不足を叫ぶ枷


「大切にしてやって」

なんだか傲慢な響き。私は振り返る。
ミツくんが待ってるから、一刻でも早く校門までかけて行きたいのに。青がオレンジに染まり始めるような頃、教室には私とマコくん以外にもちらほらと生徒はいる。けれど、優しい色の鋭いその言葉が誰に向けられているかは、火を見るより明らかだ。
私の彼氏の弟くん。マコくんはただそれだけの人。双子なのにあまり似てないのは、袋が違ったからだってミツくんは言ってた。つまりは二卵性ってことらしい。ミツくんってばおかしい。でも考えてみれば、卵より袋の方が相応しいのかもしれない。ううん、よくわからない。とにかく、何か言わなくちゃ。ええと、『大切にしてやって』?何それ。

「充分大切にしてるつもりだけど」

「そう」

あまり似てない顔で、全然似てない笑顔を作ったマコくんに、私は苛立つ。そう、絶対にそう、本当に笑ってなんかいない、作った笑顔だった。マコくんはいつもそう。こうして、何でも知ってる風な雰囲気で、常に上からものを言う。だから、私はマコくんが好きじゃない。ミツくんの弟だから悪く言いたくはないけれど、やっぱりすごく感じが悪い。

「ねえまこくん」

「なに?」

「まこくんって私が嫌いでしょ」

「うん」

躊躇いも考えもなしに即答された。ムカつく。わかっていたことだけど、面と向かって言われると改めてわかる。
マコくんは子供だ。おもちゃをとられた子供みたいに、唯一の片割れをとられて拗ねてるんだ。だから私にあたる。勘弁してよ。兄弟だろうが親子だろうが恋人だろうが、ずっと一緒にいられるわけない。だからこそ、今まで一緒にいた分私に譲ってくれたっていいでしょ。

「なに、別れてほしいわけ?」

「いいや?」

あれ、はずれ?
てっきり私に嫉妬してるんだとおもってたのに。

「確かに、嫉妬はしてるよ」

マコくんはそう言ってにっこり笑った。なんだか心を読まれたみたいで気味が悪い。
ああもう、ミツくんを待たせてるんだから、早くしてよね。

「でも、俺は添い遂げられないから、だからせめて、ミツルの幸せを願ってるんだよ」

「…さみしくないの?」

口に出して、物凄く後悔した。マコくんは笑ってない。さみしくないわけない。何を言ってるんだろう私は。

「さみしいよ、しぬほどさみしい、けどいいんだ、ミツルが幸せなら俺はさみしさで死んだってかまわない」

無償の愛のように、とても献身的なな響きだった。世界中で今昔を問わず語られ、今なお尽きない話題。でもきっと、世界中でのどこにもそんなものはない。ここにだってない。

「それは、どんな感情なの?」

「…弟が兄の幸せを願う感情に他ならないよ」

違う。
そう言いたかったけれど言えなかった。私が言うまでもなく、マコくんはわかってるはずだ。
それは、最後のワルツをドレスと踊るような、硝子の靴に愛を語るような、そんなものだ。それは絶対に無償なんかじゃないと、マコくんの目が語っていた。




「ごめんねミツくん、待った?」

「いいや、大して待ってないよ」

決して誇張はせずに、それでも私に気を使って落とされる、優しい色の優しいその言葉。マコくんとは大違いだ。
優しい優しいミツくん。
ここまでの優しい色を作り上げたのはきっと、マコくんの『弟が兄の幸せを願う感情』なんだろう。
それを知ってか知らずか、ミツくんのふわりとした微笑みに、私は少し、ほんの少しだけ怖くなった。

(それは、無償の愛じゃない、絶対に無償なんかじゃないよマコくん)

ミツくんと手を繋いで、なんとなく、このままではマコくんの願いは叶わないと悟ってしまった。

(きっと、至上の愛だ、それに勝てる愛なんてどこにも)





(おしまい)




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