誰も見下せない観覧車
俺はどちらかと言うとモテる方だ。中学三年生の時に付き合っていた彼女には、『愛想が悪いようでも笑顔が可愛くて、なんだかんだ言っても優しいところが好き』と言われた。高校に入る前にふったが。多分、俺はまともに恋をしたことがないんだと思う。馬鹿みたいに異性が気になりだす思春期に入ってからは、告白してきたからと、なんとなく付き合った女を、なんとか好きになろうと必死になっていて、他の女に目をやる暇がなかった。ある意味では死ぬほど一途だったように思う。
ただ、結局誰も好きになれずに終わったが。
女というのは実に面倒くさい。いつでも人目を気にして髪を撫でているし、口を開けば誰が嫌だの苦手だの、三人揃う前から姦しい。セックスを勘違いしているし、あの子より私の方が可愛いとか他人を貶して着た自信もうざったいし、化粧臭いし香水も過剰だし、一途には見えないことのほうが多い。別に俺は大正や昭和生まれの老人ではないが、確かに大和撫子というものは絶滅したように思える。一生フェミニストにはなれないだろうな、気取りはするけれど。
それが、高校に入るまでの俺の見解だった。
『あの子ってさ、なんかすましてて嫌な感じだよね』
女子特有のじめじめした声でそう言われているのは、高校生にしては大人びている、大人しいクラスメイトだ。誰にでも優しいものの、誰にも踏み込ませない大いなる壁を持っている。何がそいつをそうさせているのかはわからなかったが、気付くとそいつの事ばかり考えるようになっていた。艶のある黒髪が映える白い肌に、そこら中に溢れかえっているくせに品を感じさせる短すぎないプリーツスカート。休み時間は勉強か読書をしていて、本を見据える焦げ茶色の目は綺麗に輝いている。飯の食い方も上品で、箸を持つ手が美しい。
雨宮 凛は、俺が絶滅したと思っていた大和撫子そのものだった。
雨宮は性格の悪い女子連中に何を言われても気にせずに、いつも名前通り凛としていた。俺は、雨宮が好きだ。
「ちょっといい?」
女子連中のリーダー格の女に雨宮が連れていかれるのを偶然目撃した。
あの女は確か、この間俺に告白してきた女だ。浅見 鈴子。本性を知っていたし、何よりも俺は雨宮が好きだから断った。少しは雨宮を見習って欲しいと思って、俺が雨宮を好きなことも告げた。
それを少し後悔しながら、俺は雨宮が心配で、そうっと二人の後をつけた。
「なにか用?」
「私、夢野くんが好きなの」
ご丁寧に人気のない所で止まってすぐ始まった会話に、俺が出てきた。慎重に覗き込むと、雨宮の涼しげなポーカーフェイスが、少しだけ、歪むのが見える。
鬱陶しいと、迷惑だと思ったんだろうか。
「…それが?」
「でも、夢野くんに告白したら、あんたが好きだからって…気に入らないのよあんた」
「…そんなこと言われても、」
「んで、あんたなの!?私の方が夢野くんのこと好きなのに、私の方が、なんで!」
やっぱり、浅見の告白を断った俺の選択は正しかったようだ。女の外面の美しさは大切だ。たしかに浅見はタイプは違えど雨宮に劣らない美人だ。けれどそれで補えないほど、内面が醜い。
雨宮は、いつにもまして白い顔、白いというよりむしろ青白い顔で浅見を見ている。その目が泣きそうにも見えて、俺は息をのんだ。
「あんたなんか……どうしてあんたが泣いてるの?泣きたいのは私の方、あんたに泣く権利なんかないのにっ!」
浅見がそう言い終わるか終わらないか、そんな時、雨宮が倒れるように踏み出し、浅見に、キスをした。
俺は、すぐには理解出来なくて、気付いたら息すらおざなりになっていた。
キスをしたことに驚いているわけじゃない、浅見が言った通りにあの雨宮が、泣いている。涼しげなポーカーフェイスを可哀想なほどに崩して、静かに涙を流している。
「っ、なに、してんの、こんな、女同士で、」
「なにって、キスよ」
「そんなのわかってる!どうして、こんな、嫌がらせのつもり?」
嫌がらせだと、言って欲しいような声だ。俺も、嫌がらせだと言って欲しかった。あんな、悲しそうな目で、浅見を見て、あんなに優しくキスをして。
「嫌がらせなんかじゃない、私は、あなたが好きなの、どうしようもなく、好きなの」
「…おかしい、わ、こんな、女同士で、不潔、変態!」
雨宮の震えた声での告白の後、一瞬、沈黙が走った。呆然と雨宮を見ていた浅見が、すぐにキッと目を鋭くして、雨宮を罵倒する。雨宮は悲しそうな顔のまま、それを受け入れていた。
「…好き」
「気持ち悪いんだよ、死ね変態!」
もうやめてくれ。
雨宮にも浅見にもそう言いたかった。雨宮が気持ちを吐き出す度に、どんどん、俺が、雨宮が惨めになっていく。浅見が雨宮を罵倒する度に、どんどん、雨宮が惨めになっていく。
気持ち悪い、変態、死ね。同じように人を好きになって、片一方だけが罵られている。どれだけ言われても、雨宮の焦げ茶色の目は純粋に純粋に、浅見を見つめているのに。
踏み潰された虫のように、羽をもがれた鳥のように、ただただ惨めだ。雨宮も、浅見も、俺も。
「ねえ、知ってる?女の子の恋はね、どんな形でも、いつでもいつまでも無垢のままなの、あなたが夢野くんを好きなのと私があなたを好きなのになんの違いがあるの?ねえ教えて、お願い、教えてよ」
きっと雨宮は、永遠に報われないから美しい。
(おしまい)
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