至高の愛を知ればこそ捧げ、知らぬほど逢瀬を夢見ること


俺はこの辺りじゃそこそこの有名人で、悪徳金貸し屋として生計を立てている。自分なりにささやか且つ堅実にやってきたつもりが、ここら一体を縄張りにしているヤクザにすら一目置かれるまで育ってしまった。もちろん許可などはとっていないが、巷のお偉いさんの後ろめたいことなんざわかりきっているので特に問題は起きていない。
悪名がどれほど高くなろうが、やはり金は先立つ物で、俺の事務所には連日人がやってくる。それはそうだろう、審査も要らなきゃ質も要らぬとくれば、そこそこに追いつめられた人間は縋り付く。それが泥舟だとわかっていてもだ。
まあ悪徳とは言っても、世間の噂ほど冷血なわけじゃあない。温情をかける時もあれば、どうやっても返る見込みのない金を投げてやる時だってある。
そりゃあ、近日大金が入るが元手がない株屋とか、ヒットする見込みのある商売を始める奴にはトイチ以上を引っ掛ける時もあるが、娘のために体を売っていたが働く場を奪われた母親だとか、そういう社会に爪弾きにされた連中には、大手消費者金融も裸足で逃げるような形だけの利率で貸すことだってある。相手の状況に合わせるなんてのは当然のことだ。それを知らない奴が悪徳だなんだと騒ぎ立てるのはどうかしてるが、気持ちはわかるから俺から訂正することもない。必要な奴は来る、要らない奴は眉をひそめていればいいのだ。知らない奴は驚くだろうが、ほとんどの連中には感謝されているほどだ。

「今日こそ返してもらう、今日の分合わせて今までの分の金は持って来てるんだ」

俺が悪徳と呼ばれ始めるきっかけといえば、目の前のこの男。こいつは俺を恨みこそすれ、感謝などはしない一番の被害者だ。珍しく質を預かって金を貸した例で、更にはヤミ金もかくやというほどの高金利をふっかけた。
馬鹿な男だと思う。大切な物とは本当に大切に扱うべきで、ましてや質に入れるなど言語道断だ。そんなことが出来るなら最初から売っぱらってしまえばいいのだ。

「何度も言ってるが、お前が返したのは単利分だ、俺は複利で貸したんだからまだまだ先は長いぞ」

「俺も何度も言ってるだろ、複利の方は後々しっかり返すから、今は返してくれって」

「世の中そう甘くはない、母親の形見だろうがなんだろうが、半分返せばと譲歩してやってんだから諦めるんだな」

「諦められたら毎日来てないだろ!」

「それはお前の勝手だろう」

悲しいことに、俺はこの馬鹿な男に心底惚れてしまっているのだ。
母親の形見だと言う本真珠のネックレスを俺に捧げて、肝心の自分をギャンブルに捧げている。貴重な鮑玉が泣くほどの冒涜だ。イミテーションでは決して届かない輝きの真珠が金庫に眠っているにも関わらず、俺はイミテーションのようにくだらない男を愛してしまった。
だから、高い金を高い金利で貸し付けた。いつか、もしも、この男が俺への借金を完済することがあっても、泥棒と罵られようが、俺は返さないだろう。

「警察さえしっかりしていればお前なんか…」

「ごたごた言わずに、耳を揃えて持ってこい、パチンコ競馬に手を出さなければお前の稼ぎならその内返せるだろう、家業が泣いてるぞ」

「…うるさいっ!お前に何がわかる!」

「わかろうがわかるまいがどうでもいいんだ、お前のことなんか」

「…今日のところは失礼するさ、でも俺は諦めないぞ…死んでも」

「そんなこと言ってるうちは死なないさ」

大袈裟な音を立てて閉まるドアに向けて、ひとつ嘆息した。
馬鹿で可哀想なのは俺もだ。本当のことを言えばもしかしたら、なんて期待を抱いて、それを打ち消すような絶望を持て余している。
あの男がこの場所に金を借りにきた日、あの死んだような、それでも何にも負けない光に射抜かれた。クソみたいな安寧に愚直に身を窶しているのに、瞳の輝きは一等だった。それは今でも変わらない。
どこを見るにも真っすぐすぎる光を、もったいないと思う。あんなくだらない男に宿るべき光ではないのだ。
けれど俺は、あのくだらなささえ愛しいと思うような、さらに上を行くあんまりなくだらなさだ。

「社長、お先に失礼しますね」

「ん、お疲れさま」

…もう日も落ちた。
金庫に鍵がかかっているのを確認して、電気を消す。もう習慣になってしまったのは、あの美しい真珠のネックレスが入った箱を、そうとは知れぬように持ち歩くことだ。どうしても、側に置いておきたかった。唯一の繋がり。


「ただいま」

と、言っても出迎える人間も返事をする者もいない。ただ暗がりにまどろむ部屋があるばかりだ。生業のせいか、俺には誰もいない。妻も子も、親兄弟もみんないなくなった。
淋しいとか淋しくないとか、そんなことはもう思う余地もない。だからあんな男に惹かれてしまったんだろうか。
時計の音が煩わしい。

『俺は諦めないぞ…死んでも』

あの言葉は、俺にとっては都合がいい。
俺はもう色々なことを、感情を使うべき色々なことを忘れてしまったから、だからギャンブルに形見に、憎いはずの俺にすらあんなに感情をむき出しにするあいつが、羨ましい。
諦めないと声に出して言えたなら、どんなに楽だろう。お前が欲しいと言えたなら、どんなに。



「今日も持って来たぞ」

「ごくろうさま」

「全く、悪徳金融め…わかっていたら最初から金なんか借りなかった」

「何を言っても負け惜しみに聞こえる内は、あのネックレスは返せないな」

「嫌味な男だ」

「どっちが」

今日は何万か買ってきたようで、目に見えて機嫌がいい。たった少し言葉を交わせばそんなことがわかるようになってしまった自分のくだらなさに笑えてくる。

「でも、いつか返してもらう」

「いつになることやら」

「絶対に金は返す、もう、ギャンブルもやめる」

「…そうか」

息がつまった。悟られなかっただろうか。

「確かにあれは本真珠の中でも珍しい鮑玉だからな、惜しくなったか」

「…そう、かもしれないな」

「お前なら買えるだろうに」

「そうでもないさ」

ただの鮑玉を買ったって意味がない。
”母親の形見”だから手放せないんだ。お前に似ていて、全く不純な。

「それも、嫌味臭いな」

だって返したら、お前は二度と来なくなる。俺の前からいなくなる。
だったら、俺は憎まれても嫌われても恨まれてもいい、お前に会いたい。

「…どっちが」


「フン、じゃあな」

金ばっかり叩き付けて帰って行くお前に、俺は毎日いつだって会いたい。
だから、返せない。返せるわけがない。

「またあした、」

母親の形見だという本真珠のネックレスは、お前か俺が死ぬ時か、俺たちが愛しあう時に返すと決めている。けれどどちらにも死の香りは遠い。ならば結局、お前には俺を愛すほか道はない。
もしくはどちらかが、欲するものを諦めた時には返してやろうか。それも、お前が諦める気はないというのなら、俺を殺すか自分が死んだ方が早いという話だ。俺は諦めてやるものか。金どころか俺の心すらも返せないお前に、何も返してなんかやれないさ。





(おしまい)

うっわくっさ
なにこのクズの共演




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