天国のドアーは実は何者も拒んでいない


俺の家から徒歩で10分程のこじんまりとした公園は、毎年時季になると狂ったように咲き乱れるハナミズキに囲まれている。その公園にはシーソーしか遊具がなく、あとあるものといえば赤茶色の灰皿と黄色のペンキの剥げたベンチくらいだ。俺の親友の両親はそこで出逢い結婚したらしい。そして2人仲良く死んだのもその公園で。ちっぽけな遺書をのこして。

両親を一度に亡くしたその親友といえば、いつでも気丈で澄ました顔をしていた。あの公園のハナミズキからとってミズキ、それが親友の名前だ。地毛が一般的日本人に比べると少し薄い色のその親友は、ここらでは有名人だった。可哀想にね、両親にいかれるなんて、親戚もいないんでしょう?なんて可哀想な子。

ミズキと一度だけ、こんな話をしたことがある。
ある日ひどく暗い顔をしたミズキが俺に聞いてきたのだ。

「もし天国や地獄があるとして、父さんと母さんはどっちにいるんだろうか」

「きっと天国にいると思うぜ、多分」

「そうかな、天国ってどういうところなんだろう」

当時の俺の死生観は、高校2年生にしては夢がなくて、人間死んだらなんにも無くなるんだと思っていた。けれどそれをそのままミズキに言うのはどうも忍びなくて、今まで読んだ本や、見た映画で語られていた人間の死後についてを必死で思い出して言った。

「自分が一番幸せだった頃に戻ってそれが永遠に続くとかじゃねえ?俺はそれがいい」

「一番幸せだった頃に戻って…」

「よくわかんねーけどさ…」

「そうだな…俺もそれがいい」

そう言ってふわりと笑ったミズキだったが、俺にはその顔が泣いているように見えて仕方がなかった。5年も経った今でも考える、あの時ミズキは泣いていたんじゃないかと。
5年も経って変わらない人間なんていない。俺もそうだ。あの頃は確固としていた死生観も今ではすっかり変わって、人間は死んだらみんな同じ所に辿り着くんだと思っている。天国も地獄もない。そこは変わっていない。辿り着いたそこから踏み出す先が、行き着く先が違うだけだ。5年前に話していた天国は、心の奥深くにある、人間がみんな持っている誰も踏み入れない領域なのだ。

2年前、ミズキは死んだ。あの公園で。両親が首を吊ったあのハナミズキの木で、同じように首を吊った。5月12日、ハナミズキは悼むように、慈しむように花びらを落としていた。
死んだその日に、ミズキは俺に電話をしてきた。落ち着いた声で、俺に聞いてきたのだ。

「なあ、父さんと母さんはいつに戻ってそれを繰り返してるんだろう」

俺はあの天国の話を思い出せなくて、なんの話だかわからなかった。地元の大学に通っていたものの、かなり忙しくて疲れていたのもあって、適当に返してしまった。

「さあ、出会った頃じゃねーの、あの公園で」

正直に言うならば、面倒くさかったのだ。
他人の、しかも死んだ人間の話をされても俺にはわからない。 きっとミズキにもわからない。ミズキにもわからないことを俺なんかに聞かれたってわかるはずがない。

「そうかな、そうだね、うん、ごめんね、それだけなんだ、じゃあね、さようなら」

やっぱり落ち着いた声で、ミズキはそう言った。それから切れた電話に、俺はしばらく声が出せなかった。ひどく落ち着いた声だったのに、震えているように思えた。
そう、きっと震えていた。

俺は、その時していた課題やらなんやらをすべて放り出して走った。

ミズキはきっと、俺の言った適当な天国のことをずっと考えていたんだ。両親の幸せな時に、自分はいるのか、それをずっと。気丈な顔をして、澄ました顔をして。ミズキには、俺しかいなかった。ガラスみたいに透き通って、固いのに脆くて、すぐに沈んでしまうのに。

汗だくで公園に着いたが、ミズキはもういなかった。ずっと泣かなかったミズキの代わりに、悼むように、慈しむように、淡い桃色の花びらが散っていた。ミズキはもういなかった。ハナミズキの木にぶら下がって、もう、いなくなっていた。





(おしまい)




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