白無垢


恋人が私を助けて死んだ。黄色く染まった銀杏並木で、今日はバイバイって別れて、2人でそっぽを向いて歩き出したら、酔っぱらい運転の暴走車が私の方に突っ込んできた。私は馬鹿で、2つの鋭い眼光みたいなヘッドライトがこっちに来るのに動きもしないで呆然と突っ立ってた。漠然と、死を理解した。たったさっき別れたばかりの恋人を思い出して、突き飛ばされた。恋人はぐちゃぐちゃで血塗れのどろどろになって、私に微笑みかけたあの優しい目はどこかに行ってしまった。

それから3年が経ち、やっと立ち直ってきた私に、新しい恋人が出来た。今日はデートの日だ。待ち合わせ場所は金木犀の香りで満ちた小さな公園のジャングルジム。いつもの場所。
いつも通りに5分遅れて彼が来て、私たちは行く先も決めずに歩き出す。手を繋いで、彼が好きな方へ行くのに着いていく。目移りが激しくて子供みたい。だけど私は彼のそんな所をすごく気に入っていた。金木犀の香りが遠のいていく。

6つ目の曲がり角を曲がる。仄かに、私の嫌いな香りがした。あれ、この道、その角を曲がったら。ぶわっと嫌な汗が出てくる。鳥肌も止まらない。曲がらないでって言いたいのに、声が出ない。銀杏の実が落ちて潰れた、あの嫌なにおい。無垢な花束。
だめ、もう進まないで、だってここは、あの人が私を。

「いっ、嫌だっ!!」

銀杏並木に入ってようやく出た声は、みっともなくひきつって、それが私の恐怖に拍車をかけた。

「へっ?」

「やだやだやだ!こんな、嫌だ、この道、」

自分が何を言っているのかわからない。何を言いたいのかも。彼が焦っている。私も焦っている。立ち直れてなんかいない、当たり前じゃない。立ち直れるわけない。逃げ切れるわけない。

「どうしたの?」

「どうして、私、私」

私、は、どうして生きてるんだろう。生かされた?あの人の分まで幸せに?あの人がそう望んでる?
そんな映画やドラマみたいなこと言う奴はみんなどうにかして殺してやる。どうしたって頭から離れないのに。
どうして私なんかを助けたの。最低なの、私を助けたあなたを恨んでるの。ほら、助ける価値なんてなかったでしょ。だから今すぐ戻ってきて、私にキスをして、さよならって言ってよ。そしたら振り返らないで、私なんかを助けて死なないで。戻ってきて、ねえ戻ってきてよ。一生のお願い、私を助けて。

息が、できない。

「落ち着いて!なあどうしたんだよ!?」

「ごめんなさい、ごめん、大丈夫だから…ただ、ここで嫌なことがあったの、ごめんなさい、疲れたわ」

大丈夫だからと口に出してみても、ちっとも大丈夫になんかならなかった、足が震えて上手く立っていられない。

「…ひどい顔色だ、なんか飲み物買ってこようか?」

「…ええ、水をお願い、ごめんなさい」

「謝らないでいいから、じゃあどこかに寄りかかって待ってて、すぐに来るから」

飲み物なんかいらなかったけれど、これ以上みっともない姿を見られたくもなかった。走り去る彼の後ろ姿に、なぜか悪寒が…ああ、だめ、わからないけれど、行かないで。お願い、もう私を一人にしないで。
さっきは震えていたくせに、私の足はビックリするほど軽やかに動く。2つの鋭い眼光みたいなヘッドライト。もう奪わせないわ。二度と、二度と。

固まった彼を突き飛ばす。
やっとあの人の気持ちがわかった。愛していたんだ。





(おしまい)

無限ループって怖くね?




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