透明な恋は透明なまま鮮やかさを喪い、


1日目

402。あてどなく彷徨って、やっと見付けた手掛かりだ。402、それしか覚えていなかった。それを見付けたのは2日前。402号室の住人が帰ってきたのは今。とっさに物陰に隠れて、自分の状態を思い出した。きっと見つからない。帰ってきた彼の前でふわふわ浮かんでも、きっと見つからない。僕は早く見つけなければ。僕の痕跡を見つけなければ。
ノーブルなデザインのテーブルの上に、写真立てが伏せられた状態で置かれている。彼がその写真立てを手に取って中をじっと眺める。僕はそれをそっと覗く。彼と一緒に写っている、友達らしい男性を見て僕はひとつ取り戻す。僕の姿。彼は多分、僕の友達だった人だ。彼は写真立てを元の位置に元の形で戻して、ぽつんと呟いた。それはまさに呟きで、僕には聞こえなかった。彼はキッチンに向かった。
ここにいれば、きっと全て見つかる。きっとここに全てある。


2日目

朝、彼は写真を見てから出て行った。

「結婚...?」

ドアが閉まる音と一緒に、声が聞こえた。彼の声。酷く傷付いたような顔をして。
小さな男の子が笑っている。たのしそうに、嬉しそうに。それを見てもう一人の子も笑っている。嬉しそうに、愛おしそうに。


「ずぅっと一緒にいようね」


指切りげんまん。
夕日に染まった公園で、どんなものより神聖な約束が交わされる。小指を絡めて破れない約束。

あの子は。



「…そっか、おめでとう───」

「ありがとう佳哉!」

佳哉、ヨシヤ、ああ、そうか、彼の名前だ。


3日目

今日は休日らしく、彼は起きてからずっとあの写真を眺めている。何も動かない写真を眺めている。

「ずっと一緒にって、約束したじゃないか」

彼がぽつんと呟いた。

「祐、」

タスク、

僕の名前だ。

小さな男の子が泣いている。誰かに殴られたのか転んで打ったのか、頬が腫れているようだ。もう一人の子は泣いてはいないが、ひどく悔しそうな顔をしている。

「たすけて、よしや」

小さな拳はこれでもかと言わんばかりに握りしめられていた。


4日目

402号室にいたはずの僕だったが、気付いたら小さな公園にいた。ブランコと砂場、ゴミ箱とベンチしかない公園。小さいが、周りを囲む桜が時季になるととても綺麗に咲くのだ。

そうだ、僕はこの公園を知っている。みんなここだったんだ。約束をしたのも、泣いていたのも、みんなここで。


5日目

彼が帰ってきたのは夜の10時を回った頃だった。気だるそうにキッチンに向かい、包丁を取り出して料理を始める。

「やっぱり無理だ」

一定のリズムで聞こえる包丁の音。

「無理だ、俺は祝えない」

「どうして」

「俺は昔から、お前が大嫌いだったんだ!」





「嘘だ、」


6日目

桜の花が綺麗に咲いた公園で、 僕は彼に殺された。
僕は約束を破った。あの神聖な、破れない約束を。

「結婚...?」

「そう、結婚するんだ」

「…そっか、おめでとう祐」

「ありがとう佳哉!」

彼は下手くそな笑顔で、僕はそれに気付かず満面の笑み。
それから彼が本当に泣くまで、僕は気付けなかった。

「嫌いなら嫌いって言ってくれればよかった、迷惑をかけることもなかったのに!」

「あれは、あんなの嘘だ、本当は、」

あの日彼が泣くまで、僕は気付けなかった。そして気付いて、殺された。

「本当は、俺はお前を愛してたんだ」


7日目

深夜と早朝の境目。僕は彼が眠るベッドの傍らで泣いていた。全部が悲しかった。
でもずっと留まってはいられないのだ。

小さな男の子が笑っている。たのしそうに、嬉しそうに。それを見てもう一人の子も笑っている。嬉しそうに、愛おしそうに。


「ずぅっと一緒にいようね」


指切りげんまん。
夕日に染まった公園で、どんなものより神聖な約束が交わされる。小指を絡めて破れない約束。

全てを思い出したら、あとはもう、行くだけだ。

「ごめんな、祐」

出ていく寸前に聞こえた声は、幼い頃から変わらず優しいままだった。





(おしまい)




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