おまえのバッドエンド


 もがく。シーツを海として、毎夜毎夜その海で泣きながら打ち震えている。シーツを混凝土(コンクリート)として、毎夜毎夜その地面で無様に潰れて這い蹲っている。可哀想なものだ。
 足掻かずにもがく。欲するだけで諦めることをよしとする身勝手さを、対象の存在しない美を羨む浅ましさを、叶いっこないことに苦悩する傲慢さを、グロテスクと言わずなんとする?

 俺は知っている。お前が望まないハッピーエンドのことを知っている。お前が望むバッドエンドも知っている。
 お前はただひたすら普通を羨み、普通を憎んでいる。普通を手に入れたくても到底似合わないと思っているから、そうして普通に唾を吐きかけ、普通に疎まれ、普通を睨むのだ。だってお前はもう別の生き物。
 お前の望むバッドエンドがバッドエンドであるのは、お前が唾吐き見下す普通が判断するからだ。お前にとっては、昇天の快楽を富むハッピーエンド。
 お前の望まないハッピーエンドがハッピーエンドであるのは、お前が疎まれ軽んじられる普通がそうと決めたからだ。お前にとっては、生類の苦痛を映すバッドエンド。

 えずく。物言わぬ電話を子守唄として、毎夜毎夜その声に泣けないと話しかけている。電話を哀歌として、毎夜毎夜その歌で惨めに踊っている。哀れなものだ。
 泣かずにえずく。誰とも分かち合えないものを忘れられない絶望を、誰とも分かり合えない事実を消せない孤独を、何も欲さないでいたい高潔を、それこそがリアルなのだと言ってやる。

 俺は知っている。お前が望むバッドエンドのことを知っている。お前が望まないハッピーエンドも知っている。
 お前はただひたすら背中を掻き毟り、羽をもいでいる。飛び立ちたくても鳥ではないとわかっているから、そうしてひたすらに背中を探り、羽をむしっているのだ。
 お前の望むバッドエンドは、お前からも俺からもハッピーエンドでしかない。昇天の快楽は、存在を知れば甘美なる甘い蜜だ。だから俺たちは、俺たちの原子を止めたい。
 お前の望まないハッピーエンドは、俺にもバッドエンドに見える。きっとお前にも、生類の苦痛が悠久のように見えるだろう。知ってしまえば、俺たちの目は冴え渡る。

 冴え渡った俺たちの目は、認知しなくてもいいものを脳へと運び、知覚からの痛みを伴う多角形の明日を鈍らせる。俺たちの脳はそこで明らかく、損なうのだ。
 そうだ、はっきりさせよう。俺たちは出来損なったのではない。生き損なったのである。生き損なったからこそ、俺たちの脳は神経を研ぎ澄まさせ、鈍る。
 生きている過程で、俺たちは周りと違う生き物へと変化するのだ。知覚さえも精神に埋もれる、空腹さえも心に蝕まれる、肉欲を貪る脳髄が休まるのは、棺桶に一番近い場所。

 俺は知っている。お前の定義するハッピーエンドは、飢餓を捨て去る尊さではなく、枕を諦める卑屈を、全てを諦める不憫さで塗り固めた逃避にすぎないことを。
 でもお前や俺が知っていることを、皆々見ないふりをしているんだ。ハッピーエンドもバッドエンドも、映画や小説のようにはいかない。その先には同じく須らく醜い柔らかい羨ましい恨めしいたった一つ。それは今日と明日の間、一秒すら長く感じるほどの瞬間に垣間見える、全てのまぶたの裏に宿っている。生まれた瞬間に、毎日、それを見てそして忘れる。
 俺は、お前は知っている。その瞬間こそが俺たちの脳を喰らい、俺たちを別の生き物に変化させたのだ。一瞬の真実が、その他の虚構を打ち砕く。皆々見ないでいられるはずの真実を見た俺たちが、同じ生き物でいられるはずがない。見てしまえば、俺たちの悲劇は加速する。

 お前は知っているだろう。死に向かうのに生きる意味や意義を求める滑稽さと寂しさを。生きているのに死に奪われるものの多いことを。死んでいるのに誰かの中に存ずる悲しさと無価値を。生きていればという言葉が殺す死の哀れを。
 お前は知っている、死を問えば顔を伏せる愚劣な皆々の罪深さを。生きる喜びすら知ったお前が、死を想う本当の意味を。
 俺は知っている、ともに生きられる愛しさと、ともに死ねる愛情を。俺は知っている、お前が望むバッドエンドを知っている。
 だから俺は、お前を食い破りたい。お前のバッドエンドを、食い破ってやりたい。





(おしまい)

なんだこれ




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