ、みぃちゃん」

「やめてってば!」

「…ねえ、みぃちゃん」

花のかんばせが再び私の方を向く。私と同じ、泣いてた。

「わたし、完璧な人間なんかじゃないよ」

「お願い、やめて」

「完璧な人間になんかなれないよ」

「みどり」

「だって、わたし、みぃちゃんとキスしたい、セックスもしたいよ、でも間違ってるなんて思わない、好きなの!」

「みどり!」

リビングや台所に聞こえたらどうしようとか、そんなことどうでもいい。ただ、私は、従妹に幸せになって欲しくて。

「ねえ、同じように愛してなんて言わないよ、でも聞かなかったフリなんてしないでよ、みぃちゃん、愛してるの」

従妹がこんなに悲しそうに泣くのなんて見たことがなかった。そしてそうさせているのは自分なんだと思い知る。
なにもかもぴったり割り切れたならよかった。冷たい人間になりたかった。一番怖がってるのが自分だなんて認めたくなかった。

「みどり」

「なぁに?」

「私、あんたに幸せになって欲しいの、誰よりふさわしいと思うの」

泣きながら、きょとんとした顔を私に向ける従妹に、場違いにも笑いそうになった。どこか大人びていても、ふとした表情は存外に幼い。わかっていたのに、私はずっと否定してた。従妹はどれだけ完璧に近くても人間なんだ。私とおなじ。私以外の人間は、わかっていたんだろうか。

「…みぃちゃん、わたしのこと嫌いじゃないの?」

「…愛してるから、幸せになって欲しいの」

「それが、みぃちゃんの望み?」

「うん、難しいけどね、休日には旦那さんと子供と公園に行くような、そういう普通の幸せに」

「普通の、」

「そう、普通の」

「…そっか、そっか、ごめんね」

「私もごめんね、緑、本当に」

空色のアイスバー、みかん、紺色のネクタイ、アレキサンダーのゴールド、白百合、全部が頭を巡る。私はここまでどれだけ、従妹を傷つけてきたんだろう。

「いつまでも、愛してるよ、緑」

音にはせず、唇だけ動かした。
やっと、放してあげられる。

「美永子ー、緑ちゃーん?ごはんできたわよー」

「はーい!」

二人、同じタイミングで涙を拭った。クスリと笑う。

「ねえ、みぃちゃん」

「ん?」

「私もね、いつまでも愛してるよ」

「は…?」

リビングに向かう途中、緑にそう告げられ立ち止まる。そのまま見送ったしなやかな背中は、リビングに逃げるように吸い込まれていった。
しばらく動けずにいると、戻ってきた緑がリビングの扉から顔を出し、私に聞こえる程度まで抑えた声量で言う。

「わたしを幸せにできるのはみぃちゃんだけってことだよ」

ご丁寧に外国人みたいな投げキッスの真似事をしてまたリビングに引っ込む。
そのお綺麗な顔にスリッパを投げ損ねたことを、あれから何年も経った今でも後悔してる。

「みぃちゃん、お風呂入ろ」

「は?昨日一緒に入ったでしょ?」

「えー?もういいじゃん毎日一緒に入ろうよ」

「じろじろ見なきゃいいんだけど」

「どうせベッドで見るんだからいいじゃん」

「お風呂は明るいでしょ」

「…愛してるよ、みぃちゃん」

「それで絆されると思ったら大間違いだからね、緑」

「とか言って一緒に入ってくれるんでしょ?」

「はぁ…ほんとなんでこんな風になっちゃったんだろ」

「後悔してる?」

「うん、今ちょうど後悔してたところ」

「えっ」

都合のいい時だけ愛してる連呼するのは今でも本当に嫌。

「でも愛してるから、嬉しいの、私も」

まあ、幸せそうだからいいのかな。





(おしまい)

まあ、幸せそうだからいいのかな(笑)
多分緑ちゃんはミス東大とかになったんだと思います




BACK



ALICE+